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    kujira_noritai

    @kujira_noritai

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    kujira_noritai

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    『HOME』中世ヨーロッパの古城

    「外には出てはいけないよ」

     言われなくとも、三歩進めば疲れて死ぬような私にとって、自室から城の入口までは千里ほども遠く感じられた。道々で砂山を作り上げてお父様をびっくりさせてもいけないし、部屋には何でも揃っていたから、ここを出ようなんて私は夢にも思わなかった。
     部屋の多くは窓すらない。もちろん正面側の部屋にはダミー窓が無数にあったが、実際に開くものは僅かだった。私の部屋は森側を向いていたから人間の目を気にする必要はない。御真祖様に抱かれて空から見た城の裏側はのっぺりとハリボテのようだった。そんな高さから城を見られる人間などまずいないので心配はいらないが、正面で見せている姿とは随分と異なるものなのだなと私は思った。
     部屋には本棚があった。豪奢な机も、引き出しも。紙も万年筆も一級品が並んでいた。チェスなどボードゲームの類も無数に、画材、楽器、小動物に至るまで、ありとあらゆる室内用の娯楽が全て始めから用意されていた。
     ちいさなキッチンも作りつけられていた。城には立派な厨房があったが、私の足では三日かかる。お茶を淹れたり、小鍋でミルクを温めたりするのに、小づくりな水回りは毎日役立った。
     棺桶は部屋の中央に置かれていた。私が何かしようと思う時、部屋のどこへでも最短距離で行ける。蓋は重くて開け閉めに苦労したので、幼いうちは完全に閉めないままで眠っていた。
     吸血鬼は朝方眠りについて夕方以降陽の落ちた時間に目覚める。けれど私は不摂生だったので、栄養不足もあり、規則正しく寝起きはしていなかった。眠たくなったら棺桶に入って、満足するまで三日でも一週間でも寝ていた。予定や約束というものはまず発生しないので、それで何ら問題ない。お父様だけが時折り夜昼逆転して起きていた私を見て悲鳴を上げた。
     交響楽団を聴きに行くのはおもしろかった。御真祖様とお父様に連れられ、ウィーンのオペラ座まで行ったことも何度もある。残念ながらその後の大戦で一度焼失したが。
     私は興味があれば同じ演目を数えきれないほど観に行ったし、特に惹かれなければ座席で堂々と居眠りをした。演者の足音で起こされ(殺され)たことも何度もある。「ドラルクに理解できない内容をやっている方が悪い」とお父様は言ったので、私はそれもそうだと思っていた。
     首都の方では、もうだいぶ暑くなっているらしい。幸いトランシルヴァニアはそこまで気温が上がらないし、森に囲まれているので湿度もほとんど変わらない。手の届く世界はいつでも私のために回っていて、私がこれをどうしようと考えることもなかった。
    箱庭の中での数十年、私はどこへも行かず、何をすることがなくても、私のままで完璧だった。








    南米の大草原

     あっちがおうち。それに、むこうがみずば。
     しっていたのはそれだけだった。

     おぼえたばかりのコロコロをちょっとやったら、あっちとこっちがわからなくなった。
     どこをみても草がはえている。木もある。赤い実も。あとは、そう、なにもない。
     なかまはもっとたくさんいたはずなのに、ここからはもう一玉も見えなかった。どこかに行って、そのあとには戻ってくるかな。待つうちに眠たくなったので寝ることにした。
     その次に目がさめたとき、まわりをよくよく見たけれど、やっぱりだれもいなかった。
    「ひとたまぽっちになっちゃった」と気がついた。
     みんなはきっと、どこか知らないところへ行ってしまった。想像もつかない遠くだろう。
     草と、木と、届かないほど高い位置に赤い実。ごくたまに知らない生き物が向こうへ動いて行くだけの世界は広すぎた。
     見えるところ、さわれるところに、なにもなかった。

