【フェルヒュー】 お休み「ヒューベルト、明日休むことになったら何がしたい?」
枕に頭を横たえて眠る前、フェルディナントとヒューベルトがいつも短い談笑を交わす時間。しかし、帰宅時間が遅くなり、就寝時間も遅くなった今日だけはおやすみの挨拶だけを交わして口をつぐむと思った。
「明日しようとしていたことをするでしょう」
フェルディナントの漠然とした質問に目をつぶり、つぶやくように答えた。急に休んでもいいと言って休んでしまえば、あらかじめ決めておいた日程が狂うだけだと。
「うむ...そうか...じゃ、すぐ明日休むんじゃなくて…溜まった仕事や周囲の状況を全く気にしなくてもいいというなら、何をしたい?」
話が長くなりそうだと思ってヒューベルトは目を覚ました。
「それなら…何もしません」
「何もしない?」
「はい」
フェルディナントは全く予想できなかった返事に驚いて、ヒューベルトのほうに体が向き直った。
「何もしないってどういう意味だ。仕事をしないってこと?」
「その通りです」
「うん···じゃ、いつものように読書か盤面遊戯でも···?」
彼はヒューベルトが休日によくしている趣味活動を思い浮かべながら聞いた。
「しません」
「じゃ、一日寝る?」
「いいえ」
「食事はするよな」
「いいえ」
フェルディナントは徐々にその会話が奇妙な方向に向かっていることに気づいた。
「もしかしてテフも飲まない…?」
「はい、飲みません」
食事は欠かしても必ずテフは飲むヒューベルトだった。フェルディナントは少なからずショックを受け、問い返した。
「テフも飲まないか?」
「何もしないということにはそういうこともしないことも含まれるでしょう」
「.....何それ....じゃあ、一体何がしたいんだ」
「何も。私が考える真のお休みとは、まさにそういうものです」
フェルディナントはその淡々とした声を聞いて思った。ヒューベルトが心から望む休みとは、まるで死のようだと。しかし、口にしなかった。ヒューベルトもそう思っているだろうと彼は確信した。それが事実だと認めるヒューベルトを見たくなかった。
「そうか…でも何もしないのは寂しすぎないかな」
「さあ、どうでしょう…」
その質問を最後にフェルディナントの質問攻めは終わったようだった。ヒューベルトは再び目を閉じて寝るために身体に力を抜いて深く息をした。
「くすん」
「フェルディナント殿?」
「いや、ただ鼻水が…」
単なる鼻づまりの声ではなかった。ヒューベルトはフェルディナントの顔がありそうな場所に慎重に手を伸ばした。彼の頬が少しぬれていた。
「急にどうしたのですか...」
「ああ、本当に大したことない…。ただ、君がなぜそんな休みを望んでるのか考えてみたんだ。今までずっと苦労してたんだろう。今も国のことで大変だね。ああ、君がゆっくり休める日を作ってあげたかったのに私には力不足だと思うと...」
一人で考え込んで、自ら感情が高ぶって涙まで流してしまったと正直に告げるフェルディナントの目から涙があふれた。ヒューベルトは袖口で涙を全部ぬぐおうとしたけど途中にあきらめ、両手でフェルディナントの顔を包んだ。
「貴殿を喜ばせる返事が出来なくて申し訳ございません。ただ私の理想について話しただけなので、あまり気にしないでください」
「はは...そう... そうするしかないな」
フェルディナントは必死に笑おうとしたが、彼の声はまだ潤んでいた。
「そもそも休みの話を出した理由が聞きたいですが」
「...しばらくの間、君も私も一緒に休めなかったから。日程を調整して次の休日は君と一緒に過ごしたくてね。劇を観に行くか、それとも旅行に行っても良いと思って···。何でもしたかった」
フェルディナントはなるべくヒューベルトの意思を尊重して、貴い休日をどう過ごすか一緒に考えたかった。そんな意図で言い出したことが、どうしてこうなってしまったのか。ヒューベルトはようやく事情を知り、鼻で笑ってしまった。
「初めからそう言って下さったら良かったのに...」
「だけどもうヒューベルトの理想の休みについて聞いてしまったから、これまで、そしてこれから送る休日は何をすればいいのか悩むしかないんだ」
ため息混じりで力の抜けた声が可哀相に聞こえた。
「必ずしもそうではありません。休みとは忙しい日々の中でバランスを取るものです。そういう意味では、テフを含む他の趣味などは私にとって広い意味の休みになります」
ヒューベルトは自分が他人より仕事量が多すぎることに自覚はあった。
「何もしないということは、実は何でもできるという意味でもあります。完全な安息の中で可能性だけを夢見る…非常に概念的で理想的な休みです」
ヒューベルトは、闇の中で自分を見つめているフェルディナントの瞳を想像した。
「あくまでも私に何の責任も与えられず、気にする事もないという前提での話ですが」
話し合いの方向が変なところに流れたことは事実だが、ヒューベルトは少し反省するしかなかった。どうやらフェルディナントが考える理想的な休みにはヒューベルト自身が必要不可欠のようだった。
「貴殿と一緒なら話が変わります」
フェルディナントの心はいつも大きくて、多様な感情がうねている。言葉で、表情で、身振りで、涙でも見せてくれる。名残惜しい気持ちが流れたところが、しっとりぬれた頬がヒューベルトの手のひらに温かく張り付いてきた。何度ももらってばかりでは困るが、なかなか彼に返す機会がなかった。
「次の休日は少し遠く旅行に行くのもいいでしょう。どうやら貴殿が私を連れて行きたいところがあるようで」
「本当?旅行に行ってもいいか?」
「はい、しばらくアンヴァルでしか居なくて、それも宮城と自宅を行き来するだけでしたから。貴殿と新鮮な風景が見たいです」
フェルディナントの手がヒューベルトの手の上に重ねられた。
「ありがとう、いい思い出になる旅になるように頑張るから」
「楽しみにしております」
「どうしよう、今すぐ行きたくなって胸がドキドキする」
ヒューベルトは子供のように興奮したフェルディナントの声を聞いて微笑んだ。
「その気持ちは十分わかるが、今日一日もきちんと休まないと休日まで体が持たないんです。さあ、もう寝る時間です」
「そうだね、今日はすごくいい夢を見る気がする。おやすみ、ヒューベルト」
ヒューベルトの額に当たる軽い唇。またヒューベルトは一歩遅れた。彼にグッドナイトキスを返そうとしたが、かえっていつまでもキスが終わらなくなることもよくあったため、ただ次回を期して大人しく眠るしかなかった。