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    ilikedmh

    @ilikedmh

    主にモソハソ二次創作のマイハン落書きをアップします。注意書きがない限り、R-18はほぼ男×男だと思ってください。

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    POIPOI 38

    ilikedmh

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    以前出したコピー本の加筆修正版。
    オトモアイルー・ミランの妹がひょんなきっかけでセリエナに来てしまった話です。
    ポイピクには載せるけど全年齢。

    セリエナの一番長い日 夕暮れの空を雪がちらちらと舞い落ちては、黒い海面に溶けていく。板が不規則に敷き詰められた床に積もったそれらには、沢山の人々の足跡が付いていた。
    「ねえ、あの話聞いた?」
    「聞いた聞いた。まるで御伽話のプリンセスねぇ」
     前線拠点セリエナの船着場には、ちょっとした人だかりができていた。調査員たちの視線の先にいるのは、調査団の入団基準に満たない小さなアイルー。なんとかコミュニケーションを図ろうと女性ハンターが声を掛けるも、アイルーはみぃみぃと鳴きながら、積荷の影に身を隠すばかりだった。
     そんな中、人混みをかき分けて仔アイルーによく似た白い毛並みのアイルーが血相を変えて駆け寄ってきた。
    「スア! なんでここに居るニャ!?」
    「ミランおねえーっ!!」
     ひしっ、という効果音が聞こえてきそうなほどのハグ。一見微笑ましい光景だが、問題が一つあった。それはこの姉妹の後ろに停まっている船が、現大陸からの貨物船だということだ。
     航行技術が進歩して、新大陸・現大陸間は以前よりもずっと頻繁な往来が可能になった。それからというもの、ロックラックやミナガルデの鉱物やハンターの用いる道具などが届くようになっていた。
    「もう、皆さんに迷惑かけて……イタズラじゃ済まないニャ。やって良いことと悪いことがあるニャ、どうしてこんなことしたのニャ?」
    「……ごめんなさいニャ」
     たくさんの目がある中で姉に叱られ、スアは大きな目にいっぱい涙を溜めて反論した。
    「……でもこのお船に乗れば、おねえのいるところに着くってお隣のお兄ちゃんに聞いたニャ。おねえ、スアが寝てる間にお船で行っちゃったから、ちゃんとバイバイもできなかったから、それで……っ」
     年の離れた幼い妹に本格的に泣き出され、ミランは頭を抱えた。
    ***
    「──それで、遠路はるばるセリエナまで来ちゃったと」
    「スア、会わないうちに大きくなったなぁ。玄関になんて立ってないで、温かい部屋においで」
     ミランに訳を聞いたサクが未だに目を瞬かせている一方で、ヒアシはせっせと世話を焼く。ヒアシはミランが里帰りをした時に一度だけスアに会ったことがあったが、その時はまだ赤ん坊だった。ヒアシに抱っこされていたこともおそらく覚えていないのだろう。
     スアを叱るミランの傍らで、たまたま通りかかってギャラリーに気づいた調査班リーダーに五期団のハンターが事情を説明したところ、若き司令官は凛々しい目を丸くした。だが彼は少し考えると「こっちのセキュリティの問題だな」と笑い、小さなアイルーの短期間の滞在を許したのだった。ミランに手を引かれ、道行く調査員らに声を掛けられながら帰路につき、今に至る。
     はじめのうち、スアはもじもじとしていたが、ヒアシの「ホットミルクでも飲むか」という提案にこくりと頷いた。

