「悪いな、遅くなっ……」
「いいさ、誰も遠征と当番が同時に組まれてると思わないからな」
何がどうなったのか、遠征部隊に編入されていた日本号が厨当番にも組み込まれていたのだ。
周りが気付いたのが日本号が遠征に出た後で、更に日本号が知ったのは遠征に出た後。鳩が知らせに来た。
怒涛の勢いで戻り、内番の服に着替えてから苦笑を浮かべて厨の入り口を潜った先にいた刀に日本号は言葉を失う。
厨に不似合いとも言うべき雰囲気の刀。
大般若長光。
この刀は今この本丸に顕現している男士の中で、ここにいない刀だった。
それがなぜここに居るのか。
ここに嫁いできた元審神者の女性と共に来たのだ。さながら嫁入り道具の様に。
ただ、日本号は知っていた。
自分の主である男が、この刀がいた本丸を統合の元に解体し、大般若長光以外の刀全てを刀解、鍛結した事を。
その様を、この刀は終始見届けていたことも。
それを見届ける事を望んだのも大般若長光、本刃であることも。
そして、時おり目を伏していた彼が、唯一目を反らさず瞬きも、眉も動かさず見ていた一振が自分と同じ日本号である事も。
それ故か、日本号はこの大般若長光が苦手だった。
「どうしたんだい?そんな置物みたいにつったって…」
入ってくるない反応を示さなくなった日本号に大般若も料理していた手を止めて日本号を驚いたように見つめていた。
我に返った日本号と大般若の赤い瞳がかち合う。
「いや、悪いな。あんたがあまりにも綺麗だから見惚れちまってた」
「……あっははは、天下の名槍様にそう言ってもらえるたぁ。光栄だな」
返事の前に妙な間があったが、日本号は気付かないふりをした。
あの一件を見てから“関わろう”とは思わなかったのだ。
大般若も、そこの鍋を見てくれ。と、だけ告げて再び手元へと視線を落として、調理を再開する。
包丁を握っているせいか、日本号は鍋を見ながら大般若の手元へと視線を送る。
慣れた手付きで鶏肉の筋を取り、固まった鶏肉の油身を削いでいく。
「そんなに熱い視線を送られると、手元が狂いそうだな」
肉を捌きながら大般若が言葉を紡ぐ。
突然の振りに日本号は反射的に口元に笑みを浮かべるが、表情と身体は強張っている。
「いや、慣れてるし。手間な事をするもんだ、と思ってな」
ぎこちなく視線を煮えた鍋に移して、見た目的に頃合いらしい鍋を火から下ろして広い台に置く。
本体ではないが刃物を持った大般若に背を向ける形になってしまった。正直なところ、しくじった。と同時に自分はこの刀に刺されてもおかしくないのだ。とも思った。
「うまいもんを食うためなら、少しくらいの手間は惜しまないさ」
気の抜けたような小さな笑い声と、静かな声が背中に届く。
首を捻って見れば大般若の背が見えた。
「ちょっと時間はかかっちまうが、皮目から焼いてパリパリにしてやろうな」
続く言葉にあぁ…そうだな。と、同意を返そうと振り返りながら唇を開いた先だった。
「あんたその方が好きだろ」
流れるように紡がれた声は穏やかなもので、それはまるで……
日本号は同意の言葉を紡ぎそこなった。
妙に開いてしま間のせいか、大般若の手がしまった。と、言うように止まる。
日本号の心臓が跳ねる。
「……あ…」
「忘れな」
日本号を見つめる大般若の瞳が、燃えるような赤に対して酷く冷えていた。
コトリ、とまな板に包丁を置く音と共に短く、僅かに低い声が日本号の紡ぎ掛けた言葉を制した。
「さぁて、焼くとしよう。ほら、突っ立ってないてあんたも手伝ってくれ」
次に見た大般若の顔はなんら変わりない笑みを浮かべていた。
「お、おう…」
日本号はぎこちなく返せば、大般若の近くへと歩み寄る。
厨に流れる微妙な空気は歌仙が戻ってくるまで続いた。
あの時、大般若があの本丸の自分を瞬きもせず最期を見届けた理由。
それはーーーー・・・