Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    steadfastm_f

    @steadfastm_f

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 8

    steadfastm_f

    ☆quiet follow

    ミ受けワンライにてお題扉、喧嘩、マドレーヌで書きました。不意に元の世界に戻ってしまった賢者をミスラが迎えに来る話です。

    マドレーヌをとりに 夫婦喧嘩は犬も食わないとはよく言ったものだ。
     つい数分前までこの世の終わりのごとく意気消沈していた友人は満面の笑顔で晶に手を振り横断歩道を渡って行く。迎えに来た奥さんと腕を組み、笑い合う後ろ姿が小さくなっていくのを見届けて、晶は自分も帰路につくことにした。今しがた友人の話を聞いていたカフェ店内の暖かさと比べ、外の空気は身震いするほど冷たい。晶は早足になりながら駅へと向かった。吐き出す息の白さに冬の到来を実感する。それでも息が出来て歩いていられるのだから、日本の冬は暖かいくらいだ。そう考えて、違和感を覚える。今自分は何と比べたのだろうと。靄がかかって上手く答えの出ない思考を追い出すように首を振った。駅へ向かう通りは青と白のイルミネーションに彩られた街路樹が立ち並んでいる。行き交う人々は平日の夜であることもあり、ほとんどの人がイルミネーションには目もくれず、帰宅を急いでいた。
     だからだろうか。その人影はぽつんとそこに佇んでいるだけで、異様なほど目立っていた。燃えるような赤い髪。真っ白の外套。長い手足。そこだけ流れている時間までも違うような錯覚。知り合いではないはずだ。ごく普通の人生を歩んできた晶にとって、明らかに見知ったものではない異質な存在感。どうしてか目が離せない。なぜか胸に溢れてくる懐かしさとザワザワと胸中を乱す動揺で、縫い止められたように足が動かなかった。
    「けんじゃさま」
     初めて会うのに何度も聞いた声。動けずに立っている間に、その人物は――おかしな話だが人、という自分の認識にすら違和感がある――晶の目の前まで来ていた。
    「探しましたよ」
    「……あ、」
     頭上から見下ろす翠の瞳が晶の視線を捉え、不可解なことを口にした。何か言わなければと思うものの言葉が出てこなかった。その代わりのように頬を温かいものが伝う。何故自分は泣いているのか、わけがわからず誤魔化すように笑おうとして顔を引きつらせただけで終わった。
    「ちょっと、なんで泣いてるんです。面白くないですよ、その顔」
    「すいません」
     言葉の割に焦ったような顔をして、男は晶の顔に触れた。男の手は冷たく、いつからあそこに立っていたのだろうと不安になるくらいだった。
    「あの、良かったら、温かいもの飲みませんか。そこで」
    「はあ。良いですけど」
     口をついて出た言葉に自分で驚く。これじゃナンパみたいだと赤くなっていると二つ返事で了承した男に更に驚いた。出会い頭に急に泣き出してお茶に誘う男なんて、挙動不審も良いところだろうに。晶が自省している間に男はカフェの2つ隣の牛丼屋へフラフラと引き寄せられていた。慌てて後を追って手を掴む。
    「そ、そこじゃなくて。こっちです」
    「でも、ここから肉の匂いがしますよ。腹が減ったな……」
    「ご飯は、このあと焼肉に行きましょう! だから一旦お茶にしませんか」
     自分ではなく別の誰かが喋っているみたいだった。男に対して気安い言葉がするすると口から出てくることに、晶はずっと動揺していた。思わず繋いでしまった手を当たり前のように握り返してくる指に動悸がする。肌寒い外気は変わらないのに、顔が熱かった。名前も分からない男の手は、おかしなほど馴染み深い。何度もこうして手を握った気がする。手を引くと予想外に大人しくついてくるところも、よく知っている気がして。
    「けんじゃさま、これが食べたいです」
     ショーケースの中のベリータルトを少し上背を曲げながら指差す。その仕草の子どもっぽさと、気怠げで艶のある容姿がちぐはぐで可笑しい。知らずに笑顔になりながら晶は頷いた。
    「はい。飲み物は紅茶でいいですか?」
     今度は男が頷くのを見て、二人分のホットティーとベリータルトを店頭にあるだけ注文する。レジで支払いをしている間にじわじわと別の違和感が晶の胸に湧いてきた。トレーを持って窓際の席に着くと、違和感を確かめるように口にする。
    「けんじゃさま、て俺のことですか?」
    「はい」
     疑問を流すような、逆にそれがどうかしたのかと尋ねるようなのんびりとした目で見返される。口にはいっぱいのクリームとベリーソース。指にまでついたそれを猫のように舐め取ろうとするので、晶は咄嗟に紙ナフキンを差し出した。
    「これ、使ってください」
    「はあ。はい」
     そんなやりとりにすら身に覚えのない懐かしさを感じて言葉に詰まる。
    「貴方好きですよね」
    「えっ?」
    「俺の世話を焼くの」