     スアがぬるいポポミルクに息を吹きかけている横で、ミランは耳をしおしおと下げる。
    「旦那さん、サクさんごめんなさいニャ。次の船が出るまで、この子をうちに泊めてあげてもいいかニャ?」
     ミランの問いに、サクはにこりと口角を上げて相方を肘で突く。
    「それは勿論。ミランの妹なら大歓迎だよ。ね、ヒア」
    「ああ。寝る時は二人でおれの部屋を使うといい、いま片付けてくるよ」
     ヒアシの提案に、ミランは慌てて首を振った。
    「気持ちは有り難いけど、流石に申し訳ないニャ。ボクらはソファで寝るニャ」
    「何言ってるの、スアちゃんだって疲れてるだろうしちゃんと休ませてあげなきゃ。ヒアシは僕の部屋に布団敷くのでいいよね?」
    「ああ。余分に布団を買っておいて良かったな」
    「フフフ寝てる間に蹴っ飛ばすかも。覚悟しといて」
    「おい、上から蹴りを入れるのは確信犯だぞ」
     二人はそんな冗談を交えながら腰を上げる。ミランは溜息を吐き、妹の頭を撫でた。
    「そういえばタンジアの港なんて船長さん以外にも人が居たはずなのに、どうやってすり抜けてきたのニャ?」
    「昔おねえに教わった、モンスターから逃げる時のコソコソ術ニャ! スア、大きくなったらおねえみたいになりたいのニャ」
    「ボクみたいにって?」
     ミランが尋ねると、スアはドンと胸を張った。
    「立派なニャンターになって、パパとママにオヤコウコウするニャ!」
    「スア……」
     ミランは束の間言葉を無くした。自分たちアイルーは、ヒトの定義に当てはめればモンスターだ。身体も小さく逃げる能力にも長けている為ハンターよりも致死率は低いとされている。だが、ニャンターもといオトモアイルーは危険に身を投じる仕事だ。
     ミランも決して自己犠牲的な姿勢でオトモをしているわけではないけれど、かわいい妹に危ない目に遭ってほしくはない。自分を慕ってくれる妹を頭ごなしに否定するのも可哀想だし、また機会を見て話し合わなければ。
    「さあ、着替えとかはお姉ちゃんのを貸してあげるから、先にお風呂入っちゃいなさい。ボクは夕ご飯の準備をしてくるニャ」
    「え、スアひとりニャ……?」
    「入り方はうちと同じだから大丈夫ニャ」
     そんな会話をしていると、布団を抱えて部屋に入っていったサクが、途中で落とした枕を拾いに来る。彼は姉妹の会話を聞いていたらしく、風呂場を見やった。
    「ミランも一緒に入っちゃいなよ。夕飯なら僕らで用意しておくからさ」
     ミランは再び耳を下げた。
    ***
     トン、トン、とややぎごちないが軽い音が狭い台所に響く。まな板のオニオニオンは所々透けていたり白かったりするが、涙で作業が止まっていないだけ及第点だろう。それらを包丁の刃体に乗せるように掬い、キノコと一緒にボウルに入れれば下準備は終わりだ。
    「料理、上達したな」
    「でしょ。先生が良いからね」 
     脂ののったサシミウオの切り身には、既に塩胡椒と小麦粉が塗してある。下拵えを担ってくれた相方は、傍で手を洗いながら「生臭くなった」と照れを隠すように笑った。
     ペリ、と包み紙を剥がすと黄金色の塊が顔をのぞかせる。外の保管庫から持ってきておいたポポのバターは、既に室温で柔らかくなっていた。熱したフライパンにぽんと入れると、途端に金属に接したところから溶け始め、まろやかで芳醇な香りがより一層強く立ち上った。それがとろりと半液状になったところで切り身を並べればジュウウ、と油が踊り出す。
     小さい子には魚よりも肉だろうかと思ったが、スアはそもそもアイルーだ。決めつけは良くないけれど、ネコだから魚が好きというのは割と当たっているらしい。現にミランは魚料理の日はもりもり食べる。
     ブールを切ってくれ、と手渡されたパン切り包丁を受け取り、サクはそのままヒアシと役割を交換した。
    「最初はびっくりしたけど、なんだかんだ言いつつミランも嬉しそうだったね」
    「こっちに来ると家族に会える機会は殆ど無いからな」
     新大陸に足を踏み入れるからには故郷に戻れる保証はない、と幾度も言われてきた。今でこそ現大陸と物資や書物のやり取りができるまでになったし、一期団や二期団による開拓時代とは程遠いだろう。しかしこちらへ渡って二年の歳月が過ぎた今も、ヒアシとサクは故郷に戻っていなかった。手紙もある程度検閲が入る為、全てが届いているかは分からない。
     ヒアシは魚の焼き加減を覗き込む。それを横目に、サクは丸いフォルムのパンに凸凹の刃を当て、大きく引いた。
    「そういえば、明日どうしようか。研究班から協力依頼来てるじゃない? スアちゃん一人にするわけにもいかないけど、流石に一緒に連れて行くのは危ないよね」
    「研究依頼? ……ああ、捕獲用麻酔薬の濃度調整だったか」
