酔っぱらってんな、って感覚はあった。
反射的に強がってみせたけども、自分が普段通りでないということを知覚できないほど愚かではない。やけに熱い体も、少しだけ早い脈拍も。間違いなく酒が回っている。
お酒のおいしい店があると紹介されたのが三日前。レッドを誘って訪れたのがつい3時間前。紹介にたがわぬうまい酒とそれに合う料理に舌鼓を打って、しこたま飲み明かした後に店を出たのが1時間前。なんとなく飲み足りなくて近所の店で酒とつまみを買い足して手違いで同室になった一時的な根城に帰宅したのが30分前。
とりあえず時系列を追える程度にははっきりしている頭にほっとする。さすがに普段よりはぼんやりとしているけれど、最低限は機能するようだ。
グラスから視線をずらせば珍しくほんのりと赤みのさした頬が目に入る。目の前の肝臓が異様に強い男も、さすがにこれだけ飲めば顔色までそのままとはいかなかったらしい。ざまあみろ、なんて心の中で舌を出す。
それにしても、熱い。全身が熱くて、目の前がふわふわする。ここまでになったのは久々で、何もしてないのにたのしい。この幼なじみにちょっかいをかけたくてしかたがない。
「なぁ、レッド」
呂律はしっかり回っただろうか。ぐい、と缶を一つ煽ればまた一つ視界が歪む。夢を見ているような視界の中で、名前を呼ばれたその男は相も変わらず意志の強そうな瞳をうっそりと持ち上げてオレを見た。照明の色がその黒の中で溶けている。
「はっ、お前が酒でそんなに顔赤くしてんの初めて見た」
小さいテーブル越しに手を伸ばす。図体ばかりでかくなってもガキの頃から変わらない両頬に指を這わせて、ぐっと持ち上げて見せる。手のひらに伝わる熱が新鮮でだらしない笑い声が漏れた。やわこくてあつくて、本当に子どもみたいだ。むにゅ、と指に力を入れてみてもレッドは抵抗一つなく頬は意のままに形を変える。むに、むに、としばらく弄んだ後に、レッドがこんだけ赤いなら自分はどれだけ、と考えた。一度気になってしまえば確かめずにはいられない質であるために、ぱっと手を離して自分の襟を微かに引っ張ってみる。首を下げて覗き込んで見れば映った肌は思っていた以上に真っ赤で、やべー、なんて声が口からこぼれた。その声に反応してレッドがオレの方へと目線を投げる。オレは椅子から立ち上がって、その眼前にさらしてやった。
「見ろよレッド、腹まで真っ赤」
ぺら、と腹のあたりを捲って見せれば、橙色が溶けていたレッドの瞳に白みがかった赤が混ざる。びっくりしたように見開かれた瞳が心地いい。驚いてんの、と思う気持ちと共にもっとからかいたいという思いが膨らんでいく。無防備に机の上に置かれた手のひらを引っ張って自分の腹に触れさせれば、ぎくりと大きな手がこわばったのを感じた。
「ぐ、り…」
「ふは、お前の手が冷たく感じるとか、へんなの」
万年子供体温がひんやりとしていると思うほどオレの体には酒が回っているらしい。人生で初めての経験に感動して、ぺたぺたと無理やり自分の腹を触らせて見せればあ、とかう、とか、情けない声が聞こえてくる。いい気分だ。とても。
「な、お前のも」
手のひらではなく手首を掴みなおしてテーブルから連れ出す。うにゃうにゃ要領を得ない言葉もどきをしゃべるレッドを無視してツインベッドの自分の方に無理やり座らせて服を捲り上げた。途端に現れる引きしまった体が憎たらしい。いつの間にこんな体になってしまったんだ。昔はもっとかわいげがあったはずなのだけれど。むっとした感情のままにグラスを握っていたせいで冷えた手を押し付ける。びく、と震えたのにいい気分になりながらぺたぺたと腹筋をなぞる。
「はは、お前もあちー」
「ちょっと、グリーン…」
「なに嫌がってんだよ、こら、逃げんな」
腰を引くレッドに苛立って膝の上に乗り上げる。オレから逃げようとかいい度胸してんじゃねぇか、と思ったその時だった。
無意識に視線が一点に集中する。ぎょっとして手を離してレッドの顔へと視線を向けるが、帽子を引き下げていてよく見えない。ただ唯一しっかりと耳の赤さだけが見て取れる。恐らく、酒由来じゃない。
真っ赤になったレッドの耳と、そこを見比べて、さすがにしばらく考えた。意を決しておい、とか、なぁ、とか声をかけみても、肩を揺さぶってみても、まるで時が止まってしまったように微塵も動かない。
その姿に、なんだかぞわぞわした。嫌悪とか不快とかじゃない。もっと肯定的で、もっと原始的な、オレに根付いた感情が熱を持って燻る。ずっと、ガキの頃から持っている衝動。オレは昔からこいつに意地悪をしてやりたくってたまらないのだ。
「なぁ、レッド」
膝立ちだった腰を落として、しっかりと跨ってやる。逃がさない。絶対に。
「…なぁ、ここ、なんでたってんの?」
耳元で囁いて、顔を隠す帽子を取り上げてやれば、涙目で情けない、昔からずっと大好きな顔がそこにあった。