     大きな影にさらわれたのは、一瞬のできごとだった。








    二階建ての築古アパート

     大人は難しいことばかり言う。

    「もっと良い暮らしが」とか「君たちのためを思って」なんてセリフは聞き飽きていた。
     なんと答えても向こうはなかなか引き下がらない。知っている大人も、知らない大人も、揃いも揃って俺やヒマリに声をかけた。ヒマリは口数が減っていった。話の通じないやつらの相手をすることを面倒がったのかもしれないし、伝えようとすること自体を諦めたのかもしれない。そこは聞いていないのでわからない。だけど、俺は生まれたときからずっと妹がかわいくてしょうがなかったし、その小さな口がいろいろな話をするようになったことが本当にうれしかったから、どこかの誰かの都合のせいでヒマリが無口になったことが許せなかった。
    「晩メシは冷蔵庫な! チンして食うんじゃぞ」
    「わかった、いってらっしゃい!」
     兄貴はあんまり家にはいられなかった。俺はそうは思ってなかったけど、学校の先生がそう言ったんだ。
    『大人がいない家なんて良くないだろう』
     どういう意味で良くないなんて言うのか、俺にはわからなかった。

     エアコンのないアパートは、冬は寒くてしかたなかった。すきま風がひどい。二人だけの時間に石油ストーブは心配だと兄貴が言った。兄貴が言うならそうだろう。
     代わりに買ってきてくれた湯たんぽはレンジであっためられるやつだった。ヒマリの顔くらいある大きいグニャグニャをカバーから取り出してレンジの中に置く。丸いつまみと六個のあたためメニューの一つに、兄貴が『ゆたんぽ用』と書いて貼ってくれたボタンがある。そこを押して、待っている間に布団を敷いて枕を並べる。足をつっこむだけで凍えそうな冷たいシーツに負けないように、寝るのは必ず風呂であったまった直後だ。「いっぱいあったまっときゃーヒエヒエ布団怪獣に食われても負けんぞ」という兄貴の教えをしっかり守れば、こっちのホカホカで布団怪獣もあっという間にとろけた。ヒマリにも毎晩同じことを教えてやった。
     レンチンした湯たんぽをカバーに入れて足元に置く。ヒマリは俺より小さいから、俺は足をちょっと曲げるのがコツだ。これでくっついていれば、寒くて眠れないことはない。
     兄貴が帰ってくると、一瞬だけ部屋がヒヤッとなって、その後すっごくあったかくなるから、きっと兄貴は冷えた湯たんぽをまたチンして入れてくれてたんだろう。

     学校にはいろんな生徒が通っているから、仲の良いやつも、そうでもないやつもいる。よくしゃべる友達、おもしろい先生、女子と話すのはちょっと緊張する。
     毎日いろんな人に囲まれるのは訓練だって、兄貴は言った。俺は兄貴みたいな退治人になりたくて、兄貴は良い顔はしなかったけど、それでもなりたくて。「どうしたらなれるのか」って毎日毎日聞いていたら、「学校でしっかり学ぶことじゃ」とだけ教えてくれた。
     世界にはいろんな人がいて、その全てを悪い吸血鬼から守るのが退治人の仕事だから。
    どんな人間がいるのか学ぶことこそ立派な吸血鬼退治人になるための第一歩だと兄貴は言った。

     深夜、頬の冷たさに目を覚ますと、外は真っ暗で星の一つも出ていなかった。
     お下がりのパジャマ。くたくたの布団。妹のヒマリ。
     ひゅうひゅうと吹き込む風に心がすくんで、だけどこんな夜でも外で働いている兄貴を思うと寒いなんて思わなかった。
     早く大人になりたい。俺の世界は、まだよく見えなかった。








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     夜の海になど入ったことはないのに、俺はその水の冷たさを、きっと知っている。