    「そうそれ、昨日兵器置き場整えてたやつ。君ならよく分かってると思うけど、捕獲されたモンスターなんて気が立ってるんだから、麻酔がちゃんと効いてない時なんて危険すぎる」
     下手したら人間だって手に負えなくなる時があるのにさ、などと言いながらサクは切り分けたブールを皿に盛り付けた。
     新大陸古龍調査団では、地面に叩きつけることで煙幕が上がるタイプの麻酔薬を使用している。鼻や口を覆っても、吸い込んだ成分によってしばらくは匂いが分からなくなる。
     その成分は、現大陸と同じようにネムリ草とマヒダケを調合したもの。つまり意図的に意識を奪い、筋肉の機能低下を引き起こす薬である。効き過ぎると呼吸中枢まで麻痺させてしまう為、結果的に息ができなくなったモンスターを死なせてしまうこともあった。
     ハンターはヒト、モンスター共に生命に関わる職業ゆえ、道具の実用性だけでなくこうした倫理的配慮も定期的に見直される。現大陸ではハンターズギルドという巨大な組織が管轄していた為よくあったが、新大陸に渡ってからは初耳だった。
     これまでは生きるのがやっとだったこの地も、前期団の人々の尽力によって少しずつ開拓されていった。その為、最低限の土台が整った今のタイミングでそういった見直しがされることになったのだろう。
     サシミウオに白く塗された小麦粉はやがてバターの色に染まり、両面にこんがりと焦げ目がついた。ヒアシはフライパンの向きを変え、焼き上がったムニエルを皿に盛り付けていく。
    「確かオトモは必須じゃなかったよな。ミランだけでも残ってもらおうか」
    「そうだね。ニャンター志望でもなければ見学する必要もないし」
     サクが昼食の残りの根菜サラダを取り分けていると、とてとてと足音が聞こえてくる。視線を上げると、そこには湯気でしっとりとした毛並みで目を輝かせた仔アイルーの姿があった。
    「はいっ、ニャンター志望だニャ!」
     サクとヒアシは同時に「えっ」と目を丸くした。
    「ちょ、ちょっとスア!」
    「スアもおねえみたいなニャンターになりたいのニャ。絶対お仕事の邪魔はしないニャ、連れてってほしいニャ」
     ミランと同じ若葉色の瞳で見つめられ、サクとヒアシは顔を見合わせる。その一方で、ミランは珍しく尻尾を膨らませていた。
    「スア、我儘が過ぎるニャ。これ以上迷惑かけちゃ駄目ニャ」
     ミランにつられ、スアも耳を後ろに引く。
    「おうちじゃ絶対パパが許してくれないニャ。スアはもう子どもじゃないのニャ、新しい世界を知りたいニャ!」
    「いい加減にしなさい。パパが怒るのはスアが危険なところに行かないようにする為ニャ、スアならその気持ち分かるでしょ?」
     姉に怒られ諭され、スアは床を見つめてしょんぼりと項垂れた。幾度か垣間見えていたが、やはり根は素直な子なのだろう。
     ヒアシはしばらく考えていたが、やがてシンクにフライ返しを置いた。
    「まあ、拠点が絶対に安全ってわけじゃないしな……うん、ハンターが近くに居た方がいいのかもしれない」
    「旦那さん!?」
     ミランは慌てて振り返った。ヒアシはミランとスアを真剣な眼差しで交互に見た。
    「なるべく、キャンプ側にモンスターが行かないようにする。いざとなったらサクや誰かが連れ出してくれる筈だ」
    「後継育成は大事だからね。でも、絶対に僕らの目の届く所に居てほしい。あと、危険が迫ったら、他の人を助けずに真っ先に逃げること。約束、守れる?」
     サクが屈んで目線を合わせると、スアはこくりと頷いた。ヒアシの方を振り返ると、相方も微笑みながら同じように頷いて見せた。
    「じゃ、詳細はまた後で。冷めないうちにごはんにしようか」
     それぞれの皿を並べ終えると、四人揃って食卓に着く。他の三つよりも少し高さの違う椅子に腰掛けるサクにミランは交換する提案を持ちかけたが、座り慣れているからと断られてしまった。
     ミランに促され、スアもやや遠慮がちにフォークを手に取る。よく冷ましたムニエルを口に運んで咀嚼しているうちに、その目がまんまるになった。聞いたところ、航海のため多く持ってきたつもりだった食料は最後の方には尽きてしまっていたらしい。
     一心不乱に食べるスアの様子を見てヒアシとサク、そしてミランはほっとした表情を浮かべた。
     ムニエルの小麦粉の薄い衣はバターとレモン果汁が染み込み、良い香りと共にカリッとした歯触りを楽しませてくれた。サシミウオも臭みがなく、皮目や腹身はよく脂が乗っている。添えられたオニオニオンの甘みも嬉しい。
     ふわふわな切り身を咀嚼しながら、内心ヒアシに焼くのを任せて良かった、とサクは思った。
     根菜サラダも昼間作った時よりも味が馴染んでおり、粒マスタードの酸味と食感が良いアクセントになっていた。ムニエルの油気をさっぱりとさせてくれる味だ。
     いかにも家庭料理といった味ではあったが、スアは気に入ってくれたらしい。スープを最後まで飲み干すと、満足そうに手を合わせた。

