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    nanatsuya_

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    nanatsuya_

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    関と京が心中したあとの榎木場のはなし。
    書き途中な上にいろいろ間違いがあったらごめんち。

    ねこのはなし季節は冬を越したというのに、天気が悪く寒い日が続いていた。例年であれば、そろそろ庭の木に新芽が芽吹く頃合いであったが、私はそれを見ることが出来なかった。
    冷たいリノリウムの床を足早に歩き、皮張りのソファーに逃げ込むように飛び乗る。温もりの感じられないソファーも冷たいことに変わりはなかったのだが、足元の床に比べればまだましだった。私は薄暗い探偵事務所をぐるりと見渡すと、恐る恐るソファーの上で体を丸める。目の前に座る木場と目が合ったが、私は何も言わず視線をそらした。
    私はいつからこの冷たい場所にいるのだろう。
    もうずっとあの縁側と庭を見ていない。そろそろ忘れてしまいそうだった。
    最初は、背中を丸めた関口が姿を現さなくなった。
    そのすぐあと、家主の中禅寺の姿を見なくなった。
    あの家には奥方と私だけが残された。そして程なくして、私はこの探偵事務所に移された。奥方は、貴方を連れて行くことができないのと、とても悲しそうな目で私を見た。それから奥方の姿もみていない。私は奥方がどうしてそんなにも悲しい顔をするのかわからなかったので、さよなら、と小さく鳴いた。
    私はこの暗く冷たい場所に取り残された。
    ここではあの家の様に自由に外に出ることは出来なかった。何度か試みたが、その度に和寅に見つかって、しつこく連れ戻された。そのうちに私は外に出ることを諦めてしまった。曇った窓ガラス越しの、知らない外の世界を眺めるだけの退屈な毎日を過ごしている。
    そんな日々を過ごしている間に、ここはあの家によく来ていた色の薄い男、榎木津の家であることがわかった。しかし、私はまだ家主の榎木津には会っていなかった。私の面倒を見てくれる和寅と呼ばれる青年と、ほぼ毎日やってくる木場以外の人間を、私はこの場所でまだ見ていない。
    木場は私の目の前に座り、今日も開かないドアを黙って睨みつけていた。以前は、彼は家主の私室のドアに向かって怒鳴りつけ。その扉を大きな拳で何度も叩いた。ドアが壊れてしまいそうな大きな音が事務所内に響き渡っても、榎木津はそこから出てくることはなかった。それを止めるのはいつも和寅の役目だった。私は部屋の隅で床の冷たさに耐えながら小さく丸くなることしか出来なかった。そんな日が何日か続き、木場も諦めたのか何も言わず開かないドアを見つめ、日が落ちると自宅へ帰っていく日々を送っていた。
    目の前に座る木場は、険しい表情をしていたが、その目は酷く悲しそうだった。何故彼がそんな目をするのか、私にはわかならい。
    「待ったって出てきやしませんよ。」
    和寅に声を掛けられ、木場は大きく瞬きをすると、彼を睨みつける。和寅はそれに臆することもなく、木場の目の前に湯気の立つカップを置いた。それは中禅寺家では嗅いだことない不思議な匂いのするカップだった。木場はそれに手を付けることもなく、再びドアに視線を戻す。
    「食事はとっているみたいですけどね。今日でほぼ二週間こもりっきりですよ。」
    和寅の独り言の様な口調に、木場も反応を示さなかった。
    ようやく温かくなり始めた足元をもぞもぞと動かし、私は毛づくろいを始める。何か言いたげな表情の木場と目が合ったが、気にせずに体を舐める。
    あの日、関口と中禅寺が消えてしまった日から、全てが止まってしまったようだった。いつも五月蠅いぐらいに騒ぎ立てていた榎木津は、自室にこもったまま出てこない。喧嘩の相手を失ってしまった木場も心なしか覇気を失っている。
    春はもうすぐそこまでやってきているというのに、全てのものが色を失っていた。
    「お前までこの調子でどうすんだよ、馬鹿野郎。」
    木場の小さな声に、私は毛づくろいを止めて彼を見る。いや、彼ではない。白いひげの先がひくひくする。何かが迫ってくるようなそんな不思議な予感めいたものを感じ、私は無意識のうちに榎木津の自室のドアに目をやった。
    それとほぼ同時に、今まで固く閉ざされていたドアが大きな音を立てて勢いよく開いた。
    「馬鹿野郎はお前だ!箱男!」
    天を貫くかのような威勢のいい声に、私は全身の毛を逆立て、テーブルを飛び越え、木場の傍に身を顰めた。突然の出来事に木場も和寅も声を失っている。彼は雪の様に上から下まで真っ白だった。白いシャツに白い上下のスーツ、頭には真っ白な四角い帽子までかぶっている。彼は動きを止めた二人を珍妙な動物を見るかのような目で見ると、大股で歩き先程まで私が座っていたソファーに勢いよく腰かけた。木場のために出された冷めかけの茶を一気に飲み干す。
    「礼二郎……お前。」
    名前を呼ばれた榎木津は、色の薄い目で木場を見つめる。正確には木場の少し上を見ていた。
    「なんだ、葬式はしてないのか。」
    ぽつりと呟いた言葉に木場がいち早く反応する。
    「葬式ってお前…何も知らねえ癖に!」
    木場の怒鳴り声に、榎木津は全く反応をせず、私をみた。
    「君も大変だったな。」
    それが私に向けられた言葉なのかはわからない。いつもとは違う雰囲気をまとった榎木津に彼を見つめ返すことしかできなかった。
    「木場修!今からあの二人の葬式に行くぞ!」
    そういって榎木津はソファーから勢いよく立ち上がった。
    「馬鹿かてめえは!彼奴等は行方不明のままだろ!……」
    そう言って木場は榎木津の顔を見るなり、表情を強張らせて口を噤んだ。