     手の届く範囲で全てが完結する新横浜から片道二時間。もっと近い海があっただろうとか、なぜここだったのかと問われると、特に理由も思いつかない。青い標識を見て、知っている名前を順にたどった結果の最果てに立ち、俺は「元からこの地を目指していた」という顔で海風にあおられていた。理由なんて俺が知りたい。
     浜辺の景色は真っ暗で、夜なんだから当然だけど、俺の目に映るのは本当にどこまでも続く夜だった。正真正銘の闇。水平線も何もあったもんじゃない。想像上の波間は夜でもきらきらと光を反射していたけれど新月の今夜は光源すらない。ただ時折、海沿いの県道を走る車のハイビームが瞬いた。
     案外静かで、けれど無音ではない。夜の海とはそういう場所だった。
     波音は、これもまたイメージとは違って、さほどうるさくない。ざあざあとか、ざぶざぶなんて騒ぐ音色を思い描いていたけれど、実際の水面はひたすら凪いている。小動物の囁きほどの、あるいは木の葉の擦れ合う音程度のささやかなさざめき。そういうものが、目の前全部のはるか遠くから何重にもなって聴こえてくるものだから、俺はまるで自分が森の中にいるような錯覚さえ覚えた。

     目的地にするようなもんじゃねえな、とこっそり思った。おとなしく花見とか、近場で手を打っておけばよかったかもしれない。海を目指すと言うと聞こえばかり格好良いけれど、結局やることなんてなかった。暗いばかりだ。境も分からない。
     たわむれに数メートル歩いて、かったるくなってすぐに立ち止まった。波打ち際の砂は妙な重さで靴を引っぱってくる。靴底が質量を増したような感覚だ。一歩ごとにかかとが蹴り上げた砂が少しづつ侵入してきている。他の誰もやらないようなちょっかいのかけ方。砂ってやつはどいつもこいつもこうなのか。
     手持ち無沙汰に見つめる先は、やはりどうしても海になる。何も見えない、見てもつまらないと思わせておいて、その上で全ての目を奪う力が海にはあった。
     一番近い場所で蠢く闇は、陸地との境目にその手を広げんと波状に揺れていた。湿った水際に広がっては帰っていく海水が大きな水たまりとの境界でぶつかって白い泡を立てる。渦巻く場所に砂利が混ざっているのが見えた。そこだけが黒以外の色を持っていて、吸血鬼の寝姿かのようにおとなしい暗闇の中で唯一やたら騒々しく、寄せて返しての度にザザザと鳴った。引いていく波が残した地平は左官屋がならしたコンクリートのようにつるんとしている。そこには一筋の傷も見当たらず、都度生まれ変わるように全ての形を無に直す。何度繰り返してもまっさらになる薄情さを、俺はしばらく眺めてみたりした。

     そして、思い立って、一歩踏み出した。
     浅いのは波打ち際からほんの数メートルだ、と知識では知っている。穏やかに見えて底知れないのが海のおそろしさだ。明るい昼間でさえ、急にグンと深くなる水深に、ない水底を蹴ろうと暴れながら溺れてしまうらしい。海は決してしょっぱいプールなんかじゃない。こうして真っ暗闇の中、白泡が描く一直線のラインだけが視認できる世界では、そこを超えようなどと考えた時点でもう手遅れだろう。俺はただ、波立つ大水の根源に、もう少しだけ近づいてやろうという魂胆でいた。
     あちらは物々しいまでの黒色で俺を見つめている。
     何をするわけでもなく、手を振るように、寄せて、返す。一段色が濃くなった砂を踏みしめることの難しさ。予期せぬ沈み方につまさきをとられ、はまり込んだままの俺の隙を見逃さず、容赦ない波が押し寄せる──。

     けれど、薄い水の膜が満ちたのは一瞬だった。
     途方もない大きさを持つ海という塊は、あれほどの本体からほんの指先だけを伸ばすように俺のスニーカーにタッチして、そしてさっさと行ってしまった。靴底にまとわりついた砂をも、きれいさっぱり持ち去って。残されたのは、水気を含んでやわらかくなった砂地の上で、その名残りを探す足裏を数ミリ沈ませた俺だけだった。

