get married to ____________.② 大学へ向かう電車の中でスマートフォンに登録されたテスカトリポカのSNSのアイコンを見て、ふっと口元が緩んだ。
やっと、やっと見つけた、あれからずっと探していた。デイビットは二日酔いで少し痛む頭よりも、昨日久しぶりに感じた愛しい人の匂いと体温を思い出して幸せに浸っていた。
心無しか足取りも軽い気がする。夢心地とはまさにこのことだろう。
この80億人が暮らす地球上で、たった二人が出会う確率はほぼ0%だと思っていた。
もちろん、絶対に諦めずに死ぬまで探すつもりだったが、たまたま妙蓮寺に誘われて進学したこの狭い国で彼と出会えるなんて、奇跡に近い。
運命の上を綱渡りをして手に入れた今生で、余りにも考えること、覚えていられる事が多い人生で、テスカトリポカと出会いたい、そして一緒にいたい、その一心で今日まで生きて来た。
だから、車窓越しに見据えた白い太陽に彼を重ねて今度こそ彼を繋ぎ止めたいと、決意を新たにした。
人の波をぬいながら改札を出れば、後ろから高らかなヒールの音が響いてくる。
「デイビット!今日同じ講義だったのね!」
振り返れば綺麗にセットされたピンク色の髪を揺らしながら、妙蓮寺ことペペロンチーノが走ってくる姿が見えた。立ち止まって待っていると嬉しそうに駆け寄って来た。
「……妙蓮寺、朝から元気だな」
いつも通りの挨拶でも少し声が弾む。ペペロンチーノはほとんどの人間は気づかないほどの変化なのに、すぐにデイビットの機嫌がいいことにも気づいてくれる。
「あら?あらら?デイビットかなりご機嫌じゃなーい?」
「うん、おまえなら気づいてくれると思っていたよ」
「待って、分かっちゃった、アタシ」
若干の渋い顔をしながら、言わないでという仕草をするペペロンチーノにあからさまに残念そうな顔をしてしまう。
そういう顔すればいいって何処で覚えたのかしらと、ぼやきながら「仕方ないわね、教えてデイビット」とため息を吐きつつ促された。
「テスカトリポカを、見つけたよ」
言いたくて仕方が無かったことを告げると、心情を察し難い複雑そうな顔を一瞬見せた。それが何なのかはデイビットには分からなかったが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「やっぱりー!あー、そうだと思ったのよね。おめでとう!向こうもちゃんとデイビットのこと覚えてたのよね?」
「いや、全く覚えていない。微かに残滓はあるようだが、オレの名前すら知らなかった」
「はぁーー!?え!?どういうこと?」
烈火の如く怒り狂いそうなペペロンチーノに、デイビットは首を振る。そもそもここからの会話は、駅の構内で話す内容では無いように思えたからだ。
だって、これは今生の前の人生、所謂“前世”と言われるものの話になってくる。
「あとは、研究室で話そう」
「……分かったわ」
昔から察しがいい彼は、すぐに話題を切り替えてくれる。本当に幸運だとデイビットは思う。テスカトリポカに出会えたのはもちろん、あの前世の出来事を共有出来る、頼もしい友人がそばにいてくれることも。
「これは、オレの所感ではあるが。彼はオレを転生させるために事象を何度も捻じ曲げていた。テスカトリポカは全能神であるが、万能ではない。そう運命を何度も入れ変えれば必ずペナルティーが課せられるはず。………つまり、」
「彼はペナルティのせいで神格を失い、人間になってしまったってこと?」
「そう考えるのが自然だ。そもそも、神のままであれば人間に生まれ変わるはずがない。神は何処まで行っても神だ」
研究室の片隅のソファーで、お気に入りの紅茶を飲みながら話す会話は一人の神の顛末。
「彼が記憶を失っているのは、恐らくそれが原因だろう」
「……そう」
カチャン、ティーカップを置く音が静かな部屋にやけに響いた。あんなに必死に探してようやく会えたのに、再会を分かち合えずにいるデイビットになんて言葉をかければいいか分からない、そうペペロンチーノの顔には書いてあった。
「だが、会えればあとはこちら次第だろう?」
「え?」
「テスカトリポカは、オレのために神格まで差し出してくれた。つまり、それは彼から深く愛されてたということだろう?根底の魂が変わらないなら、また愛してもらえるようにがんばるよ」
ふわり、と自然に笑ったデイビットはペペロンチーノの記憶にあるよりも穏やかで柔らかい。かの戦神の領域で長い間休息を取ったことにより、人間では無くなっていた彼の魂は正しい形に戻りつつあったのだろう。
「応援するわ、デイビット」
その心を眩しく思いながら、ペペロンチーノは目を細めた。