    あの日も重い曇り空で、雨が振り出したころに、大きな体を揺らして木場がやってきた。彼は雨水を払いのけると、黙ったまま勢いよく皮張りのソファーに座った。隣に座る私にもその振動は伝わった。
    木場は私には目もくれず、口元に手を当てて何やら考え込んでいた。四角い顔の真ん中に深い皺が刻まれている。彼はとても怖い顔をしていた。
    慌てて手ぬぐいをもってやってきた和寅にも気付いていない。
    窓を叩く雨音が薄暗い部屋に響く。
    同じ雨音でも、あの家で聞いた音とは全く違う音の様に聞こえた。
    「今日も見つからなかった。」
    はっきりと木場はそう言った。
    私がここに来てから彼はずっと何かを探しているようだったが、それはとうとう見つからなかったらしい。
    その言葉に和寅が息を飲んだ。
    「そろそろこの独自捜査にもケリをつけなきゃあ、次は左遷じゃ済まされないだろうな。」
    小さな振動が私の体を揺らす。
    「お前は知ってるんだろう?」
    急に声をかけられたと思い、木場を見上げたが、彼はこちらを見ていなかった。
    小さな目が悲しそうに開かない扉を見つめる。

    いつの間にか雨が降り出したのか、しとしとと雨が降る音が部屋に響く。
    木場はそのまま大きく息を吐き出すと、絞り出すような声で、馬鹿野郎、と毒づいた。私はソファーに座りなおした榎木津を見る。きっと彼は二人がどうなったのか知っているのだろう。長い足を器用に組み直し、
    「馬鹿だよ。大馬鹿野郎だ。」
    榎木津は雨粒で曇った窓を見やる。形の良い横顔が歪む。和寅は何も言わず、新しいお茶を出してどこかに引っ込んでしまった。
    再び冷たい静寂に包まれる。
    私は尻尾を揺らし、動きを止めてしまった二人の様子を観察する。
    木場は足の床を見つめ、榎木津は窓の外を眺めている。二人とも苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
    雨は降り続けている。
    私は二人が話している言葉を殆ど理解することが出来たが、二人がどんなことを考えているのかまではわからなかった。
    それでも
    もうあの二人はここに戻ってこないことは理解できた。
    私が人間だったなら、二人の様な表情をしたのかもしれない。厨房で隠れて鼻を啜っている和寅の様に涙を流したのかもしれない。
    私は小さな声で二度鳴き、動かない木場に体を擦り付けた。彼は一瞬驚いた表情を見せたが、その大きな温かい手で私を撫でた。
    「なあ。礼二郎。」
    「なんだ。」
    木場は私を撫でたまま、榎木津は窓の外を見たまま、お互いに視線を合わせずに続ける。
    「葬式に行くんならせめて黒い服を着ていけ。」
    「何処に何色の服を着ていくかは僕が決める。葬式は決めない。」
    雨はまだ静かに降り続ける。
    「礼二郎。」
    「なんだ。」
    「その恰好で葬式に出てみろ。仏頂面の拝み屋がとんでもねえ顔して文句言うぞ。」
    「好きなだけ言わせればいい。そんな犬も食わないもの、猿にでも食わせておけばいい。」
    木場が力なく笑う。背中を撫でる手から、小さな振動が伝わる。
    いつの間にか、目の前の二人は静かに視線を絡ませていた。それはとても悲しい交錯だった。
    あの日とは、全く違う、
    曇った窓ガラスから僅かな日差しが降り注ぐ。
    私はその光で浮き上がった小さな埃を目で追っていた。
    僅かな日差しが冷え切った室内を温める。
    「いこう、修太郎。あの馬鹿どもに別れを告げるんだ。」
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