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    ベリーあつふみ

    @berryatsufumi

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    ベリーあつふみ

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    書き殴りメリバ

    智主と葉流主

     死んでから異世界、ではなく地続きの現世に転生したおれはもう一度『要圭』という名前を両親からもらう。しかし実親も、暮らしてる場所も、何もかも違う別人、同姓同名の他人として生きていた。
     前世は赤ん坊の頃に思い出した。未発達な脳には情報過多だったためキャパオーバーで知恵熱を出したりもしたが今は現世の記憶と今世の記憶を分けられるほど成長したので落ち着いている。

     そもそもおれの場合、人間としての死というより人格としての消滅だったっぽいので死んだという実感はあまり無い。痛みや死の恐怖があったわけでもなかった。
     ただ、ある日を境に精神世界で透明な壁に阻まれ、おれの声がもう一つの人格である智将に届かなくなった時はとても悲しかった。この時からおれの体が砂のように崩れていく幻覚を見る。智将も砂時計が落ちる早さでおれの存在を忘れていった。でも、智将の周りには頼れる友がいた。彼がおれを忘れたところで何の不都合もない。だからおれは安心して消えることが出来た。精神世界での体が全て砂粒に変わる最期の瞬間までおれの声が智将に届くことはなかったが、それでも別れの言葉を伝えたかった。
     今まで共にいてくれた感謝と、負の感情を背負わせてしまったことへの謝罪をしてから智将に《要圭》としての人生を託す。彼はもう自由になった。《自分》に縛られることなく好きに生きて幸せになって欲しい。そういった想いをめいいっぱい込めてさよならをした。
     だからおれに未練なんて無い。無いはずなのだが……転生してしまったからにはやはり彼らがどうしているのか気になってしまうというもので。

     幼児の体で出来ることなどたかが知れている。が、現代にはテレビもネットもあるからかつての友人たちの近況は簡単に知れた。
     幼馴染の葉流ちゃんはテレビの向こう側でプロ野球選手として華々しい活躍をしてるし、他の友人たちもSNSを続けていたから元気にしていることが分かった。思わず昔のノリでメッセージを送りたくなったが今は赤の他人だということを思い出して踏み止まる。
     自分が使っていたアカウントは無くなっていた。智将はSNSをやっていない。友人たちの投稿にも智将のことは書かれてなかった。彼の様子だけ何もわからないままタブレット画面を閉じる。
     令和の親は手が離せない時、子供に子供用の番組をタブレットで見せるため親の目を盗んで情報収集だって出来る。終えた後は必ず履歴を消して証拠隠滅するのも忘れない。おれの親は何処にでもいるような普通の親だったから自分の子供が変だったら嫌だろうとおれも普通の子供を装っていた。 
    「圭ちゃんはママとパパの宝物よ」
    「大きくなったらパパとキャッチボールしような」
     そう良いながらおれの頭を撫でてくれる両親。おれに前世の記憶があることで余計な心配をかけたくないし悲しませたくない。それにおれはもうかつての《要圭》じゃないからそれ以上調べるのはやめた。どうせ会えないし、彼らはもうそれぞれの道を歩んでいる。おれが消えてから六年経つ。智将同様、おれのことなどすっかり忘れてしまっているだろう。
     葉流ちゃんは憶えててくれてるかもしれないが忘れっぽくもあるし、何より智将が傍にいるのだから気にもしてないだろう。それでいいとは思いつつも少し寂しくもあった。

     録画しておいたヒーローインタビューをテレビで見る。葉流ちゃんは相変わらず受け答えが下手で所々ぎこちない。それが懐かしくて面白かった。
     おれの一番近くにいた幼馴染が今では一番遠い存在になってしまっている。けれど、彼が野球で活躍している場面を見れるのは昔と同じように嬉しく思う。きっと智将が葉流ちゃんを未来に送り届けてくれたのだろう。おれの、《要圭》としての願いはちゃんと叶っていた。



     そんなこんなで普通の子供に紛れて葉流ちゃんを影ながら応援していたおれは今世では野球とは無縁な日々を送っていた。父親とのキャッチボールとテレビ中継を見るだけで野球を観戦しに行ったりはしない。もちろんこれからチームに入る予定もない。小手指で仲間と共に過ごせた時間は楽しかったが、今度は勝ち負けのないラブ&ピースな世界で別の青春を過ごしてみたかった。まだ何をするのかは決めてない。したいことが見つかるまで適当にダラダラするつもりだ。ゲームの中みたいに動物と植物を育てながらのんびり生きるのもいいな、と考えていた。そんなある日、おれはかつての《自分》と偶然鉢合わせる。

     智将のことを呼ぼうとして口を開いた。寸でのところで慌てて口を閉じる。
     家族との花見で出向いた都内にある広い公園。智将はおれが知らない女性と親しげに歩いていた。楽しげな様子で女性と腕を組み、エスコートしている。記憶の中の智将よりもずっと大人っぽく成長した彼はもうおれが知ってる智将じゃなかった。

