【明主】そのタキシードちょっと待った「えっ、明智の結婚式？」
　人伝に聞いたその話。結婚式、やるんだ。あの明智が？しかも今日？マジか、顔出さないとまずいな。慌ててクローゼットを開けてスーツを出す。この間も友達の結婚式があったからすぐに見つかってよかった。でも、あの明智が、結婚。誰とだろう。そばにいたのは俺しかいなかったはずだけど。てっきり、結婚するのは俺とだと思ってた。俺たち、恋人じゃなかったっけ？都合の良い夢だったのかな。行きたくない。明智の隣に俺以外の人間がいるなんて嫌だ。でも行かないと怒られる。何で来なかった、やっぱり君にとって僕ってその程度なんだ、って。
　そんなことをダラダラと思いながら支度を済まし、式場に向かった。明智に結婚するほどの人がいるとは思わなかったな。結婚式のタキシードはどんなのだろう。いつもは下ろしてる前髪を、少し掻き上げたりしてセットしてるのかな。それはそれでかっこいい。見たらドキドキしてしまうかもしれない。人の旦那なのに。やっぱり結婚したら子どもとか考えるのかな。明智がパパになるのか。きっと子どもは明智に似て可愛いんだろうな。どんなパパになるんだろう。ぎこちなく子どもに接しそうだな。娘とかだったらデレデレな明智が見られるのかな。彼氏連れてきたときにロキを顕現させそうだ。なんだかんだで良いパパになったりして。
　そこまで考えていると、何故だか涙が溢れてきた。嫌だ。明智を盗られたくない。明智のこと一番理解してるのは俺なのに。一番愛してるのは、愛されてるのは俺なのに。どこぞのやつになんか渡してやらない。明智と、真っ白いスーツを着て誓いのキスをするのは俺だ。そうだ、奪えば良いんだ。今までだってそうしてきた。獅童という最悪の奴から、俺は明智を奪った。今回だって絶対に奪ってやる。元怪盗団のリーダーを舐めるな。涙を拭って駆け出す。目指すは目の前の教会。きっと今頃二人は誓いの言葉でも交わしているのだろう。そんなの、させない。愛を交わすのは俺とだけで充分だ。
　思いっきり教会のドアを蹴破る。中には多くの人がいた。怪盗団のメンバーもいて、誰かが俺の名前を呼んだ気がする。そんなのどうでもいい。俺の狙いは神父の前で、白いタキシードを着ては驚いた顔をこちらに向ける男ただ一人。
「明智、お前を愛してるのはこの俺だ。俺以外の奴と結ばれるなんてありえない。俺と来い。お前を幸せにできるのは俺だけだ」
　より一層目を見開いた明智は、ややあってふわりと微笑んだ。あ、この幸せそうな顔、前も、どこかで……？

　ヒヤリとした空気を感じ、急激に意識が浮上する。目の前に飛び込んできたのは良く知った天井。自宅だった。あれ、俺、教会にいたはずじゃ……？
　すると隣でもぞもぞと何かが動いた気配がして、目を瞑ったまま掠れた声で「さむい……」と文句を言われた。視線をそちらにやるとこちらを向いて寒そうに縮こまる男。先程まで夢に出てきていた男だ。タキシードを着ていなければ髪もセットされていない。しばらく見つめていると閉じられた目を不機嫌そうに開け、睨んできた。
「ねぇ寒いってば。布団寄越せ」
　言われてハッと我に返る。掛け布団がベッドから滑り落ちていた。俺が蹴っ飛ばしたんだろう。そういえば夢で蹴っ飛ばした気がする。ドアを。
「ごめん、吾郎」
　布団を取ってかけ直す。まだ起きるには早かったので、再び寝の体制に入った。暖を取るためか、吾郎はこちらに近づいてきて腕の中に収まるようにしてきた。そのときに吾郎の左手が目に入る。薬指にはシルバーの結婚指輪。二人で選びに行った物だ。自分の指も確認すると同じ位置に同じものが嵌っていた。そうだ、さっきのは単なる夢だ。吾郎が他の誰かと結婚するわけがない。だって、吾郎は俺と結婚したんだから。一人、ホッと胸を撫で下ろして再び微睡みに身を委ねた。