大掃除ドラフト会議 episode0 お前と話し合うのめちゃくちゃ疲れるから大掃除誰がどこやるかじゃんけんで決めるぞ。
元ヤクザが愛しの我が家に住み着いてからはじめての年の瀬の休日昼下がり。いつの間にか奴の私室と化していた物置部屋のドアを乱暴に開け放ってらしくもなくパソコンに向かってなにやらカタカタやっている居候に大門がそう投げかけると、なんで俺が、とでも言いたげに、はあ?とこれ以上ないほど不服そうな顔をしてこちらを振り返った。
「あ?なんだよ年末は大掃除するだろ。まさか家主に従えないって言うのか?」
「名義はな。家賃は折半してんだろうが。」
「家事も折半しろよ!」
「してんだろ!今日のお前を構成する栄養素誰が生み出してやったか言ってみろ。」
「おまえ。」
「そう俺だ。」
「なに、今日限りで出てくってこと?来年は更新しない感じね、わかったさっさと荷物纏めろ。」
「そうは言ってねえだろ!」
「じゃ場所はLINE送ったからそれ見て。やるぞ。」
安全に雨風を凌いで寝泊まりできる環境を奪うぞと脅しをかけてやっと図々しい男は仕方ねえな、といった仕草でパソコンを閉じてこちらに向き直った。家を借りるにしてもお前確実に審査通らないもんな。こんな年末に泊めてくれる馴染みもさすがにいないのだろう。お前ずっと家にいるけどどうやって家賃稼いでるの?またオークション詐欺なんて雑魚い犯罪してるんじゃねえだろうな。ていうかドヤ顔で家賃折半とか言ってたけどお前の分の食費と光熱費でとんとんだからな、一銭の得にもならないのにお前を家に置いてやっている俺への感謝はどうした。喜んでそこらじゅう掃除するくらいしろよ。本当に追い出してやろうか。
ルールはシンプル、じゃんけんをして勝った方から好きな掃除場所を選んでいく、それだけ。箇条書きのルールと選ぶ場所の一覧をトーク画面に送り付けて準備は完了。あとはじゃんけんで勝負をつけるだけだ。
まずは一戦目、もちろん二人とも一番楽な窓狙いだ。こちらはグーで向こうはパー、幸先が悪いがここは運を温存できたと考えよう。こういう勝負は弱気になったらおしまいなのだ。
「はい一番最初のじゃんけん負けたからお前が買い出しな。」
「なんでだよ二人で行けばいいだろうが!次明文化されてないルール勝手に足したら選択権1回剥奪だからな。」
「いやお前たかが掃除場所ドラフトでルールブック持ってくんのはやりすぎだって。友達減るぜ?」
「お前と言った言ってない論争すんのが世界で一番不毛なんだよ。」
男のいついかなる場面でも自分の土俵に相手を引き摺りこもうとする気概は、大門が認めてやってもいいと思える数少ない利点のひとつであった。とんでもなく図太いとも言える。絶対に敵に回したくないし味方にもつけたくない。ホイホイ手を貸してしまったがために全身をアディダスで固めた熊のような大男にボコボコにされたあの日、このロクデナシとは二度とかかわり合いになるまいと心に誓ったはずであるのにどうしてこんなことになってしまったのだろう。なんでいまだにこいつの言動に振り回されなければいけないんだ。居候先の家主を顎で使おうなんざ普通は思いつかないんだよ。
「あっおまえ、今後出しだろ!」
「くだらねえいちゃもんつけんなよ……わかったよ先選ばせてやるから。」
「余裕ぶってんじゃねえよクソ。」
じゃんけんの度に一々そんな言い合いを繰り返してはやっとこさ残り二箇所まで辿り着いた。ラスト一戦、残る掃除場所はキッチンと風呂。面倒な場所の二大巨頭だ。いやでもキッチンの方が嫌だな。単純に範囲が広大であるし油でベタベタのコンロと真っ黒な換気扇をどうにかしなければならないなんて考えるだけでも疲れる。
どちらが笑ってどちらが泣くか、このじゃんけんで全てが決まる。
「俺パー出すから。」
「パー?ふうん。」
最終決戦に向けて心理戦を仕掛けたつもりが意味深な頷きひとつで躱されてしまった。ほんの気まぐれであったしあからさまに狼狽えるのを期待していたわけではないが逆に肩透かしを食らってしまった。余裕ぶってんじゃねえよタコ。
そして、決着。
「はい俺風呂な!いや〜助かったぜマジでパー出してくれて。もう自爆じゃんそれは。バーストお疲れ大門くん♡」
「風呂?ほんとにいいんだな?」
「馬鹿かここで変えるわけねえだろ大人しくキッチンピカピカにしてろ。」
「あっそう。じゃ風呂と洗面所と洗濯機よろしく。」
「はァ?」
怪訝な顔をする男の手から携帯をひったくってLINE画面を軽く上にスクロールすると長い掃除場所リストのせいで画面外へと追いやられていたのだろう、風呂は洗面所と洗濯機も担当 キッチンは玄関も担当 と書かれたメッセージが現れた。かつて肌身離さず携帯を義務付けられていた手帳のように右手で顔の高さに掲げて見せつけてやる。
「おいお前やってるわ!玄関とか一番楽じゃねえか!おかしいと思ったんだよ書いてねえから!」
「じゃあお前がキッチンにするか?コンロと換気扇やる?」
「いやそれも嫌だわ。こんなに両方得しないことあるか?ほんとにいい性格してるよ……」
悪いがタダでは倒れないし、負けただけで降参なんてしない。このままでは終われない。とんでもなく図太いのはこちらだって同じだ。俺が何年拳銃持った指名手配犯と対等に渡り合っていたかはお前が一番よく知ってるだろ。舐めてもらっては困る。大門にバーストはない、ただひとりだけで自爆だなんてありえない。ドブとの決着はいつだって共倒れでしかありえないのだ。くは、と喉の奥からひとつ息が押し出される。それが笑声なのか馬鹿ダルキッチン掃除確定に対する絶望のため息なのかは大門自身にさえもわからなかった。
「一対一のゲームで共倒れアリっておかしいだろ!」
なにやらガタガタ喚いているがそんなことをしても勝敗はひっくり返らない。無駄な抵抗はやめて大人しくしていろ。いや勝敗もなにもない、両者敗北みたいななんとも喜び甲斐のない結果であるのだが。今回は敵にルール設定を任せたお前のミスだ。潔く諦めろ。