     そっち、と胸を撫で下ろしながらそうじゃないなら何だと言うのかと考えて再び顔が熱くなる。長い指で摘んだ三切れめのベリータルトを口に運びながら男は微笑んだ。端正な顔立ちに滲む色香に目眩がする。名前も何も分からない男に対して、誤魔化しようがないほどはっきりとわかることがあった。
    「これ、もうないんですか?」
     この人が好きだ。
     一目惚れと呼ぶにはその感情は穏やかで、郷愁を孕んでいる。この日本から出たことがないはずの自分が、どこへ帰りたいと言うのだろう。晶は何かをずっと、思い出しかけて思い出せないでいた。
    「あるだけ頼んだので、もう無いかもですね」
    「ふうん。じゃあ、焼肉に行きましょう」
     貴方度々俺の魔法のソースのことを焼肉のタレだとか言ってましたね、と覚えのないエピソードを聞かされながら席を立つ。スタスタと長い歩幅でカフェを出て行く男を慌てて追い掛けた。カフェを出たところで、サラリーマンらしきスーツ姿の男性が駆け寄ってきた。
    「ミスラ! えーっと、こちらが俺のあとの賢者様?」
    「賢者様」
     ズキ、と何故か晶は胸が軋むのを感じた。指先が冷たいのに、背中に汗をかいている。原因不明の緊張に身を固くする。
    「急に立ち止まったかと思ったら居なくなるからマジでビックリしたわ、でも見付かったんなら良かった〜」
    「はい。あのまま晶が見付からなかったら街を焼き払ってたかもしれません」
    「ヒッ」
     親しげに会話する様子。晶を呼んだ同じ呼び方で別の誰かを呼ぶ声。何度も呼んだ気がするのに、記憶にない名前を知っている彼。二人の間では事情が共有されている様子だったが、晶は完全に蚊帳の外だった。寂しさがぎゅうと胸を締め付ける。
    「あーっと、もしかしたら真木さんは魔法使いのこととか、覚えてない? 俺もミスラに首掴まれて殺されかけて思い出したくらいだから」
    「えっ? えっと」
     急に話を振られて物騒な言い様に驚く。気怠げな瞳と目が合うと、ふ、とそれが動いた。身構える暇もなく、ガリ、という音ともに痛みと熱が晶の左耳を襲う。
    「いっ……!」
     どくどくと鼓動が激しくなり、血が脈打つのと同じリズムで痛みが走る。走馬灯のように今までの忘れていた記憶が溢れ出して目が回る。
    「思い出しましたか?」
     耳元で聞こえる淡々とした声に命の危険を感じ、同時に反対の耳も噛もうとする気配を察した晶は咄嗟に叫んだ。
    「だしました! 思い出しましたミスラ!」
    「そうですか」
     アルシム、と随分久し振りに聞いた気がする呪文を唱えて、ミスラはお馴染みの扉を通りの真ん中に出現させた。
    「ちょっ、待っ、ミスラ、扉出す時は人目につかないとこでって」
    「は? あなた今、俺に要求しました?」
    「なっんでもないです! すいません!」
     前の賢者様が勢いよく首を振って十歩ほど後退った。とは言え、それなりに人通りは多く、かなり目立ってしまっている。今以上に人が集まってくる前に、その場を離れた方が良さそうだった。
    「ミスラ」
    「なんですか」
    「迎えに来てくれて、ありがとうございます」
    「多少面倒でしたけど。まだ俺には貴方が必要なんですから、居なくなられたら困ります」
     はあ、とため息をついて扉を開ける。開いた先は見慣れた魔法舎のミスラの部屋だ。俺が、帰りたいところ。振り返った街並みは見慣れていて、並木をイルミネーションの人工の光が変わらずキラキラと飾っている。元いた場所の、変わらない日常。不思議の理も魔法もない、帰りたいと願っていた場所。魔法舎の皆の顔がよぎる。
    「帰りますよ、ほら」
     差し出された手に、ミスラを見上げる。その顔は自ら差し出した手に、戸惑うような表情をしていた。寂しさを纏ったその顔に突き動かされるように、晶はゆっくり強くその手を握った。一瞬驚いたように見開かれた目をじっと見て、扉をくぐる。街の喧騒が遠くなっていく。ミスラは適当に靴を脱いで、ぼす、とベッドに座った。後ろで扉が閉まる音がして、すう、と夢のように消える。
    「異界に帰らなくていいんですか?」
    「まだやれることがあるうちは、頑張りたいので」
     なんだか落ち着かなさそうなミスラに顔が緩む。それに、と付け足して隣へ腰掛けた。
    「まず仲直りしたいです。寝かし付ける約束をしていたのに、急に居なくなってすみませんでした」
    「もういいです。眠る気分じゃなくなりました」
     そう言いつつも、肩に触れる体温は暖かく、眠たげだ。
    「何か食堂から持ってきます。何がいいですか?」
    「……あれがいいです。ホタテの殻みたいな」
     そっと重ねていた手が握り返される。甘えられたことが心地よくて、名残惜しく感じながら立ち上がった。
     マドレーヌをとりに。








    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💕🐚💕☺💕☺💖💖💖💖💖💖💖💖💖☺❤❤💘💒☺🙏💞👏💯👍😭💘💘🙏💖💞👏☺💗💗💕💘💘💘💘💖💖💘💘💘😭💖💖🙏🙏🙏💗💖💖☺☺☺💯
    Let's send reactions!
    Replies from the creator