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    ツイステ垢の思い出⑤

    想いに永訣して、不器用に、終わりの約束を結ばせて エースの隣は居心地がいいな、いつからかそう感じるようになっていた。
    「さっき学園長に呼ばれてたけど、なんかあったの?」
     隣に並ぶ影がふっと止まった。半歩遅れて私も立ち止まる。チェリーレッドの瞳が真っ直ぐに私を捕らえた。
    「なんでもないよ。いつもの雑用押し付けられただけ」
    「ダウト」
     エースの一言がピシャリと時を止めた。
    「嘘つくなよ」
     言えば引き止めてくれることくらい想像出来る。そしたら別れがたくなることも。だから誤魔化したのに、目の前の彼が別人のように見えて背筋が凍った。ひとつ息を吐いて、私は諦めるように白状した。
    「元の世界へ帰れることになったの」
    「……は?」
    「学園長がね、帰り方を見つけてくれたみたいで。だからこれから寮に戻って荷物まとめたら……」
    「待てって!」
     角張った大きな手が、私の肩をがしりと抑えた。衝撃で、せっかく抑えてた涙が溢れそうだった。隠すように地面の一点をただ見つめる。
    「なに、お前帰るの?」
    「……当たり前じゃん」
     夕焼けが支配する吹き抜けの廊下に、私とエースだけが閉じ込められている。誰も往来しない寂しい廊下は、余計に私たちの感情を爆発させた。
    「なんで?」
    「なんでって、だって、あっちが私の世界だし……」
    「でも今はこっちに居んじゃん。ここでオレらと過ごしてるじゃん。帰る必要なくね?」
     視線が、熱い。夕日が、暑い。
     あついのに、体温は下がっていくばかりだ。エースの言葉が、冷たく心にのしかかる。
     話を逸らしたくてもここには私たち2人しかいない。風が吹く。どこかの草の匂いがする。そんなもの、話のネタにもならない。
    「今まで楽しかったよ。エースと、デュースとグリムと、それから先輩たちにも感謝してる」
     魔法とかよく分からない世界だけど、仲良しの友達が出来て、いつもエースが隣に居てくれて、寂しさなんか忘れてしまった。
    「私、この世界のこと、結構好きだよ」
    「……じゃあなんで」
    「それでもやっぱり、帰らなきゃいけないんだ。ここにずっとは住めないもの」
     エースと一緒に居たいけど、それは伝えてはいけない願い、叶えてはいけない望みなんだ。突然この世界に前触れもなくやって来てしまった私は、いつ夢物語のように消えるか分からない。12時の鐘で魔法が解けるかもしれない。誰かに呼ばれ現実世界で眠りから覚めるかもしれない。王子様と出逢えれば全てがハッピーエンドになる訳では無い。むしろこの世界で誰かの手を取ってしまえば、もう後戻り出来なくなってしまうような、そんな得体の知れない不安が溢れる。異世界で永遠を望むには未知数なことが多過ぎた。現実的に考えるほど、残された私の理性がそう警告する。
    「なんだよそれ。ここにいたい、それじゃダメなの?」
     ダメなんだよ。心の中でそう返事をした。
     私たちはもう子供じゃないから、その時の感情に流されて大事な決断を見誤ってはいけないんだ。大丈夫、この恋も隠し通せる。あと少し、あと少しで終わらせられるから。
    「ごめんね、エース」
     気持ちを押し殺して、理性を働かせて、夕焼けに伸びる影に溶けて消えたその言葉に、全ての想いを乗せた。大好きだったよ、エース。


     苦虫を噛み潰したように顔をゆがめ、何かを言おうとしてそれを飲み込んで、エースはガシガシと頭をかいた。
     夕日が廊下の先に顔を出す。赤い彼の瞳と、赤いハートマークと、赤い赤い夕焼けが私の全身を焦がした。
     元の世界でも見慣れていたこの空が、どうしてこんなに眩しく思うのだろう。


    「ねえエース」
    「なあ監督生」

    「あ、ごめん。先いいよ。何?」
    「あっそ、じゃあ遠慮なく」
     強引に腕を引っぱられる。その強い力に目を丸くした瞬間。



     唇に、彼の少し乾燥した唇が重なる。
     ぶつけるように一度強くしっかりと繋がったそれは、味わう間もなく離れていった。



    「……え?」



     いわゆる、キスというもの。


    「オレさ、監督生のこと好きだから。だから監督生、俺のためにこの世界に残ってよ」
     熱が離れて急激に冷めていく唇が、私がひた隠しにした感情の答えを突きつける。
     エースのことがどうしようもなく好き。エースも私のことが好きだった。元の世界になんて、帰りたくない。

     浅はかで恐ろしい願い。夕日が私たちを嘲笑う。風が吹く。草木が揺れる。今ならまだ間に合う。

    「……ごめんエース、私、エースのことそういう風に見れないから」
     ずっとずっと大好きだったよ。いつからなんて分からないくらい、気がついたら君のことばかり考えてた。エースのこと、本当に大好きだった。
     だから、ごめんね。ばいばい。
     まるでドラマのヒロインのように、私はその場から走って逃げた。
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