食事 手元の弟とのトークルームに落としていた視線をほらよ俺に感謝しろ。とでも言いたげなドヤ顔とテカテカのパスタに放り投げる。オリーブオイルが絡んでキラキラ光るパスタと、散らされた輪切りの唐辛子。焦げたにんにくのなんとも食欲をそそる匂いが鼻腔を擽る。ムカつくほど完璧なペペロンチーノだ。
革張りのソファにどっかりと腰を下ろし、大仰に脚を組んだ冗談みたいに目付きの悪い男が麺の太さが乳化が鷹の爪が云々とペラペラペラペラ囀っている。聞いてもいないのに。弟にLINEを返す片手間、適当なところで適当に頷いてふうん、と適当に相槌を打ってやった。おいまだ話終わってねえぞ。なんて声を無視してフォークを手に取る。
セオリー通りにクルクル巻こうとしてもオリーブオイルで滑って上手くいかず、痺れを切らしてそのままズルズルと啜った。
「きったねえな!ラーメンじゃねえんだから啜るなよ!油が飛ぶだろうが!」
「いいじゃん。お前ん家だろ。」
「俺ん家だからだよ!どうだ、美味いだろ?」
「普通に美味いのが普通に腹立つ。」
「素直じゃねぇなあ大門。」
調子に乗る男を黙殺してパスタを食べ進める。咀嚼。嚥下。喉を通る。腹に入る。消化。吸収。小麦粉の炭水化物はエネルギー源に。にんにくの鉄分は血液に。人間の細胞というのは、半年前に食べたもので構成されているのだといういつだかに弟が披露した豆知識が何故か唐突に思い起こされた。
今日という日の大門は何で構成されているのだろうか。弟と、両親の思い出と、恩人への感謝と。その中に目の前の男から受け取ったものはどれくらいあるだろう。もう随分の付き合いになる。昔の大門が今の光景を見たら卒倒しそうだ。いつかこのパスタが大門の血肉となるように、男の言葉も大門を構成する一部になるのだろう。無責任に調子のいいことを次々と投げかけ、半年後には我が物顔で大門の内側に居座るのだ。じわじわと侵食されている気分になって、胃の上のほうがずっしりと重だるくなった。
次の休みは弟とパスタ食いに行くか。這い寄る予感に気づかないふりをして、弟へのLINEを打ち込んだ。