     食後に翌日の行動計画を立て終わると、それぞれで解散となった。
    「湯たんぽは入れてあるけど、もし寒くて眠れないようだったら遠慮しないで呼んでね」
     スアがお礼を言うと、サクは「おやすみ」とドアを閉めた。ミランは洗い物を手伝ってから来るらしい。
     スアは整えられたベッドに潜り込み、見慣れない天井を見つめる。
     新大陸でも思ったよりもちゃんとした生活をしているのだな、というのがスアの第一印象だった。ほとんど未開の地に行くと言うから、てっきり僻地だと思っていたのに。姉に会いたい一心で船に乗り込んでしまったが、もし野生味の強い生活だったらどうしようという不安もあったのだ。
    (──それに)
     姉は幸せそうだった。穏やかな笑顔溢れる家庭は、立場が違うだけで実家とそう変わらないように見えた。
     スアにはまだ、彼らの背負っているものが分からない。だからこそ、純粋に思うことができるのかもしれなかった。

    ***

     淡い珊瑚色の煙幕が立ち上った回数は、今の投擲で二桁を超えた。人々が高台の上から見守る中、ハンターとオトモアイルーは口元を押さえてモンスターから離れる。 
     四本足は二本足よりも支持規定面が広くなる為バランスを取りやすい。とはいえ、平衡感覚が鈍っていればそれは焼け石に水だ。
     トビカガチ亜種は、酔っ払いのような千鳥足になりながらも噛みつこうとしてくる。しかし瞬膜がピクピクと震えるのを最後に、雪かきをされた地面の上へと倒れ込んだ。
     適正量の麻酔が効き始める時間は、対象の体重にもよるが凡そ数十秒。尤も、その成分の受容体が身体に存在する生物であればの話であるが。
     今回の実験では施行回数を踏まえ、複数種のモンスターを対象としていた。
    「ええと、麻酔弾の実験を除くと今ので三頭目か。そろそろ効き始める時間が短くなってきたな」
    「そうニャね。この辺がピークかニャ」
     ハンター──ヒアシはモンスターの麻酔状態を確かめると、合図を出した。すると後ろで控えていた学者や編纂者たちが酸素マスクやら追加の薬やらを担いで駆けてくる。ヒアシはスリンガーを収めると、そのうちの一人に笑いかけた。
    「私も鼻と喉の感覚が無くなってきました」
    「おっと、それじゃ一旦休憩にしましょうか。いやぁ、おかげさまで良いデータが取れましたよ! えっと……そこのお二人、見張りを頼みますよ。あなたは中で休んでください」
     学者はやや浮かれてホクホクとしながらも、班員に指示を出す。いつもは観察役を担う情熱的な彼が今回の責任者だ。
     ミランと別れてテントに向かう途中で、水車の紋章のある荷車が、空になったアンプルを回収していくのが見えた。ここでは資源は使い捨てできるほど潤沢ではない為、念入りに消毒して使い回すしかない。
     テントや武器の予備などが用意してある簡易な砦の中は人口密度が高く、空気がむっとしていた。
     毛皮のマフラーを顎まで下げると、視界の端から小さな白い毛玉が駆け寄ってくるのが見えた。姉のお下がりのコートはスアには大きいようだ。
    「お疲れ様ニャ! すごかったニャ、ハンターさんが戦うところ初めて見たニャ!」
    「ありがとう。今から休憩だからテントに行こうか」
    「おねえは?」
    「次の調査のことで確認したいことがあるらしい。すぐ戻ってくるさ」
     ヒアシが手招きすると、スアはちょこちょこと付いてくる。それがミランそっくりなものだから、ヒアシはちょっと顔を背けてくすりと笑った。

