ふわふわしてる長義と布くんの話この本丸の山姥切長義は随分とふわふわしている個体だ。苛烈で傲慢な様子は欠片もなく、本歌と写しの関係性についても争うことはない。ニコニコと無垢な笑顔を振りまいている。山姥切国広はそんな長義のことが好きだ。本歌と写しという関係だから、というわけではない。恋仲になったのだから。触れ合いたい。愛し合いたい。しかし無垢な長義を己の醜い欲で汚すことは憚られた。
(もしそんなことを告げて嫌われてしまったらたちなおれない)
長義は国広に対して穏やかに接してくれる。それでいい。これ以上を望んだら身に余る。国広は自分にそう言い聞かせた。
ある夜。
国広は遠征終了後部隊の皆で晩酌をすることになった。飲まされた国広は悪酔いしてしまいすっかりグロッキーに。
「そろそろ部屋で休んだほうがいいよ」
そう言われ国広はフラフラと歩きながら自室に戻った。障子を開けると寝間に着替えていた風呂上がりの長義がいた。
「あ、国広。もう晩酌はいいの」
「ちょう…ぎ…」
「お布団敷いておいたよ。着替えて寝たほうがいいよ」
(なんでここに。まさか酔って夢でも見ているのか)
国広はゆっくり歩き長義の前に立つ。ふらりと身体が崩れ、国広は長義を布団に押し倒していた。ぽかんとする長義を見下ろし首筋をくんくんと嗅ぐ。
(いい匂いだ……本歌……俺の……)
「国広、くすぐったいよ」
「長義」
首筋に息がかかりくすぐったそうに身体をよじる長義の顔をのぞき込み国広はその薄い唇を塞いだ。突然のことに長義は体を強張らせる。触れるだけの短いものだった。国広はゆっくりと身体を起こす。押し倒してしまった衝撃で乱れた寝間から見える白い肌が紅潮している。国広の頭が徐々に覚醒していく。状況を、理解した。
「長義……」
夢じゃなかった。国広は慌ててその場を退き長義に謝罪した。
(長義はついこの間に攫われて服を乱されたというのに、俺は、酔った勢いで何をして……)
頭がグルグルする。長義は頬を赤らめながらいそいそと寝間の乱れを整える。
「国広は」
「す、すまなかった…」
「人の番みたいなことをするんだね。びっくりしちゃった」
恥ずかしそうに微笑む長義はそそくさと国広の部屋を後にした。
「飲み過ぎは駄目だよ。おやすみ。国広」
「……ああ……おや、すみ」
ぱたんと障子が閉められる。国広はずーんと布団に沈み込んだ。
(幻滅された)
(……ちゅーしちゃった)
ぱたぱたと廊下を歩く。長義はそっと唇に触れた。
(国広と……ちゅーしちゃった)
桜を飛ばしながら長義は軽い足取りで部屋に戻った。
(…何だかカッコよかったな)
国広は気まずかった。長義の顔をまともに見れない。謝罪をしなければならないのに。
(何かきっかけが欲しい……何か)
一振りで万屋街に来ていた。いつも長義と一緒に来ていたので一振りで来たのは随分久しぶりだった。
「おや、布くんじゃないか」
「……あんたは、あの時の」
長義がさらわれた時に応援で来てくれた極めた長義だった。
「変わりはないかな」
「おかげさまで」
「……いや、何か悩んでいるようだね」
「……」
「あの長義のことかな」
「本歌には隠し事ができないものなのか」
(国広、最近元気がないなあ。甘いものでも食べたら元気になるかな)
一方その頃。長義は万屋街に来ていた。甘味処で何か買おうと思っていた。あの日から国広に元気がない。元気づけたかった。
(んあれは国広……と……極めた俺の同位体だ)
思わず物陰に隠れた。何だか距離が近い。何を話しているのかは分からないが。
(……やっぱり国広は、ふわふわしてる俺より、凛としてカッコいい俺の方がいいのかな)
しょぼんと肩を落としている長義の肩にぽんと手が置かれた。
「ぴゃっ」
「…やっぱり。あんた、この前の本歌だろ懲りずに一振りで来たのか」
あの時応援で来てくれた極めた国広だった。
「びっくりした……もう大丈夫だよ、油断しないようにしているからね」
「今思いっきり驚いていたぞ」
「それは」
チラッと視線を移す。極めた国広はそれを追った。
「あんたの写しと……俺の本歌か」
「……仲良さそう」
「そう見えるか」
「……何話しているのかな」
「行ってきたらいいじゃないか」
「でも邪魔しちゃ駄目だし」
「何を怖気づくことがある。あれはあんたのことしか考えてないぞ」
「そうかな」
「そうだ。写しとはそういうものだ」
長義は目を見開いた。国広がこちらに気付いた。次の瞬間、思いっきり駆け寄ってくる。避けられなかった。気付いたときには思いっきり抱きしめられていた。
「長義」
「国広…」
「あんなことがあったのに一振りで来たのか」
「……国広に甘いものを買ってあげようって思って」
もごもごと小声で話す。ドキドキと鼓動が早鳴る。初めてのことに長義は戸惑った。
「単純な個体なんだから、そうやって抱きしめてやればいいんだよ。ウジウジとまどろっこしい」
「本歌、あまり布の俺をからかうな」
「もしかして、ちゅーしたことを気にしていたのかな」
「……酔った勢いで酷いことをしたと…」
「ひどいなんて思っていないよ。むしろ」
「……むしろ」
ぽんっと長義の顔が赤くなる。視線を泳がせ「……嬉しかった…かな」と口元を緩ませる。
「嬉し…」
「国広は…嬉しくなかったのかな」
「そ、それはもちろん……でも」
「」
「……何もなかったとは言え、一度襲われているあんたに…軽率なことをしたと…反省して」
「……なんだっけ」
「攫われただろ未遂で終わったからいいものを、最悪のことになっていた可能性だって」
「国広が来てくれるって思ってたから平気だったよ」
無垢に笑う長義を見て国広は大きく息を吐いた。
「……俺はあんたともっと深い仲になりたいと思っているんだぞ」
「深いって」
「…口づけをしたり」
「うん」
「……抱きしめたり…」
「うん」
「か、身体に触れたり……」
「いいよ」
しんと静まり返った。布のすき間から長義を見る。
「よくわからないけれど、国広のこと大好きだから」
「長義……」
「国広は酷いことなんてしないでしょ」
「……っもちろんだ」
見つめ合い、そっと唇を触れ合わせた。
「なんだか恥ずかしいね」と笑う長義を見て(これ以上のことをしたら長義はどんな反応をするんだろうか)とドキドキする国広だった。