とある写しととある本歌のよもやま話山姥切長義は幼い姿で顕現した。それだけならよかったのだが自身の霊力のコントロールができず、しばしばその力を抑えられず暴走させ体調を崩していた。霊力をうまく扱えるようになり安定するまで時の政府管轄の医療機関に収容されることとなった。ここは合戦場で手入れですら治らない深い傷を負った刀剣男士が何振りも収容されており、治療を続ける個体、あるいは最期の時を静かに待っている個体がいた。
「おれはほんかやまんばぎり。でも、おれはふかんぜんだから、かっせんにいくことも、ましてやかたなをふるうこともできない。おれは、どうして」
そんなある日の事だった。霊力が暴走し、ベッドでうなされていた長義の元に誰かが近づいてくる。それは汗で張り付いた長義の前髪を指で梳き、優しく頭を撫でてくれた。そうすると、その日の夕方には症状がおさまっていた。とても懐かしく温かな大きな手のひら。ぼんやり覚えていた長義は、いよいよその誰かと対面する。その誰かは唐突に長義の病室を訪れた。一目でわかった、それは山姥切国広。長義の写しである刀剣男士だった。
「具合はどうだ?」
その顔を一目見て、長義は目を見開いた。初めて見た自分の写し、今の自分では到底会うことが叶わないと思っていた相手。長義は目を輝かせた。
「にせももくん!」
「……写しはにせももじゃない。あんた、舌たらずなんだな」
「にせもも、にしぇ……にえも……」
「ああ、もう何でもいい。好きに呼べばいい」
長義は嬉しかった。自分だけの写しに出会えたと思った。次の日から長義の体調はみるみる良くなった。出歩くことを許可された。共用スペースで国広に会うことができた。
「あんたはどうしてここへ?」
「……おれは、ふかんぜんだから……ちからをうまくあつかえないんだって」
「だからあんなに苦しそうにしていたのか」
「にしぇももくんは?どこかいたいのかな?」
「……ああ。ずっと痛いんだ」
「どこかな?おれがきってあげようね!」
「本体も持ってないくせにどうやって斬るつもりなんだ」
長義の頭をぐしっと撫でまわし国広は小さく笑った。
「心配されなくても最近マシになってきた」
「じゃあ、ここをたいいんするのかな……おれはまだむりなのに」
「退院は……しないさ」
翠の瞳がゆらりと揺れたのを長義は見逃さなかった。
二振りは毎日そこで談笑した。他愛もないことを話した。そうすると、国広は共用スペースに来ることがなくなってしまった。長義は院内の職員に聞き込み、国広の病室を見つけた。特別病棟の真ん中あたりのフロアにそれはあった。
「にせもよくん!」
「……あんた、ここまで来たのか……」
「おいしゃはね、うんどうもだいじだっていっていたよ!」
トコトコと国広のいるベッドに近付き、長義は首を傾げた。
「……いたいの?」
「……あんたの顔を見たら随分とマシになった。本歌というのは凄いんだな」
「もちろん、おれはおまえのほんかだからね!」
いつも以上に顔色が悪い国広を見て長義は表情を曇らせた。
「どうしたら……またおはなしできるのかな」
「さあ……どうすればいいんだろうな」
「ねえにせものくん……あまいものはすきかな」
「甘いものか。久しく食べていないな」
「おれ、ここのおみせにうってるくっきーがすきなんだ。とてもあまくて、とてもげんきになるんだよ」
「そうか。食べて、みたいものだな」
「こんどおれがかってきてあげようね」
「……ああ、頼んだ、本歌」
それが最後の会話だった。
次の日長義は売店に売っているクッキーをなけなしのお小遣いで買った。それをしっかり両手で握り締めて廊下を駆ける。特別病棟に入り、国広の部屋があるフロアへ向かうためにエレベーターに乗る。パタパタと駆け、国広の病室の前に来た。
「にせものく……」
部屋はもぬけの殻だった。昨日までベッドに寝ていた国広の姿はなく、がらんどうの部屋の入り口で長義はぽつんと立ち尽くした。
「……え」
理解が追い付かず、長義は部屋を出て職員を探した。
「あ、あの!」
「あら、あなたは山姥切長義さま。どうしてここへ?」
「あの、あの……ここにいた、にせものくん……やまんばぎりくにひろは……?」
喉が渇く。ドキドキと鼓動が早鳴る。嫌な汗が背中を伝った。
「……どこへ、いったのかな……?」
職員は何も答えなかったが、長義の真っすぐな眼差しを見て観念したように口を開いた。
「あの部屋の山姥切国広さまは今朝方刀身が折れました」
「え」
「先の戦で致命的な深手を負っておられました。折れるその時をここで静かに待っていたのです」
「……」
ぐらりと視界が揺れた。
「薬で誤魔化すことができないほどの痛みだったといいます。それが、貴方とお話しているときは痛みを忘れて穏やかに過ごせたとおっしゃられていました」
「……にせも、のく……」
どうやって自分の病室に戻ったのか長義は覚えていなかった。その日の夜、久しく何ともなかったというのに霊力の暴走が起こった。今まで起こった発作の中でも特に強烈で長義は一晩中高熱に魘された。
(おれも……このまま……にせものくん……)
暗い病室の中、たった一振りでうなされていた。そんな長義の元に誰かが来た、ような気配を感じた。暗がりで誰かは分からない。その誰かは静かに長義の手をとって優しく頭を撫でてくれた。
「あんたの霊力は随分と量が多いんだな。だから扱いにくいんだろう。……大丈夫だ、俺がいくらか貰っていってやろう」
優しい声だった。長義はぼんやりとしたまま小さく頷き、そっと意識を手放した。
目が醒めた時はすっかり日が昇り昼前になっていた。ぐっしょりと汗で濡れた寝間着が気持ち悪い。それでも長義は起き上がれなかった。あれほど苦しかったというのに何事もなかったかのように回復していた。
そうしてそこで過ごして幾年。あれから霊力の暴走は起こらなくなった。原因は一切不明だったがそれ以降も身体に異常は見られなかった。幼い身体も随分と成長した。本歌山姥切として恥ずかしくない姿となった。
「バイタルもメンタルも数値に問題はありません。今まで長い間お疲れさまでした」
「いや、こちらこそ随分世話になったね」
担当職員はにこやかに笑う。長義も微笑み返した。
「これから政府に出向ですか。いよいよですね」
「まあね。実際の仕事に就く前に肩慣らしの任務を与えられるらしい」
「貴方ならばどんな任務も問題なくこなせるでしょう」
「ありがとう。二度とここの世話にならないよう努めるよ」
「たまに遊びに来るくらいなら構いませんよ」
「ふふ、そうだね」
長義は時の政府のある部署に呼ばれていた。初めての任務は果たしてどのような内容か。覚悟を決めて指定された部屋に入る。
「山姥切長義。貴方にお願いしたいのは、この刀剣の世話役です」
「刀剣の?」
「貴方は幼い姿で顕現した稀有な刀剣男士と聞いています。この刀剣男士の力になってほしい」
「はあ。一体どの刀剣の」
職員の後ろから出てきたのは見覚えのある姿だった。
「やまんばぎり!」
幼い声だが、覚えている。
「おれはやまんばぎりくにひろ……ほりかわくにひろだいいちのけっさくで、ほんさくちょうぎのうつし……やまんばぎりくにひろだ!」
その翠の瞳に長義は見覚えがあった。