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    ・トマ人ワンドロ第一回「忘れ物」「恋煩い」
    ・どちらも無理矢理いれてしまった結果のこれ
    ・解釈ふわふわ、付き合ってますしやることはやってます
    ・誤字脱字

    恋煩い 主であるところの青年とトーマの間には、いくつかの符丁が存在する。それは幼い頃に大人たちには内緒だと笑った約束であるし、家司となったのちにお互いの業務を円滑に行うための取り決めでもあった。顔を合わせるより、声をかけるより、ずっと早くお互いの意図を通じさせることができるそれらが、同じ屋敷で暮らしている間柄であっても活用されるくらいには、神里家の当主というものは忙しかったのだ。
     トーマ自身から何かを伝えることもあれば、主から命令を受けることもある。その場にいる他者にそうと知られないよう、それでいて確実に伝えられるように編み出されたいくつものやりとりはささやかで、さりげなく、それでいて様々な意味を孕む。例えば、執務机にさりげなく残された匂い紙の色と香りであったり、朝食に添えられる茶器と花の組み合わせで在ったり――外出先で時折生ずる『忘れ物』であったり。勿論それらのすべてがそうであるというわけではなく、時折は主の悪戯めいたものも混じるのだけれど、言葉すら介さないやりとりは、トーマがただの被保護者であった頃から、家司となり、そうして二人が想いを交わしてからも変わらずに繰り返されてきた。
     今宵とてそうだ。夕餉の際に綾華の見ていないところで交わした仕草に込められた意図を正しく読み取ったトーマは、彼のごく私的な願いに従って、皆が寝静まった深夜にも関わらずこうして厨を尋ねている。屋敷のものたち全員に振舞うような大量の食事を量産するための場所ではなく、綾人や綾華を含めた屋敷の中枢に携わる人間たちに、茶や菓子を提供するための仮の厨房である。そこに来てほしいと乞われるのは初めてではないのだけれど、そのたびに振舞われる独創的な手料理を思い出せば、トーマの足もやや鈍りそうになる。とはいえ、その過程で主が様々な無茶をしないとも限らないので(その好奇心を諫めないトーマ自身のせいでもあるのだが)彼の希望通り他の誰にも気づかれぬようそろりと厨房へと足を踏み入れる。
    「やあ、トーマ。待っていたよ」
     先に来ていたのは主の方だったらしく、振り向くことも泣いまま声をかける彼はすでに何やら洗い物をしている。包丁や簡単な調理器具は仕舞われたままで、今日は彼が腕を振るうというわけではなさそうだと安堵しつつその背中に近づき――トーマはすっと目を細めた。
    「若」
     甘い香りがする。手元が覗き込めるまで近づいて初めて香り立つそれは、どろりとした重さを持ち、蜜のように深い。それでいて果実特有のみずみずしさを持つそれは、様々な野菜、果実を扱い、草花にも慣れ親しむトーマにとっても嗅ぎ慣れないもの。だが問題はそこではなかった。
     例えば、この国でも中々流通しないような秘境の珍しい果物であれば、これまでも持ち込まれたことはある。主に献上されたそれをふたりで楽しんだことも。けれど、今回の「これ」は、間違いなくそのようなものではない。
     先日、とある商人が、主を手籠めにしようなどという無謀な計画を企んでいた。勿論最終的には捕縛されたのだが、そのために主が呼ばれた座敷に充満していた違法な香物のそれに近しいその香りは、トーマにとって到底看過できないものだった。
    「これをどこで?」
     トーマが気づいたそれに、主が気づかぬわけがない。彼は香道にも通じているのだから、トーマよりもずっとあの香りについては詳しいはずだ。あの香についても終末番たちが調べていたと聞いている。それを知っていて、何故このようなものが主の手元に在るのか。疑いよりも心配をたぶんに含んだ声をかければ、主はふと目元を和らげたようだった。
    「あの男の伝手をつぶした折にね、見つけたんだよ。あの香の原料でもあるらしいが……これはただの果物だ。それも、今が旬でとびきり美味らしい」
     白い手が水を受け濡れている。その指先が撫でる濃い赤色の果実は、葡萄よりもやや大きい程度だろうか。匂いからすれば、相当に熟れて甘いだろう。その口ぶりに嘘はない。彼がそういうのであれば、これは本当にあの香ほどの毒性を持たないのかもしれない。それをトーマと食べたかった、というだけなのかもしれない。だが。
    「……それだけではないでしょう」
     じい、と見つめた藍紫の瞳は、悪戯っぽい色を湛えている。微笑みだってそうだ。これは間違いなく、彼が何かを企んでいるときの顔。隠すつもりなどさらさらないその企みに乗るか否か選べたことなどない――トーマが彼に誘われて乗らなかったことなど一度としてないのだ――が、それはそれとして、その真意は確認しておきたかった。彼は、当主でない己のことを軽んじすぎてしまうので。
     トーマの口ぶりが先ほどのそれより軽くなったことに気づいたのか、主は一層楽し気に笑みを深くして、果実をひとつ持ち上げて見せた。
    「この実は薬味や薬にも近いらしくてね。鼓動が早くなったり、体温が上がったり、そういった効果もあるらしい。面白いだろう?」
