んなわけないだろ「クロウ、ランダマイザが遅い」
「ああ、ごめんね。でもさ、そもそもの攻撃が命中しなきゃそれも意味がないだろ」
「お前のランダマイザが遅いのが悪い」
「ご丁寧にヒートライザもチャージもかけておいて、どの口が言うわけ?」
「そういうお前もさっきバフ盛りレーヴァテインミスっただろう」
「あれは君の指示の問題だろう」
「は? 人のせいにするのか?」
「は? 人のせいにしてる奴が言うことか? 馬鹿だろ? ていうか馬鹿だろ?」
「いつもの鼻についた横文字はどうしたんだ? メッキが剥がれた途端に語彙力も凡庸になるんだな凡夫」
「未だにアウフヘーベンの意味もわかってねえ奴にも理解出来るように言ってやってんだよこのゴミが」
「ハ?」
「?」
「終わった途端、喧嘩すんのやめろっての!」
お互いの獲物を構え直そうとしたタイミングで、パンサーが疲弊を滲ませた怒声を浴びせる。スカルも俺と相手の手首を掴んで、それなりに強い力で下ろさせた――タルカジャの効果残ってないか?
溜め息交じりに、俺とクロウの身体をモルガナカーに誘導していく二人のスーツは、硝煙・八属性・万能の力に揉まれまくったせいで艶やかさを失っている。場の空気を読まないシャドウのせいだ。
フルフェイス越しの視線が、こちらを一瞥するのを感じた。てるてる坊主くずれを殺ったら次はこいつだと思っていたが、慈母神級の優しさでもって感情を抑え、舌打ちだけで済ませてやった。すると、相手は嫌みったらしく鼻を鳴らすものだから、慈母神級の優しさでもって銃口を向けてやるだけで済まそうとした所で、再びスカルに手首を取られた。いやなんだその呆れ顔。俺は奴に対して、それをするだけの権利を持っている。あとやっぱりタルカジャの効果残ってるだろ。
四人で車内へ乗り込んだ瞬間にクイーンがアクセルを踏み、下りホームを求めてメメントス内を駆けた。ニャータリーエンジンとかいう意味不明なもので動き、育ち盛りの九人を乗せた重量級の車体が邪魔なシャドウを轢殺しながら待合室を探す。シャドウと衝突する度に、フニャアンとモナが雄叫ぶ。多分叫びたいのは、そんな暇もなく轢き潰される相手の方だと思う。
車内が揺れるのはその時くらいだ。均された道は、線路の上を走っていた頃のダメージを一身に受け続けた尻を、恩着せがましく労わってくる。
人の体内のように暗く、血管じみた赤が張り巡らされた景色が恋しい。芸術家曰く――雑多で混沌として、底が見えないからこその良さがあった。
お節介男の「こんな風に皆の心も綺麗に整えてあげる」と言わんばかりの、整然としすぎるが故に不気味で無機質な道は、車内をも明るく照らす。
そうなるとどうなる? 隣に座った男の忌々しい顔がよく見える。皆と同じように仮面をずり上げ、素顔を晒しているのがまた癪に障った。
その隣に並んだスカルとパンサーの顔もよく見えた。乗車順を間違えた。そんな表情だ。
「お疲れ様です。移動中ですけど、これで一息入れて下さい」
「わぁ、助かる~! もう気力限っ界」
後ろの席から、ヴァイオレットが飲み物を差し渡してくる。
スカルとパンサーがモンタとアルギニドリンクに口を付ける中、クロウは手首を翻して断った。きざったらしい仕草にヴァイオレットは逡巡を見せながらも、すぐにコーヒー缶を下げる。俺は和を乱すどこかの誰かと違うので、素直にもう一つのモンタを受け取った。
「待合室で体を休めたら、今度こそ引き上げね」
「オーケー、クイーン」
「あら、今日はこれでリーダー閉店?」
助手席に座ったノワールの帽子が揺れた。ボリュームのある黒が、フロントガラスの向こうの胸糞悪い景色を遮ってくれる。最高だ。
「待合着くまでバトンタッチ」
「だって、クイーン。よろしくね」
「了解」
車が左カーブを滑らかに曲がっていく中、陰気で不躾な視線が頬を刺す。甘えたことを抜かしてるんじゃねえとか思われてるんだろう。指揮を取るため、前衛に出ずっぱりなのだから移動中だけは休憩を取らせてほしい。勝利の雄叫び効果で疲労感皆無であっても。
「はあ〜やっと帰れるぅ……」
「最後の最後でやばい奴出てきたけどよ、レアモノゲットできたし結果オーライっつーことで」
「そのレアモノの解析終わったぞ~。まあ一長一短って感じのアイテムだな」
パンサー、スカルの間からナビの腕が生えてきた。先程のシャドウの遺物をスカルの膝の上に落とし、後ろの席から「全被ダメージの半減」のメリットと「回避不可」のデメリットを説明する。
恩恵は大きい。しかしダメージ必至の言葉に、皆はう〜んと唸った。どんな形であれ、痛みや傷などはすすんで負いたくないものだ。俺だって仲間が傷付く場面など見たくはない。だが怪盗の――俺個人の性分として、使える物は使い倒してこそだ。
「クロウに持たせてやれ」
「……僕は構わないけど、理由を聞いてもいいかい」
「いちいちそのダサいラッパ裾やらなんやら、揺れる所を見なくて済む」
