ふわふわしてる長義と布くんの話万屋街で刀剣男士の誘拐未遂が頻発していると報告があった。
「買い出しには二振り以上で行くようにしないと。特に練度の低い男士は注意するように」
主に言われ長義はキョトンとして国広を見た。
「長義は一等ふわふわしているから要注意だな」
「ああ、知らない人間について行ってしまいそうな危うさがある」
「俺は幼子じゃないよ」
他の男士たちに心配される中「俺が守る」と長義を見て言う国広。長義は「国広は強いから一緒にいたら安心だね」とご満悦。
「長義は珍しい刀剣男士だから本当に気をつけるんだよ」
「わかってるよ」
「美しい刀は人の心を惑わす時があるからね」
そんな話も数ヶ月前にした。それ以降怪しい人物の目撃情報はないまま時が過ぎていった。長義も油断していた。その日、長義は長期遠征で帰ってくる国広のために万屋へ甘味を買いに行っていた。誘拐未遂の話などすっかり忘れていた。
「――えっ」
浮かれていた長義は背後の気配に気付けなかった。
「長義が帰っていないだと」
「万屋街へ行くと言って1時間以上経ってる」
「さすがに長義は道を間違えないはずだ。何度も通っているのだから……まさか」
「誘拐……か」
数ヶ月前の話を思い出し、主と国広は血相を変えた。
「主は政府に通報して応援を要請します」
「俺は先に万屋街へ行く」
「俺も行くよ」
「偵察なら任せて」
第一部隊を引き連れ国広は万屋街へ向かった。
長義は埃っぽい部屋で目を覚ました。体を起こそうとするが体に力が入らない。後ろ手に縛られており霊力の枯渇を感じた。
(何…ここ…)
ゆっくり視線を動かすと見知らぬ男が長義を見下ろしていた。
「やはり山姥切長義は美しい。持たぬ私にも与えておくれ」
(や、やばい人だ……国広……っ)
「どうしてわが本丸には優評定を出してくれなかったんだ。おかげで山姥切長義という美しい刀を得る機会を逃してしまった。永遠に」
「何、言ってるの…」
「諦めきれなかった。その美しさに魅入られた。万屋街に現れる個体をどれ程連れ帰りたかったか」
(目が…表情がおかしい……身体が、動けばこんなの…)
縄を引きちぎろうとするもびくともしない。
「偶然見かけた幼い個体を連れ去ろうとしたが邪魔な写しに邪魔されてしまった。それ以降、私は探しつづけたんだ。そうして見つけたのが君だ」
抵抗出来ない長義を組み敷き男は薄く笑う。
「見たところ随分と無垢な個体のようだ。傲慢さを欠いている、そんな姿も美しい」
頬をなで上げられ、太く長い指が長義の唇に触れる。次の瞬間長義はその男の指を噛み切った。痛みに男の表情が歪む。
「無駄な抵抗を…するな」
怒声と、鈍い音。長義の頬を殴った音だった。長義は髪に国広から貰った髪飾りをつけていた。それが殴られた衝撃で外れて壊れてしまった。突然のことにキョトンとしている長義の顎を掴み男はギロっと睨みつける。
「私はそんな顔が見たいんじゃない。大人しくしておいてくれ」
プチプチとシャツのボタンを外されいよいよまずいと目を閉じる。何か策はないか。
(くに、ひろ…)
「長義」
ばんっとドアが蹴り破られた。次の瞬間、長義にまたがっていた男が吹っ飛ぶ。国広が男に掴みかかっていた。
「くにひろ……」
はっと我に返った国広は慌てて長義の下へ駆け寄る。乱された衣服を整えながら自分の布をかけて「……大丈夫か」と声を絞り出す。
「うん、国広が来てくれたから大丈夫だよ」
ぎゅっと長義を抱きしめ「良かった…」とつぶやく国広。
「もう、勝手に進んでいったら危ないだろう、布くん」
「刀剣窃盗、傷害の罪でご同行願おう……気を失ってるようだが、よその本丸であれ本歌を損なうことは到底許されることではない。連れて行け」
後から来たのは政府から派遣されてきた極の長義と国広だった。国広の指示により男は速やかに捕縛された。
「まあ、別本丸とは言え俺を損なおうとしたんだからどうなるかわかっているだろうなせいぜい今のうちにぐっすり寝ておけ」
引きずられていく男を見送り2振りは振り返る。
「大丈夫か、別本丸の本歌」
「うん…大丈夫」
「顔が…手を上げられたんだね。妙な術式をかけられた痕跡もある。検査と治療を兼ねて今夜は政府で過ごしてもらうよ」
「……国広も一緒でいいかな」
「かまわないだろう。一緒にいてもらえ」
国広は頷き長義に肩を貸すことにした。外では本丸から付いてきてくれた男士たちが待っていた。
「長義さん、大丈夫…」
「顔、殴られたのか」
「俺は長義を政府の医療機関へ連れて行く。みんなは先に戻って主に報告してくれ」
「分かった」
「長義さん、本丸で待ってますからね」
みんなに心配されていることを知り長義は思わず涙ぐんだ。
「軽傷で済んで良かった。術による後遺症などは見られない。明日には帰還してもらって大丈夫だ」
病室にて。長義はそう言われこくんと頷いた。極の二振りが部屋を出ていった後国広は長義を抱きしめた。
「国広…心配かけてごめんね…遠征で疲れているのに」
「関係ない。あんたになにもなくて良かった」
「怖かったけれど、助けに来てくれた国広を見て、怖いのどっか行っちゃった」
「そうか…」
「守ってくれてありがとう」
国広は長義に向き直る。白い手首には縛られていた縄の跡が痛々しく残っている。
「手首、痛くないのか」
「うん、平気だよ…でも」
「」
「国広から貰った髪飾り…壊れちゃった」
「あ」
今気づいた。長義に似合うと思って渡した菫の髪飾り。長義はそれを気にしているようだった。
「……ごめん」
「謝るな。あんたが無事だったからそれでいい」
「でも」
「一緒に買いに行こう、現世に」
国広の言葉に長義は目を見開いた。
「いっしょに…」
「ああ。一緒に行こう。髪飾り以外にも色々買おう。主に俺から行ってみる」
「ふふ…なんだかでぇとみたい」
「ああ、でぇとをしよう。何回だって、俺はあんたと一緒に行きたい」
「うん、ぱふぇも食べたいなあ」
「一緒に食べよう。現世なら美味しいものがたくさんあるはずだ」
男は逮捕された。これから裁かれ罰を受ける。聴取を終え、傷も癒えすべて終わったあと。
「お待たせ国広」
「長義」
「主がね、お泊りしてきていいって」
「ああ、準備はできているか」
「うん、猫ごろしくんも見てくれたから大丈夫だよ」
「じゃあ、行こうか」
「うん」
その手を離さないようにしっかり握りしめて、国広は長義の横を歩く。
「行きたいところはあるか」
「国広と一緒ならどこだって」
眩しいばかりの無垢な笑顔を浮かべて長義はくすくす笑った。