     頭まで海水に浸かるビジョンを想像すると、何か不思議な心地がした。こわいとか、そういうマイナスイメージだけじゃない気配。子供の頃、銭湯の大浴場で息止め合戦をしたことがあったけれど、あの時はあっという間に逆上せたんだっけ。熱いお湯に潜るのは想像以上の負担だったのだと浴槽を出てから気がついた。この身体を沈めるとして、海なら、あの冷たい水なら、どうだろう。きっと、身を委ねた瞬間から俺の体温は少しづつ奪われていく。そしてそのうち同じになる。ひとつ、またひとつ、と違いを手放しながら全身を包み込まれるのは、ちょっと悪くないように思った。
     だけど同時に、まあ、じゃあそうしてみようかなと思うことはなかった。立ち込めた潮の香りを、そう好ましいと思わなかったのも理由かもしれない。そこらを埋めつくす未完成の生き物のにおいが、どうにも俺は好きになれないのだ。
     いつか図鑑で見た古代の海の生き物たちは、みな一様にどこか不安になるような姿形を持っていた。要不要で割り切れない歪な形態。案の定彼らは後世に残れなかったらしい。
     この場所は変わらない可能性を秘めている。今にも新たな輝きを生み出して、一瞬のうちに手放してしまう可能性。大きな懐に冷酷な環境。シビアで、厳格。他の色を認めないような真っ黒がその証拠かもしれない。
     大気をも支配する闇が無数の目でこちらを見つめていて、時折生ぬるい風に乗せて「見るものを見ろ」とけしかけた。嗅覚からたしなめられたような気持ちになる。あいまいは許されないよと圧力をかけられているようにも思う。普段好きな匂いにばかり囲まれているから、余計にそう思うのかもしれない。揚げ物や煮物やバターやケーキなんかの匂い。焼きたてのパンのような匂い、古いお堂のような匂い。甘い匂い、安心する匂い、やわらかい匂い。そういうものが満ちている場所に身を置いているから。

     通り過ぎた車が切り立った崖の向こう側に消えて行く。闇の中でよく見えないけれど、くねくね折れる県道は山道へつながっていた。急斜面。落石注意。動物が飛び出すぞと黄色い標識が警告する。飛び出すのが変態じゃないだけマシじゃないか。そう思ってしまう感性はよっぽどシンヨコナイズされている。
     海の底も崖のようになっているのを見たことがある。ジョンが毎週楽しみにしている教育テレビの動物ドキュメンタリーだ。俺の記憶が定かなら、確か今見えている場所からそう遠くないところはもう断崖絶壁の海溝へと続いているはずだ。目と鼻の先から、そこの道路沿いの崖なんか比べ物にならないほどの急転直下が口を開けている。表面上ではどこまでも同じように見えているのに、水面下は計り知れない深さを持つ深層。
     ふと見回すと、少し先の浜辺の終わりで波が高く打ちつけ、散っているのが見えた。整備されない場所にはゴロゴロと転がる岩がひしめいていて、ここと同じ高さの波が凶器に変わる。そういうものが水の下にも続いていて、迷い込めばきっとひとたまりもない。
     俺は、自分の立っている場所を崖の上のようだと思うことがある。かつて一人でガムシャラに事務所を切り盛りしていた自分を思い返す。この闇の中にあって、やはり溶けるような夜色をもつ吸血鬼のことを考える。その腕に抱かれる使いマジロのことも。
     俺が今立っているここは、間違いなく奇跡の産物だ。孤独の中で、俺は体力も精神力も四方から打ちつける波に削られていた。それそのものは水のように小さく弱くても、無数の束になって浴びれば俺の足元など簡単に崩せる。少しずつ頼りなくなっていく足元に怯えながら、囲む水面に逃げ場もなく見ないふりをしてきた日々だった。

