ショート会話文(2025年1月)新春二人羽織|智主
「ちょっと智将? 二人羽織なんだから自分の手を動かしちゃだめでしょ。腕が4本の生き物になっちゃうじゃん」
「蜜柑くらい食わせろ」
「おれがパパッと剥いてあげるからじっとしてて」
「…………主人、まだか」
「んー、ちょい待ち。……よし、出来た! はい、あ〜ん」
「…………」
ぱくん。
「ギャー〜ッ!? 指っ、おれの指まで食べてる!!」
かぷかぷ。
「ヒィッ! 噛み切られる前に退避っ!!」
「……なんだ、もう終わりか」
「おれは食べ物じゃありません!」
終
▷◁◇▷◁◇▷◁◇▷◁◇▷◁
苺の日|智主
【あなたは私を喜ばせる】
「苺たーべよ♪」
ぱくっ、もぐもぐ。
「共食いか」
「なんかワケ分からんこと言ってる……」
「温室育ちなところなんかそっくりだろ」
「違いますー。圭ちゃんは野生育ちですー」
「甘やかされて育った野生育ちがいるか」
「よく分かんないけど、おれが温室育ちなら智将もそうなんじゃないの?」
「俺は生産者だ」
「それ言っていいのおれらの親だけだよ」
「美味しくなるように手塩にかけて育てたのは俺だが?」
「はいはい。高く売れるといいねー?」
「ふざけるな、俺が喰うに決まってるだろ」
「突然キレられた……何故……」
「誰にもやらない。俺の果実だ」
「智将、そんなに苺好きだったの? 仕方ないな、おれの分もあげるから機嫌直して」
食べようとして半分以上口に入れてしまった苺を取り出し智将の口へ運ぶ。唾液が付いてしまったが、“自分”なのだし問題なかろう。智将も嫌がることなく口に入れた。
「美味しい?」
「もっとくれ」
「お、気に入ったの? 甘いもんねこの苺」
智将の分が入った皿へ苺を数個移してやり、自分の皿に残した苺を食べる。齧った途端、智将がおれの口をぱくんっと覆った。
「んっ!」
びっくりしたが、唇の隙間を舐められたのでそのまま口移しで齧った苺を渡してあげる。珍しく食い意地が張ってる智将が面白い。
「……はぁ、……甘いな……」
お皿に入ってる苺には目もくれず、俺が食べているものばかり狙ってくるので次は練乳がかかった苺を急いで咀嚼する。
「主人」
「んむっ」
そう何度も同じ手に引っかかると思うなよ!
もう一度ぱくんとされた瞬間、智将の首に腕を回し逃げられないよう固定する。口の中で苺と練乳と唾液が混ざったドロドロの液体を智将へ流すと、智将はおれの舌を絡め取って根こそぎ混合液を奪い取り一切の躊躇なくそれを飲み込んだ。
「ぷはっ」
「美味かった。ご馳走様、主人」
「もう、なんなの……」
なんか思ってたんと違う。
流石に嫌がるだろうと思って仕掛けた悪戯で満足されてしまった。
すっかり機嫌を直したらしい智将が、おれの唇に苺を押し当てるので先端を齧る。じゅわ、と甘い果汁が舌の上に広がった。智将が手に残った苺とおれの唇を見比べて再びこう言う。
「共食いだな」
終
▷◁◇▷◁◇▷◁◇▷◁◇▷◁
愛妻の日|葉流→主←智|ヤマ視点
「ねー、聞いてよヤマちゃん。葉流ちゃんったらまぁた酷い言葉で女の子のこと追っ払ってたの。おれは女子と喋りたかったのにー!」
要くん、アシスト前提でおこぼれもらうの諦めてなかったのか。
「清峰くん目当てで来る女子に興味持ってもらうのは難しいと思うけど……」
「なんでぇ? おれと葉流ちゃんはバッテリー組んでるんだからおれにも興味持ってくれたって良くない?」
「そう単純な話じゃないんだよなぁ。野球大好きオジサンならバッテリー推しになってくれるかもね」
「やだっ、オジサンなんかに興味持たれたくないっ! チヤホヤされてる葉流ちゃんが羨ましい〜、おれもチヤホヤされたいよ〜」
残念ながら高校野球人気を支えてるのはオジサンで、チヤホヤしてくるのもオジサンだよ。
「投手は花形。しかも清峰くんは天才でイケメン。あれで愛想が良かったら完璧過ぎて怖いって」
「ん? 愛想が良い完璧イケメン? 智将じゃん」
「そうだね」
賢い方の要くんはカッコイイので引くほどモテている。アホな方はアホな振る舞いのせいで女子に存在ごと無視されがちなのに。
