お相手と彼女の回顧録(仮)「クロエはのぅ」
「可愛いおなごなんじゃが、わしには手に負えんかった」
「ああ見えて気紛れに親切心を出したり、猫を可愛がったり、一緒に戦えば助けてくれるしのう」
「一度は懇ろになったし、わしも本気じゃったが…わしは間違うた。あれを束縛しようとしてしまってな」
「いやぁ、まこと冷っこい目で見られて敵わんかった。それで悟ったんじゃ、わしにはこのおなごを受け入れる器がないんじゃと」
「それでもわしはあいつを好いとうき、友人としてじゃが」
「私は臆病だったんだ。彼女に思いをついぞ告げることが出来なかった」
「まあ…おかしいとは思うよ。何も思っていない頃に自覚なく身体を重ねて、それから気になりだすなんて」
「結構ね…本気で好きだったんだけどね。馬鹿だなと思うよ…」
「駄目だったんだ。高杉君と口付けをしているところを目撃して、それで結局気持ちが萎えてしまった。当たり前と言えば当たり前なんだけど」
「クロエ君には本当に…世話になったし。あんな人だけど、嫌いになれなかったんだ」
「あいつは貞淑とは程遠いって、頭では分かってたんだ。目にするとキツイって、分かってなかった俺も悪いわな」
「はぁ…良い女なんだけどよ」
「俺だけ見てろ、俺だけにしろって言ったらはっきり無理だって言われちまって…」
「そういう束縛が強い男が一番無理、だって」
「あれでも、褥の中じゃあ可愛いもんなんだぜ?」
「あーあ…正直未練無いなんて格好付けも出来やしねぇ」
「クロエ殿について、惹かれたことがあったのは事実だ。同衾も同意の上」
「しかしながら、自分はその時に彼女の抱える狂気に近寄った」
「これに飲み込まれては正気を保てないと悟った」
「彼女も、自身のことを分かっているのだろう。一線を引いた自分に無理に迫ろうとはしなかった」
「…そういう意味でも、嫌いではない。引き際を見極めることが出来る人は好ましい」
「自分には無理だったが、彼女を受け入れられる器の男と良き縁に恵まれてほしいとは思っている」
「あいつか?何回も寝たのは俺くらいかもしれないな」
「側室にする気は一切なかった。あんなの大奥に入れられるかよ、周りが狂うぞ」
「自由に飛んでる方が、あいつは綺麗だよ」
「んで、そういうあいつが良いって言ってくれる男に収まるって」
「まあ身体の相性は結構良かったぜ。普段腕っぷしが強いが褥の中じゃあちゃんと可愛い女だったし」
「米国に行くって?そうか、あいつをありのまま受け入れられたのはあっちの男だったか」
「元気でやってくれりゃあ良いよ。日本に来たら顔見せなって伝えといてくれ」
「……私は、彼女を本気で愛していたよ。だけど、彼女の中にはもう別の人がいたから身を引いた。私はクロエに幸せになって欲しかったから」
「人の縁は奇妙なものだからね、想定していないほど深く繋がっているのに気付いていない場合もある」
「クロエはそうだったから、少しばかり気付くための手伝いはさせてもらった。それが出来たのは私だけだと自負はしているよ」
「多分、彼女の相手は海の向こうの人なのだろうね。私の目に別の人を重ねているようだったから」
「彼女のマントがその秘密だよ。貰ってから絶対に手放してない…そんなの、本気で好きでもなきゃ出来ないだろう?」
「誰かって?クロエと約束したからな。それについては他言無用だと」
「クロエが俺を選んでくれるかは、正直期待できない賭けだった。魅力のある男にあれだけ囲まれているからな」
「勝ったとは思っていない。俺はただ、彼女という存在が世間一般からどれだけ乖離していても、そのままが良いと思っていただけだ」
「たまたま、クロエがそれを選んでくれただけで」
「…愛してるかと?愚問だな」
「息が止まるその時まで、俺は彼女を愛している」
「今が幸せかと?またしても愚問だな。振り向くことを期待していなかった相手に振り向いてもらえた僥倖を、お前は理解出来ないようだ」
「こんな育ちだから、楽しむだけ楽しんで一人で死ぬつもりだったの」
「…結構真剣に私を愛してくれた人もいたけど、そういう人だからこそ、もっとまともな良い子とくっついて欲しいとも思ってたし、淫乱な性分は治らないし」
「マシューは、ほら。頭がおかしいの」
「まさか個人的に海跨いで迎えにくるなんて思わないじゃない」
「あれでもう白旗よ。あの人になら預けようって」
「サトウにも指摘されてたしね…」