現場は美術館。館が然程広く無いことと機密性を理由に任務にあてられたのは自分一人だった。幸い休館中だった建物が地割れにより倒壊した中、救出目標は一名。「あんな性悪がどう成ろうとどうでも良いが、奴の技術で提供される美術作品は有意義なものだ。まだ使えそうなら連れ帰ってくれ。」自分の指先のインクを見ながら、投げ遣りな様子でペストマスクの依頼人はそう言った。世の中には人を人とも思わ無い人も居るが、実際人では無いのでは、それも道理なのかも知れ無い。しかしそれで「共生」して回って居る世の中で有るため、こちらはこちらで任務をこなすだけだ。潜入した館内は暗い。携帯ライトを灯して進んで行く。美術品などの価値は自分には分から無いが、それで世間の暮らしが回って居るのなら、不思議でもなんでも、それで良い。なんにせよ、こちらには関係の無いことだ。唐突に背後から伸ばされた腕に捕えられる。しかしその鋭利な左手の爪だけは、自前のナイフで防ぐ。「まあ、物騒。」「どっちが、」ナイフを滑らせて、相手の首が有ろう箇所まで運ぶと、漸く腕が離れた。「なんて酷い、崩れた美術館の中でひとり怯えて居たところを助けに来てくださったあなたに、感極まってハグしただけなのに。」成る程、これは性悪だ。「よくおれが助けに来た、と分かったな?」ライトに反射して眩い爪が笑う。「小さくて貧弱そうでしたので」「は?」「使い捨てのかただろうなと」随分と高いところから聞こえる笑い声を見上げれば、からからと骸骨のように笑って居た。最悪だ。「思ったのですが、杞憂でしたね。」そこで杞憂と言う言葉を選ぶあたり、自力で出られるのでは無いかと疑いそうに成るが、確かにこちらのように泥臭いことには不慣れだろう。何はともあれ、思ったより対象が直ぐに見付かって捜索の手間が省けた。「因みにどう言った説明を受けていらしたのですか?」「地割れによりこの建物が倒壊した、と。」「地割れじゃ無いですよ。」笑いながら即座に否定される。「何か知って居るのか?」「そりゃ勿論。ここに居た当事者ですから。」支配人にもきちんとそう連絡したのですが。あのペストマスクのことか。「では原因はなんだと言うんだ?」「見に行きます?」「…おれの任務はおまえを連れ帰ることだ。危険には近付か無い。」相手は、つまらなそうな、否、意地悪そうに言った。「ではわたしが移動すればおまえはわたしを追わざるを得無いと言うことですね。」相手は暗がりの中迷うこと無くさっと踵を返した。畜生。崩れた館内をふたりで駆ける。望まぬ鬼ごっこだ。床、壁、天井、と備品だけじゃ無く至る所に亀裂が入って居る。中でも床の損傷が激しい。奴は良くこんなところを気軽に進めるものだな。目標を眼前に、自分も気を付けながら追う。しかしそこで叫び声が聞こえる。「おっと。」対象のものでは無い。もっと何か巨大な、館内に響き渡るような。慟哭に立ち止まった対象の横で自分も足を止め、思わず顔を顰める。なのにそれが少し静まると、相手はまた進み出した。「おい何処へ行く気だ。」「たぶんもう直ぐそこです。」鼻歌まで歌う相手に、呆れさえ覚える。もうこちらも諦めて付いて行く。その間、断続的に叫び声が聞こえる。それが。「近いですね。」段々と大きく成って居る。そして。「おや。」一際大きな騒ぎが響いて、その衝撃が何か影響を及ぼしたのか、館内の電灯がばりばりと音を上げながら全て点灯した。携帯ライトの明かりがちっぽけに見えた。電灯は点滅して不安定さを見せた。しかし床に空いたぽっかりとした奈落ははっきりと見せた。そこには。「あれを地割れって言います?」笑いながら問われるが、構って居られ無い。「なんだあの、巨大な岩?は。」床から覗く白い塊に目を見張る。その間にまた叫び声が聞こえる。どうやらこの音はあの塊から放たれて居るようだった。更に、叫ぶ際にその塊は、岩のよう有るのに震えるのだ。照らされる塊は、よく見るとつののようなものや羽根のような形が至る箇所に生えて居る。その形が全てこちらを見て居るようだった。違和感と不気味さを覚えて居る間に、その塊は「起き上がった」。地響きがする。塊はまた叫んで居る。身を起こしながら叫ぶ塊が床から這い出て、その大きさに改めて圧倒される。こちらは対象が怪我などし無いか気が気じゃ無いが当の本人はひょうひょうとして居る。それはまるで、美術館を訪れた客が作品を鑑賞して居るものと同等だった。白い塊は相変わらず叫びながら、岩のようで有るのに滑らかな動きでのたうち回って居る。そしてうねって居た塊の先端がほころんだ。開いたそこには、何か電気器具を頭部に装着し拘束具のようなものが取り付けられた衣服を纏った、少女の上半身があった。この塊が自身の一部として持つには不自然な程、それは「少女」だった。まるで後から付け加えられたような。そしてその少女の視点は定まらず、しかしこちらに向かって開けた口から、音を発した。「…叫び声を上げて居たのは、あの娘だったのか。」「…あの部分だけ別物に見えるのですね。」へえ。作品鑑賞の感想を聞いたように感心した声を出す相手を振り向く。「…助け、られるかな…?」相手は笑った。しかしそれ迄のものとはどう言うわけか違い、何か温度を感じた。「それはわたしよりそちらの方が詳しいのでは?」どこか柔らかく告げられたそれに、こちらは逆に冷静に成って来る。可能か不可能か、加えて、それは任務内容に含まれては居無いし、そもそも任務の肝で有る、こいつを危険に晒すことに成る。しかし、叫び声の中、何故かはっきりと聞こえる隣の声が告げる。「やってみたいのでしょう?おまえが。」それを皮切りに