「僕からしたら要くんは充分チヤホヤされてると思う」
「ヤマちゃん話聞いてた? モテるのは二人であっておれではないのよ?」
「君もモテてるよ、男から」
「野郎にモテても嬉しくないから!」
そうは言っても実際そうだし。
「嬉しくないの? モテてる二人から特別扱いされてるのは君だけだよ。気付いてるでしょ?」
「う"っ……! そりゃあまぁ……、分かってますケド……」
「良かった。あと、清峰くんがああなのは君との時間を邪魔されたくないからだよ。知らないと思うけど君の片割れも似たようなものだから本気で彼女作りたいなら二人から離れるしかないと思う。でも、嫌だよね?」
「ん……、やだ……」
要くんはとても素直にコクリと頷いた。
「なら受け入れるしかないよ」
大切な人から離れて自分だけを見てくれる女性を探すか、既に自分だけを見てくれている大切な人からの愛を受け入れるかの二択だ。けれど離れられないことが確定している時点で実質一択だった。
「ふぇぇ……」
要くんは顔をくしゃっとさせながら情けない声で鳴いた。その時、数メートル先から清峰くんと要くんがこちらに気付いて近付いてくる。噂をすれば影。
要くんは二人の存在に気付かずボソボソと言い訳のような言葉を並べた。
「だって、3人で結婚とか変じゃん……。しかもおれだけ奥さんとかもっと変だし、納得いかないんだもん……」
結婚? 付き合ってすらいないのにそんな話までしてたの? 気が早すぎるなあの二人。
「ヤマちゃんも葉流ちゃんと智将が旦那でおれが妻さんなんて変だなって思うよね?」
うーん、ごめん。むしろ君たち場合は自然。このままだと女子の被害者が増える一方だし、結婚でも何でもいいから早くくっ付いとけって思ってるよ。
「まぁ、愛の形は人の数だけあるから。大事なのはヒトからどう思われるかってことじゃなくて君がそれを容認出来るかどうかだと思うけど?」
「……でも、断ったらお嫁に行けない躰にするって智将が……」
おいぃい! そういう生々しい話は聞きたくないよッ! それに、片割れに選ばせる気がないの、なんて言うか、くっそ重くて粘度のある執着心をこれでもかと感じる。きっとどう抵抗してこようが丸めこめる自信があるのだろう。彼はやると言ったらやる男だ。賢い男の本気の脅迫ほど質の悪いものはない。
「ご愁傷様。僕には手に負えないからここらでおいとまさせてもらうよ。丁度君の未来の夫たちも来たしさ」
「え? あっ! ヤマちゃ、待っ! 裏切り者ォー!!」
このあと彼がどうなったかは考えないようにした。野球と要くんのことしか頭にない清峰くんはともかく、賢い方の要くんを敵に回したくない。
翌日、アホの方の要くんが学校を休んだ。え、まさか、本当に?という気持ちで賢い方の要くんと清峰くんを見る。
二人はお昼休みに弁当を広げて形が歪なおにぎりを取り出す。清峰くんが僕に自慢するかのようにこう言った。
「これ、圭ちゃんに握ってもらった。こういうの初めて。嬉しい」
「よ、良かったね……」
「勿体無くて食べたくない」
おにぎりを手に持って眺める清峰くんに賢い方の要くんが言う。
「ちゃんと食べろ。取っといても腐るだけだぞ。おにぎりくらいまた作ってもらえばいいだろ」
「そっか。圭ちゃんはオレたちの奥さんになるんだもんね。じゃあ、また作ってくれるかな」
「起きられたらな」
それはアホの方の要くんが寝坊しなければって意味だよね、そうだと言ってッ!
「今朝、ラップに炊いた米を包んで渡したら寝惚けながらおにぎり作ってて面白かったぞ。結局二度寝したがな」
「寝惚けてる圭ちゃん見たかった」
寝起きでおにぎり作らせるとか鬼なの?
「アレ、昨日から始めた。これもその内の一つだ」
「ああ、花嫁修行? 圭ちゃん嫌がってなかったっけ?」
清峰くんの最もな指摘にニッコリと笑みだけを返す賢い方の要くん。無言が答えだ。僕は今頃家でグッタリとしているであろうアホの方の要くんへ心の中で呼びかけた。
君の亭主の一人はおそらく悪魔です。
終