「それなら逆に、君が持つべきなんじゃないかな。いつもそんな鬱陶しい裾振り回して、かっこいいとか思ってるわけ?」
「かっこいいに決まってるが? お前の赤マントやセルフ拘束ボンデージよりマシに決まってるが?」
「自意識過剰もそこまで行くと滑稽だな」
「自己顕示欲の象徴みたいなお前に言われたくない」
「は?」
「は?」
「また始まった」と猫が鳴く。苦笑いが取り囲む中、「いい加減にしなさい」と叱咤するクイーンが、再びシャドウを轢き殺した。
「屋根ゴミ」
「凡夫」
「そもそも、なぜ『凡夫』なんだ?」
蔑称を吐き捨て、舌打ち合う中、俺の真後ろからフォックスが問い掛けてきた。「勇者か」とナビが早口で言い放ち、「それはですね……」と由来を知るヴァイオレットが言い淀む。
「ボンデージ男。ボン男。凡夫」
段階を経て言葉が変化していく様を、右手を掲げて説明した。単純な理由に、フォックスは何の感慨もなさそうに合点する。あっても困るが。
まあ、意味はそれだけじゃない。こいつが傍迷惑な癇癪を起こした後に、特別な存在になれなかったと泣き言を漏らしたことにもかけてる。仲間たちはそれを口々に否定したが、こいつが自分で実際にそう感じ、そう言ったのだ。そもそも、「特別な存在」ってものにすすんでなりたいのか。「特別」だからって過ぎた期待やら世界の命運やら、色々勝手に押し付けられて面倒になるだけじゃないか。理解出来ない。
「まったくもって、低俗な君らしいネーミングセンスだよね」
「お前の小学生並みの語彙よりマシだ」
「いや、傍から見たらどっちも同じようなもんだよ」
スカルが低音でツッコミを入れる。彼の言葉に珍しく、周りは素直に同意を示した。
「でも、外にいる時や戦ってる時には絶対そんな風に言わないよね。こうやって休憩してる時くらいにしか聞いたことないな」
「あっ、確かに。三人で丸喜先生のパレスに行った時もそうでした。クロウ先輩がサポートしてくれた時も、言い方が強くても今みたいには……」
「そういう分別があるからこその、タチの悪さがあるけどね」
ブレーキをかけながら、クイーンが溜め息を吐いた。サイドブレーキを引いた後、猫力で開いた扉から順々に下りホームへと降りていく。
ようやく隣から離れた身体が背を向けた所で、スカルから受け取ったレアモノを懐にしまい込むのを見た。
「まあ、喧嘩するほど仲が良いと言うからな」
俺が降りる直前、フォックスがそんな言葉を投げ掛けてきた。審美眼の曇りにすぐさま返す。
そんなわけない。万が一でもありえない。
少しでも仲が良いのならば、一ミリでも情けがあったのならば、相手の「死」に対して多少動揺くらいするものだ。
俺の場合、まったくそんなことはなかった。
半減されたとはいえ、限界までその身に延々とダメージを蓄積していく姿を見ても。追撃連続ハマで倒れても。体力も気力も切れ果て、使い物にならなくなっても。偽りの現実が終わると同時に、消えると知っても。
とにもかくにも不快だったのは、丸喜に「彼が存在するのは君のため」と勝手に決めつけられ、勝手にそれを押し付けられていたということだ。どうしてそういう考えに至ったのか――イカれた奴の思考回路っていうのは、もとより狂ってるものだ。
試すように聞いてきたあいつにもムカついた。今更確認するとか、それこそ俺に対する裏切りみたいなもんだ。
そんなの最初から決まっている。お前なんか、果てしなくどうでもいい。
◆ ◆ ◆
「いい加減、場所空けたいんだよな」
舌を打ち、引き出しを閉める。目に焼き付いた黒の残像が、忌々しい男の顔を思い出させた。
片手だけの手袋なんて、無用の長物だ。それがずっと引き出しの一画を占領しているという事実が、本当にムカつく。
視界に極力入れぬよう、床に近くて開けづらい最後の段にしまい込んでいる。それでも、一年に一回は見るハメになる。
他の物と一緒に捨てる不用品がないか、念のため確認する。一番の不用品が目に入ってくる。「そこにある」と認識するだけで、年内最後の最悪な気持ちになる。
だからと言って、捨てた後に奴が現れた場合――鼻で笑われるなり侮蔑の目で見られるなりと、俺の気分が害される上、不利な状況に陥るわけだ。おいそれと処分するわけにはいかない。かと言って、持っていれば不快指数は爆上がりする。もはや呪物。持ち主も持ち主なら、持ち物も持ち物だ。
あいつ、勝手に喧嘩ふっかけておいて、どういう了見だ。あのスカしたツラ目掛けて投げ返して、とっとと縁を切りたい。消化不良で終わったものすべてにケリをつけて、それで綺麗さっぱりおさらばしてやる。
「来年の抱負決まった」
「どうせまた同じ抱負なんだろ」
平坦な調子でモルガナが返す。聞き飽きたが、投げやりにまではいかない反応。
そして、相棒は決まってこう続ける。
「やっぱり、お前もあいつのこと気に入ってたんじゃないか」
だから、俺は手の平でその顔を鷲掴む。
フニャアンと、いつだか聞いたような雄叫びが、冬の静謐な部屋に響き渡る。
「んなわけないだろ」
2022.11.10