かいとうしぐさ Another 朝からカレーは重すぎると思っていた。そんな胃に革命を起こす程、このカレーは特別製だ。
甘く炒めた野菜に、辛くも繊細な配合のスパイス。隠し味は躊躇なく鍋に放り込む。繰り返し作ったから、もうお手の物だ。
カラスの声を時計代わりに、そろそろコーヒーを淹れなければと考える。カレーもちょうど仕上がった。
殺風景な机にランチョンマットを二枚敷く。色はエプロンとお揃いのモスグリーン。似合ってると以前褒められたからだ。
メニューは、サラダとカレーとフルーツヨーグルト。本当は豪勢なものを用意したかったが、次にでも作ってやろう。機会なんて、これからいくらでもある。
コーヒーケトルを回し傾けるのも、随分と手慣れた。フィルターの中でコーヒー豆を、俺の中で幸福感を膨らます。
至福の時間を過ごす中、扉の鍵が回った。音を立てず、廊下に人影が落ちる。こちらを覗き見る瞳がついと細まった。俺は口端を上げる。
「おかえり。お疲れ。あと、おはよう」
マグカップに自信作を注ぐ。完璧な朝食メニューが揃った瞬間だった。
「さすが、名探偵は鼻が利く」
淹れ立てを出せるなんて。今日一日、幸先が良さそうだ。
「お前、このブレンド好きだよな」
言いながら、指で回転させた銃で相手の心臓を捉えた。俺の眉間にも銃口が突き付けられる。
相手は、探偵王子と持て囃される笑みも思案顔も浮かべていない。早朝五時の不法侵入者に対する困惑だけを僅かに滲ませている。
「何者だ」
彼にしては随分と凡庸な問い掛けだ。
侵入方法も疑問だろうと、相手の銃に手を掛けた。彼が悟った頃には、弾倉は俺の手の中。薬室内にあった弾も床に散らばる。
「器用なんだ」
弾倉をエプロンのポケットにしまい、笑い掛けた。
殺しの手段を無くしても、剥き出しの敵意が俺を刺し続ける。まったくお前らしい。
でも、今のは質問の答えになっていなかった。一歩先の行動を取る、最近の悪い癖だ。
さて、俺が何者か。第一印象と挨拶は二人の運命を左右するものだと「魅惑の会話術」にも書いてあった。
「はじめまして、俺の好敵手。今度こそ、お前の心を盗みに来た」
互いが相応しい存在であるため、今回も存分に楽しむため、バン、と高らかに叫ぶ。
愛しい好敵手の胡乱げな声が、麗らかな朝に吐き捨てられた。
2023.01.16