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    スドウ

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    【オーブ】家業が銭湯の女とクレナイガイ
    文舵練習問題6-1

    変わらない人※文舵練習問題6-1
     忙しなく何かをするひとりの老女が、過去を思い出す話を書く。現在↔過去の時間跳躍を2回入れること。視点を一人称or三人称、全体を現在時制or過去時制を選び書き切ること。



     タイル地をデッキブラシで磨き上げる毎、女の曲がった腰は軋んだ音を立てる。曲線を描く背中をより縮めれば痛み、老いた腕に力を込めても汚れを落とすのにかつての三倍は時間がかかる。老いを自覚してうんざりするだけの時間はとうに過ぎ、日常のことと女は諦めきっている。「おかあさん、そろそろ隠居したらどうなんだい」と言う客の言葉に「閉めて困るのはあんた達の方よ」と返すのも、女の日課になりつつある。でもね、と女独りごちながら、デッキブラシをホースへと持ち替える。
    「困るのは、私も同じなのよ」
     蛇口をひねれば、ホースから水が力強く溢れ出す。その飛沫を眺める時、女の心は十二の頃に引き戻される。
     毎日のように銭湯へ通うその男は、風呂上がりに必ずラムネを買っていく。炭酸の泡が浮かぶ硝子瓶を渡し、空になったそれを受け取るのが、幼い彼女の楽しみだ。その場に居合わせた子どもたちに代わって、硬いラムネの栓を彼が開けてくれる光景もその一つ。ビー玉を押し下げた瓶の中、飛沫が激しく湧き上がる。まるで、彼が魔法をかけたかのようで目が離せない。その場にいる皆が同じように、瞳を輝かせながら彼の手を見つめている。そんな八月のひととき。失敗してラムネの中身が溢れた床を、男と二人で拭いたのもその日のこと。
     「お前さんは働き者だな」と、毎日番台に座る少女へ去り際の男が微笑む。毎回男を出迎え、見送ってくれることに礼を言われ、少女の頬が熱くなる。貴方に会いたくてと素直に言える程、少女は幼くない。もう少し大人なら言えたのかもしれない。目を見るのも恥ずかしくて、彼の頭の上に乗った帽子を見つめる。また来ると告げる彼の言葉が、少女の胸で星のようにきらりと輝く。
     その光が、老いた胸の中で未だに輝いている。風呂掃除と開店準備を終え、女はいつものように番台へと着く。時計の針がてっぺんを過ぎ、今日もひとりの客が現れる。
    「会いたかったわ」
     客が差し出した金を受け取りながら、目元に浮かんだ皺を更に深める。若々しく張りのある手が肩を叩いてくるから、笑い声さえ上がる。茶色い帽子の下にある瞳を見つめるのが、今の彼女の楽しみだ。


    2022.08.27
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