「綺麗だな」それが初めてファウストの姿を見た時の印象だった。
【Anemone coronaria:Nero】
あいつと初めて会ったのは家を買いに来た時だ。俺が世話のしている庭が付いている大きめの邸宅に見るからに若い彼は独り身だと言って買いにきたもんだから、少し、いやかなり驚いた。黒のシャツは清潔で、きっちりした服のせいで露わになった華奢なラインを隠すように肩から巻いたストールをなびかせ、背筋を伸ばして歩く姿は百合の花であった。栗毛色の髪の隙間、眼鏡の反射をすり抜けた瞳は静かな菫の様な紫。忘れるはずもない。皐月の陽気が草木の黄緑を柔らかくしているような、新生活と言うには中途半端な季節だった。いつも通り我関せずと仕事を続けていると、後ろから不意に声を掛けられる。振り返ると、先ほど不動産屋に案内されていた解語の花が立っていた。
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