     暫くは先ほどのモンスター達の観察や戦いぶりを鼻息荒く語っていたスアだったが、やがてその話題には満足したらしい。
     水を飲んで喉の感覚を確かめているヒアシを見て、スアは「ずっと気になってたことがあるニャ」と首を傾げた。
    「おねえはヒアシお兄さんのこと、"旦那さん"って呼ぶニャ。でも、おねえはヒアシお兄さんの奥さんじゃないニャ?」
     スアの純粋な問いに、ヒアシの目元に笑い皺が寄る。マグカップをテーブル代わりの木箱に置くと、ヒアシは柄杓を水瓶に突っ込みもう一杯注ぐ。
    「ミランは家族のような存在だが、おれの"奥さん"ではないな。オトモアイルーは組むハンターをそう呼ぶことが多い」
     なんとなく舌を見られるのが恥ずかしくて、スアは外方を向いて水の入ったカップを傾ける。
     ヒアシは腰の虫籠を外し、導蟲の様子を確かめた。ふわふわと漂う緑の光は灯の下では目立たないが、元気そうだ。
    「家族といっても、ここでは色々な表現の仕方がある。調査団全員をそう呼ぶ奴もいるな」
     スアは意味がよく分からなかったようで、きょとんとした顔をしていた。少し考えると、再びこてんと首を傾げる。
    「じゃあ、パパとママとその子ども達がいっぱい居るニャ?」
    「うーん……少ないが、中にはそういう人もいるかな」
    「それじゃ、みんながハグするニャ?」
    「嬉しい時とかにはな」
    「"大好き"のチューも?」
     再びカップを傾けていたヒアシは盛大に咽せた。咳き込むヒアシに、スアは慌てて塵紙を渡した。
    「ご、ごめんなさいニャ。変なコト聞いちゃったニャ?」
    「いや……ッ、ンンッ、そういう訳じゃない。気にしないでくれ」
     子どもの疑問に不意を突かれて驚いた自分が恥ずかしい。まだえがらっぽい喉の調子を整えつつ、ヒアシは目の端の涙を拭った。
    「そうだなぁ、大事な人にはするかもな。……そうしたいと思える相手ができるのは、素晴らしいことだよ」
     こういう時、相方ならば恥ずかしげもなく言ってしまえるだろうに。真っ直ぐな感情を言葉にするのは、ヒアシには少しハードルが高かったが、スアに伝わるように懸命に話した。
    「ニャ?」
    「上手く言えないが……そうやって、誰かを大事に思えるうちなら。……うん、きっとどんなに危険なところでもやっていける」
     ヒアシは辿々しいながらも言葉を並べ、スアに柔和な笑みを浮かべた。
    「ハンターも僻地暮らしも、悪いものじゃないぞ。でも、ミランが心配する気持ちも、分かってあげてほしい」
     痛いところを突かれ、スアは思わず目を逸らした。姉が自分の夢をあまりよく思っていないことは分かっている。でも、自分だって姉のように格好良く仕事がしたいだけなのに。
    「この仕事だと……そうだな、特に子どもがいるような"家庭"を築くと、つらい瞬間もやってくるかもしれない。スアも両親に二度と会えないとしたら悲しいし、その先どう暮らせば良いか分からないだろう?」
     ヒアシの問いに、スアはこくりと頷いた。
    「おれには子どもは居ないが……家族をすごく悲しませてしまったことがあるよ。自分を大切にしないと、"大好き"な家族まで傷つけてしまう」
     スリンガー部の袖を捲ると、そこにある筈の左腕は存在せずに金具とベルトが肩と胸当てに繋がっているのが見える。束の間スアは言葉を失った。家では腕によく似た義手をしていたから、気づかなかったのだ。ヒアシはどこか寂しげな眼差しで、天幕に遮られ見える筈のない遠くを見た。
     天幕の外が再びざわついてきた。もうすぐに次の実験が始まるだろう。
     ヒアシはまだ呆気に取られているスアの肩を軽く叩いた。
    「──だから、自分でよく考えてから道を選ぶんだぞ。それでもここに来たいと言うなら、歓迎する」
     ヒアシが真面目な顔から一転して表情を和らげると、スアは神妙に頷いた。今すべてが伝わっていなくても良い。小さな種を蒔けていたら、それで十分だ。
     やがて聞こえてきた外からの再開の合図に、ヒアシは天幕を上げて応えた。