     ドラ公の城に訪れたのは偶然で、俺はそのとき無実で無害な吸血鬼の住処を破壊し、野に放り出して日に当てた。直接手を下したわけではないけれど、それらの元凶は俺だ。
     一歩踏み間違えば、簡単に取り返しのつかないことになっていた。すんでのところでドラ公が助かっていなければ、俺の世界はとっくに破滅を迎えていたに違いない。

     いつの間にか、崖のようだと思っていた場所に隣人が住み着いた。ひとり分しかないと思い込んでいた居場所は、詰めればもう一人と一玉くらいの余裕はあった。
     それでも奈落と隣り合わせであることに変わりはないと気をつけていたのに、危ない橋をペラペラの身体で渡ってきた隣人は俺とはまったく違っていた。ドラ公は俺の前で何度も崖から落ちて見せた。もちろんすぐに戻ってきたけれど、それを上回るペースで何百、何千と落っこちた。これっぽちも苦になりませんよという顔をして。足元を怖がっている俺の方が臆病にも思えるような腹立たしい表情で。そして、よくジョンに叱られていた。
     それを見ていたら、俺は気持ちが楽になった。ギリギリのラインを軽々しく踏み外すバカと、その軽率な行為に心底胸を痛めて苦言を呈し、それでも離れない献身。一身に寄せられる心をきちんと理解して、共生を疑わない眼差し。完成した形を持つ彼らが隣にいることが、俺の心を軽くした。落ちたら最後、を飛び越えて、水面をも歩けるほどに。

    「帰るか」
    「もういいの」
     ドラルクが言葉を発したのは、ここに来てからは、この瞬間が初めてだった。何かしら思うところがあったのかもしれない、高等吸血鬼なりに。あるいは、ただの俺の同居人なりに。
     そちら側まで走っていって溺れて沈んだりして見せたら、手を叩いて笑っただろうか。もしくは取り乱して、水を含んで重くなった俺を引っぱり上げてくれただろうか。
     どっちでもいい。
     今、ここは違うなって思ったから、俺たちは帰る。


    「砂浜に『ロナルド惨状!』って書いていい?」
    「聞く前に書いてんじゃねえか! いやそこは『参上』だろクソが!」
    「だってなんかセンチメンタル失敗みたいな顔してておもしろいんだもん」
    「うるせー! そもそもてめえがいる時点でセンチメンタルとは縁遠いんじゃボケ」
    「なんだと貴様このおノーブルにして深窓が似合う吸血鬼ナンバーワンのドラドラちゃんをつかまえて何たる物言い」
    「深窓が似合うナンバーワンどこ調べだよ窓の結露にカビを予感して死ぬおじさんが」
    「稀代の儚さマジロまっしぐらだろうが」
    「ぴよりん並の強度に誇りを持つんじゃねーよ」
     しゃがみ込んだ吸血鬼の隣に腰を下ろして、俺は落ちていた棒を拾った。なんてことはない、どこにでもあって代わりのきく一本を相棒に任命して砂地に突き刺した。
     押し寄せる波の届かぬ場所に、俺たちはああだこうだと落書きを施して、浜辺に城やマジロの形をこしらえた。ジョンが特大のパンケーキを作って、俺はオーブンに入りきらないサイズの鶏の丸焼きを作って、ドラ公はブドウ球菌みたいな物体をいちご大福だと言い張った。食べ物の話を始めたらどんどん腹が減ってきて、アメーバみたいな塊すら口に入れたくなって困った。
     大きな水たまりの向こうが違う色をし始めた頃、俺たちは慌てて車に乗り込んだ。
    追いかけるみたいな海風も、もうとっくに水平線と白っぽい光に勢いを無くして、俺たちには追いつけないでいた。半分死にかけのドラ公を助手席に突っ込んで、かぶせたマントの上からシートベルトをして、俺はアクセルを踏んだ。こうなることが分かっていても、コイツとジョンは俺の運転で出かけるし、来た道を同じように並んで戻る。「帰る」と言って思い浮かべる場所が、いつまでもあの扉だったらいいと俺は思った。

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