それは一瞬の出来事だった。逢魔時、ひずんだ「世界の穴」からやって来たそれは鎌鼬の一陣。べしゃりとなんとも言えない音を立てながら、異形の顔が潰れた。普段は尊大な程太々しく、それに見合った強さと器用さを併せ持つ、幼い頃から知って居る、何よりも愛しい仮面。それが、不意を突かれて呆気無く。ただ、呆気に取られる役割をする筈の顔が失くなってしまったため、その表情は人の子だけが晒すことと相成った。しかし心配には及ばない。飛んだ異形のしゃれこうべを、たちまち霧が補完し始める。人の子は黙ってそれを見守って居た。そして。「…大丈夫かりっぱぁ?」元の姿を取り戻した異形に声をかける。その時にはいつの間にか別の知人らも、起こった事態に様子を見に来たようだ。そんな周りに見守られる中、仮面の異形は、その人の子が幼い頃から知って居る筈の男を見下ろして首を傾げた。そしてさりげなく距離を取りながら告げた。「図々しい人の子ですね。」それに首を傾げたのは、今度は男の方だった。馴染みどころか、興味も無さげな視線だった。「続けられた言葉には更に、だ。あの子はどこです?」仮面にしては慌てたように辺りを見回す様子に、友人が。「貴方の男の子なら、そこに居るじゃないの?」「は?」仮面が再び男を見下ろした。つい先程は見下してさえ居たような視線の目がまあるく成ったようだった。また別の友人が、ふむ、と言う。「飛んだ頭部のガワは装えても、中身がまだ回復に追い付いて居ないな。残り十数年分、と言ったところか。」つまり…。「今は、忘れてる事ってことか?」「うむ。」「今の彼にとっての貴方は記憶に無い、未来の姿、と言ったところかしら?」くすくすと少女のように笑うが、こちらは戸惑うばかりだ。