サーの襟足を触るのが好きなオルの話。 髪を切った日の翌朝は、オールマイトを出迎えるのが少し気恥ずかしい。髪型が似合う、似合わないの問題じゃあない。スタイルなど、一年中変えることはない。
私の仕事場には、――正確には、雇用主には――少し変わった習慣があるからだ。
「おはよう、ナイトアイ。あ、髪切ったんだ」
執務室のドアが開かれると、こちらが挨拶を返すよりも先に話題を振られた。入口からデスクまではそこそこ距離があるのに、毎回よく判別できるものだと舌を巻く。
「おはよう、オールマイト。さっそくだが今日の撮影の件で……」
席を立ち、タブレットでスケジュールを表示する。本日のプロモーションは三件。ヒーロー業務に支障がないよう十分余裕を設けてはいるが、効率的に消化しておきたい。事前の打ち合わせは必須だ。
だが、ページをスクロールしている途中で、タブレットが目の前から消えた。視界の端に消えた影を追えば、それはオールマイトの大きな手に収まっていた。
「ね、それって急ぎ? 先に……いい? ちょっとだけだから」
予測していたはずなのに、覚悟をして来たはずなのに、いざ、彼に求められると生唾を飲んで喉が震える。習慣、と言っても過言ではないほど繰り返されているのに、毎度毎度、期待に強張る体に、我ながら少し呆れる。
そうでなくても、うきうきと、待ち切れないとばかりに彼から目を輝かされて、断れる人間などいないだろうが。
「ああ。急ぎの仕事、では、ない」
私の返答を合図に、オールマイトがタブレットをソファに放り投げる。彼の太い腕が、私の背へと回り込んだ。
肉厚な指が、短く刈り揃えた襟足を弄ぶように撫でる。ちくちくと爪先に抗う刺激を数度味わったあと、彼は髪を掻き分けて地肌へと食指を進めた。
強く押されたわけでもないのに、頭蓋を、脳を、握られてしまうような錯覚を起こして、背筋が伸びる。腹筋に力を込めて自らを抑えると、とっさに息を呑んでいた。
ごめん、くすぐったかった? と問われたが、皮膚をまさぐる指を止めてはくれない。すりすりと乾いた感触だった場所から汗がにじむ気配を感じつつ、大丈夫だ、とだけ言い返した。
もったいぶるように、髪と首の境目を指の腹でこすられて、思わず目を伏せる。許されるのなら、体を任せてしまいたい。そんな衝動に駆られて、目の前の厚い胸板を見ないように努めた。
もっと、後頭部の方まで上り詰めてほしい。焦れったさに首を動かすと、言葉にするよりも正確に、彼に伝わったらしい。私の急所をすっぽりと覆った大きな掌に、頭を擦り付けた。
「ふふ、猫みたい」
ネコだが? あなたの。
そう口走りそうになるのを止めるくらいには、まだ、理性は残っていた。