話があるから来いと、傲慢不羈の男の背中を追いかけて着いた先は滞在中の宿。
お帰りなさいと挨拶をしてくれた宿の主人には目もくれず、男はさっさとカウンターを横切って客室へと向かっていく。
その態度はないだろ!と心中で憤慨しながら、代わりにスバルが低姿勢で主人から部屋の鍵を受けとり男の後を追った。
さっさと開けろと威圧してくるその眼を睨み、凡人なら恐怖するそれも男には効かない。
早々に諦めて凶悪顔を解いたスバルは、扉に鍵を差し込みドアノブを回す。
男が部屋に先に入り、あとに続いたスバルはしかし突然肩を勢いよく掴まれ、体を扉に縫い付けられた。
堅い木製が背中に当たり、出かけた文句は男の口腔に消えていく。
「ん!?んんーー!!」
唇同士が合わさり、顎も腰も掴まれていて逃げる事もできない。
決して甘い雰囲気を作れる関係ではない。
ある日「おい」と呼ばれて振り向いたらキスをされていた。なにを言っているかわからないだろう。問題ない、スバルでさえわかっていない。
もちろん烈火の如く怒ったが、それでも男――ヴィンセント・アベルクスはその後もスバルにキスを仕掛けてきた。
気持ち悪いという感情は、認めたくないがなかった。なかったから、スバルはこの謎の行為を受け入れている。
触れるだけの口づけは、やがてアベルの舌がスバルの唇を舐めてきたことで、更に先へと促される。
悔しい。という感情は徐々に広がる痺れに消えていった。
アベルに応えようとスバルもそっと口を開き、
『あ〜あ、結局歩き損じゃん。オレ達が出る必要あったのかね?』
『情報は足から、とスバルも言っていましタ』
『その言い出しっぺはアベルちゃんに掻っ攫われてリタイアしたけどな』
騒がしい足音が宿の床を鳴らす。
情報収集に出ていた仲間たちが戻って来たのだろう。
反射的にスバルは口を閉じた。
『スバルちん、大丈夫かな…アベルちんにイジメられてないかな…』
『あれは典型的な好きな子をいじめたいタイプなのよ。思春期の男の子の病気みたいなモン』
『ア、アベルは、男の子ではない気がしますかガ…』
好き勝手に話す仲間たちに内心ツッコミを入れつつも、この状況を見られてはまずいとアベルから離れようと彼の胸板を押す。
だが離れるどころか更に密着され、スバルは焦り出した。
「おい!離れろよ!みんな戻って来ただろ!」
「…道化の戯言か。だが……そうだな」
勝手に思考に入っているアベルだったが、次の瞬間、思いついたように黒瞳が細められ、スバルの全身に嫌な汗が伝う。
多分、良いことは起きない。
抗議しようとスバルが口を開いた瞬間、ぬるりと男の舌がスバルの唇を割って侵入してきた。
「んんん!ばか…んむ」
舌を絡まれ、吸われ、粘膜が擦れあう水音が響く。
そのいやらしい音が扉越しに聞こえていないかと気が気でなく、身体は熱が高まり、脳は冷えきっていて風邪をひきそうだ。
傍若無人な舌がスバルの中を探るように蠢き、どうにか音が漏れないようにとスバルも必死に応える。
「う………ん……んん!?」
ずりっと下腹部に違和感を感じた。
アベルの太腿がスバルの股下に割って入り、スバルのものごと迫り上げていたのだ。
(クソ皇帝!なにやってんだよ!そんな所触られたら……)
アベルの太腿から逃れようと足を伸ばして僅かでも隙間を作った。
それは上に上がれば上がるほど、アベルとのキスもまた深くなるのだが。
アベルの首に両手を回し、傍から見ればスバルが求めているようにもみえる。
「……足…どかしてぇ……」
息も絶え絶えに懇願するが、アベルの呼気が愉しげに震えた。
(ちくしょう、笑ってんじゃねぇ!)
隙間はあっけなくアベルの足で埋まり、ずりずりとスバルの熱を擦る。
「……んん……あ…ン」
『あれ、スバルちん達戻ってきてる?』
『音が聞こえましたネ。部屋にいるのでしょうカ』
漏れ出た艶めかしい声を拾った女性陣たちの足がスバルたちの部屋の前で止まる。
その距離は木製の扉一枚隔てただけだ。
『スバルちん、アベルちん、いるの?』
「………あ」
応えるべきか否か迷っていると、疾く答えろとばかりに男の太腿がトントンと叩く。
「ひ………ぅ……ア、いる。戻ってる。アベルも一緒に。ちょっと今後の話……してるから……ッ、だからあとで……ぇ」
『わかった!またお夕飯に呼ぶね!アベルちん、スバルちんイジメちゃだめだよ!』
そう言って足音が遠ざかり、扉の開閉音に安堵する。
だがそれが合図とばかりに、遠慮がなくなったアベルの足がスバルをさらに追い込んだ。
「あぁん!ズリズリしないでぇ!」
「奴らに露呈するという恐怖に萎えるどころか高まる一方。貴様、嗜虐嗜好なのか」
「俺はMじゃない!けど、お前はSだ!サディスト!!」
「どれも耳慣れんが、不敬な言葉だとは解した。あの道化も、俺は好む人間には加虐嗜好だと謂っていたな…。なるほど、あながち出鱈目でもあるまい」
「え?」
なにか聞き流せない言葉だっだが、問う前にスバルの快感の波がそこまで来ていた。
叫びそうになる声は再びアベルの唇に塞がれ、離すなとばかりにスバルは彼の首に回した両手に力を込める。
下着の中で放たれた熱を感じながら、限界とばかりにスバルの腰がゆっくりと落ちた。
完全に力が抜けた体をアベルが支えてくれたが、そもそもこの男の所為で恥ずかしい姿を曝す所だったのだ。
報復の意味を込めて彼の腹に拳を決めたのだが、如何せん力が入っていない。
上から嘲笑のような息が聞こえたので、復活したら力いっぱい殴ろうとシミュレーションをする。
納得のいく形を想像して、アベルの体温に身を預けながら、スバルは意識を手放しだのだった。