    ***

     聴き慣れたメロディに振り向くと、二つの針は日付が変わる一刻前を指している。
     戸棚からティーカップを両手に二つずつ取ってから、サクはふと思い出した。
    「あ、そっか。もう四つ要らないんだ」
     今日は朝一番の船でスアを見送ってから皆すぐに仕事に出かけてしまった為、今になってやっと一息吐けたのだった。あの可愛らしい声が聞こえなくなり、家の中がどこか伽藍としたように感じる。
    「あーあ、寂しくなっちゃうなぁ。また来てほしいくらい」
     ぼやくサクに、ティーポットやら茶漉しやらを用意していたミランが申し訳なさそうな苦笑を浮かべる。
    「うちの妹が突然来て迷惑かけたのに、快く受け入れてくれて本当にありがとうニャ。最初はどうなることかと思ったのニャ」
    「僕らにとっても良い刺激だったよ。ね、ヒア」
    「ああ。今はどの辺りにいるだろうな」
    「どうだろう。でも今夜は行きより格段に寝心地が良いのは確かなんじゃない?」
     サクが冗談めかして言うと、ミランも笑いながら頷いた。帰りの船は、きちんと乗用スペースで過ごせるようになっている。お世辞にも上質とは言えないが、いつ見つかるかも分からない状態での貨物の影よりは余程マシだろう。
     二人が帰ってくる時間に合わせて仮眠から起きた為、サクは欠伸をしながら目を擦る。夜勤明けは休みだし多少は無理がきくからと、この時間は三人で寛ぐのが日課だった。
     窓とカーテンを閉め切って暖炉の火を付けていても、寝起きだと少し肌寒く感じる。サクは湯で温めたティーカップを両手で包み込んだ。
    「僕もいつか帰れたら、お父さんのお墓参りに行きたいなぁ」
     洗濯物を畳んでいた手を止め、ヒアシは視線を上げた。サクは何でもないことのように言ったけれど、その言葉が出るまでにどれほどの葛藤や思いがあったのか。ヒアシは相方の少し細くなった背を見つめた。
    「なあ、君がもし良かったら、だが。もしユクモに帰ったら……一緒にお墓参りに行っても、いいか」
     思わず口をついて出たのは、そんな言葉だった。ミランも頷いてくれ、自分から出たそれがおかしいものでは無かったと安堵する。サクはゆっくりと振り向き、ヒアシとミランを交互に見る。大きな目はしばらくの間さらに見開かれていたが、やがてくしゃりと歪んだ。
    「一緒に、来てくれるの? ……嬉しい、本当に。ありがとう……ありがとう」
     口調まで伝染してしまったかのようなぎごちないやり取り。だが、人間や獣人族には言葉以外にも思いを伝える方法はある。
     あの時のスアの表情をひとり思い出しながら、ヒアシは温かいものが胸の内に広がっていくのを感じていた。

     静かに蝶番が鳴く音で、白い耳がぴくりと動いて意識が戻る。
     月明かりが差し込む部屋で、主人が足音を立てないようにしながらベッドに潜り込むのが見えた。てっきり今晩は戻ってこないものと思っていたけれど、と思いつつ欠伸をひとつ溢す。
     前脚を伸ばしても、ひやりとしたシーツの感触があるのみだ。今まではこれが当たり前だったのに、妹の温もりが隣に無いのが寂しい。
     毛布を抱き込み、再び瞼を閉じる。風の音すら無い、静かな夜だった。そのうち奥のベッドから聞こえていたヒアシの呼吸が、規則的でゆっくりとした寝息に変わる。それをぼんやりと聞きながら、ミランは海の上を旅しているであろう妹に思いを馳せ、やがて夢と現が揺蕩うように交わっていった。

     家族の形が変わる兆しを見せるのは、それから月が二回ほど満ちた頃だった。
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