     生姜を含めた生薬のようなものだろうか。その一部があの香にも作用していたとすれば、なるほどあの商人だった男の計画にも納得がいく。やはりあの男終末番にもう一度くらい甚振られてしまえばいいのに、とゆらりと胸奥で揺れるほの暗い感情を呑み込んで、呆れと諦念と、青年の子供じみた笑みへの酩酊を嘆息にして零せば、今宵の勝利を確信したらしい主はにっこりと笑ってその粒を小さな唇で挟みトーマの方へと身を寄せてきた。
    「ん、」
     その腰を当たり前のように抱き寄せ、差し出される果実ごとくちびるを奪う。彼のうすい唇に、間違っても果実の香りが残らぬよう丁寧に舐めあげてから解放すれば、手料理や土産物を振舞ったときのそれを思わせる輝きを宿した瞳がじっとトーマを見つめている。
    「……」
     ため息を零したい気持ちごと噛んでみれば、ぷつりと皮が破れ甘ったるい果汁がにじみ出る。思いのほか軽い味わいだが、触れれば確かにほんのりと熱を帯びるようだ。果肉はぷりぷりと歯ごたえがあって、噛み潰せば熱を感じる果汁がにじみ出てくる。皮もそのまま食べられる程度の薄さでしかなく、しばらく口内で果汁とともに味わってからこくりと飲み干した。
    「どうだい?」
    「……ん、美味しいは美味しいです。確かに熱くなるような感覚はありますね」
     胃の腑から熱が広がっていくような、そんな感覚は確かにある。はあ、と吐き出した息にも熱は籠っているだろうし、なによりあの甘い香りが自分でもわかるほど含まれている。水洗いしている間から香り立つほどであるので当然だが、果実や果汁はさらに強く香るらしい。どろりとした重さのある香りだが、果肉の与える熱っぽさと相まって不思議と嫌な感じはしなかった。
    「トーマが美味しいというのなら、楽しみだな」
    「部屋に持っていきましょう。それから食べて下さい」
     にこにこ、上機嫌な様子を見れば、これを夜のうちに摘まみながらトーマといちゃつきたい、という彼の希望のすべてをかなえてやりたくなるのが家司であり恋人というものだろう。腕の中でおとなしく身を預けられ、果物の受け渡しのため以上の意図で口づけを交わした時点で、トーマの理性はすでに試練を受けさせられていた。さっさと部屋に戻って、彼のこともたっぷりと味わいたいと思えば、口内にじゅわりと唾液が溢れるような飢餓を覚えてしまう。自然と鼓動が早まっていくのを堪えて腕を解き、彼が洗った果実を皿に盛った。
     もちろん、遅効性の毒が含まれていることも考えれば、彼がこの果実を口にするのは部屋に戻り少し経ってからになるだろう。主にそれを望まれれば、トーマに否やはない。だが、先ほど頬が不自然に熱い。駆け足になる鼓動と併せても、この果実の効能は思いのほか強いのかもしれないから、本当なら彼に口にしてほしくはない。それより先に押し倒してしまえば、こんなものは口にせずにすむのではないかともちらりと考えてしまう己の欲に負けじと理性を引っ張り出し、先に厨を出ていく背中を追いかけて歩き出す。
     夜の屋敷は静まり返ってはいるが、そこかしこに人の気配があった。それらを起こさぬよう足音をできる限り消し、ひっそり、こっそり、主たるひとの寝所に招かれる幸福は今宵も変わりなくトーマの心を浮つかせるのだが、果実の効能もあり今日はどうにも気がせいてしまう。主から「待て」を命じられたとしたら従いはするが様々なところが苦しいかもしれないな、などと不埒なことをぼんやり考えているトーマのことを見通してか、主の足は速い。焦らすつもりはないらしい。果実を食べたのはトーマだけであるのに、まるでこの熱や拍動が主にも伝播したかのように二人の間に横たわる沈黙にはじっとりとした熱がこもっていた。
     言葉を交わす暇すら惜しんで屋敷の最奥に据えられた寝所へと足を踏み入れ、果実の皿を机に置いてから酒器などを用意しようとしたトーマだったが、するりと腕をからめとられその動きが止まる。常よりも少しその肌が冷たいように思うのは、トーマの体温が上がっているからだった。いつの間にか寝衣一枚になり、白い肌が袖口から覗く腕に導かれるがまま見上げた主の顔は、ほんのりと嗜虐の色を湛えて、ただただひたすらに、壮絶に、艶やかだった。
    「この果実、その地方では媚薬にも使われているらしいね」
     ねえ、トーマ――たっぷりの色を含んだ音が零れる唇の赤色。熱を帯びてやや潤んだ藍紫の瞳がぱちりぱちりと瞬くのを見ているだけで、ごくり、トーマの喉が鳴ってしまう。主の思惑に乗せられているのだと分かっていても、果実を口にしたときよりもずっと早く、圧倒的な欲が理性の箍を緩めようとする。耐えなくてはと思うトーマを知らぬげに、じゃれつく子猫のようなそぶりで鼻先同士を擦り付けてはくふくふと笑みをこぼして見せる様など見せられては――とうにトーマの方も限界を超えていたのだと思い知る。
     声もなく理性は失われたまま、ただ無意識にその背中を腕の中に納めて、そうして。
    「花言葉もあってね、確か、」
     その先の言葉ごと呑み込むように、唇を奪っていた。



    忘れ物/恋煩い
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