     母親が被せてくれた白い帽子が風に飛ばされて飛ぶ。ピンクのリボンがついているので男児向けではなかったが、似合っていると言われて満更でもなかった。その帽子が歩いていた智将の前へ導かれるように落ちる。智将が目の前の帽子に気付き、拾い上げて自分の見つめる子供を見つける。それからおれのところまで歩いて来て、拾った帽子を差し出した。
    「帽子、落としたぞ」
    「ぁ……」
     拾ってくれてありがとう、と言おうとした。でも出来なかった。智将が余所行きの顔と声でおれに話しかけてきたことがショックだった。おれのことに気付いてないってことはやっぱりおれのことは忘れたままということだろう。
    「遠くに飛ばされなくて良かったわね」
    「…………」
     智将の隣にいた女性が言う。近付いてきた女性はとても美人で智将と並んで立つととても絵になった。完璧な二人。そんな言葉が浮かぶ。
     それに比べ今のおれはどうだ。智将とは何の接点も無い赤の他人、かつ見知らぬ子供。勝てる要素が一つもない。
     勝つ? 勝つって何に? 彼女に?
     思わぬ再会で動揺していたのか妙なことを考えてしまっている自分に気付き、無言で頭を下げてから二人から逃げるようにその場から駆け出す。智将がおれを引き留めないことに安堵と落胆の気持ちが込み上げてきて頭を左右に振ってそれらを振り払う。

     本当はずっと会いたかった。会えたら思い出してくれると思ってた。でも智将にとっておれはもう必要ない存在だった。だからきっと思い出してもらえな__。
     ガツッ!
     がむしゃらに走ってたから木の根に足を引っ掛けて転ぶ。打ち付けた手足が痛い。痛みに耐えて起き上がろうとしたところをヒョイッと抱えられた。
    「大丈夫か? 急に走るから転ぶんだ」
     智将だった。おれを追い掛けてきたらしい。服についた土を払って落としてくれている。相手が子供だからだろうか、礼の一つ満足に言わなかったのに彼は優しかった。
     智将に顔についた土を拭われて耐えていたものが決壊する。両目からぶわっと大粒の涙が頬を濡らし顎を伝って地面に落ちていった。
    「泣くなよ。俺が泣かせたみたいだろ」
     台詞に反してとても優しい声でおれをあやすように抱っこして揺すっている。おれは智将にしがみつきながらわんわん泣いて目を腫らし、吃逆しすぎて疲れ果てる。意識が落ちる前に智将に何か言われた気がするがそれを理解する前におれは眠ってしまった。

    ▷◁◇▷◁◇▷◁◇▷◁◇▷◁

    「すみません、うちの子知りませんか」
    「これくらいの小さい男の子で。さっきまで公園の中にいたんですけど」
    「ああ。もしかして白い帽子を被った子供ですか?」
    「見かけたんですか!?」
    「ええ。でも、すぐ走って行ってしまったから何処に行ったのかまでは……。迷子なら、本部のテントにいるかもしれません。そこで聞いてみては?」
    「ああ、確かに。行ってみます」
    「見つかるといいですね」
    「ご親切にどうもありがとう」

    ▷◁◇▷◁◇▷◁◇▷◁◇▷◁

     満開の桜が咲く公園を出て駐車場へ向かう。車に乗り込むところで連れの女の一人がバタバタと走りながらこちらに向かってきた。運転席に乗ってドアを閉める。エンジンをかけながら窓を少し開けて話した。
    「要さん帰るんですか?」
    「急用が出来た。お前らは楽しんだら勝手に帰れ」
    「ひどーい。清峰さんにチクっちゃお」
     コイツはおれが葉流火に宛がった女子アナ。名前は忘れた。葉流火もこの女の名前なんて憶えてない。この女はスキャンダル対策に用意した単なるカモフラージュでそれ以上でも以下でもなかった。カモフラ女はあと数人いるがどいつもこいつも似たようなもので違いなどない。
     最近は示談金目的で有名人に近付く悪質な女も多いので酒の席や密室で二人きりにならないよう葉流火に厳しく言ってある。普通の男とは違ってどんな美女相手にもその気にならない葉流火は難攻不落の男としても有名だった。
     葉流火の心を動かせるのはこの世でたった一人。そいつは俺たちを残して影も形も残さず消えた。気付いた時には何もかも手遅れでどうしようもない喪失感を抱えたまま今まで生きてきた。

     どうして俺なんだ。何度もそう思った。何故消えた。何故忘れた。
     世界が望んだ残酷なハッピーエンドの続きもまた残酷だった。一番大切なものを忘れたまま生きいくことなんて出来ない。小さな違和感から始まって、封じられた記憶が蘇るたびに頭痛に襲われる。頭の中で《絶対ノート》の破られたページがばら撒かれた時、俺はやっとそいつの存在を思い出した。

     車を発進させる。花見客でごった返す公園の駐車場から出て入り口に目をやった。自分の子供を必死に探していた親が本部テントから出てきて顔を覆っている。その様子を見て数年ぶりに声を出して笑った。
    「ハハハッ、……ありがとうだってよ。お前の親は随分間抜けだな」
     バックミラー越しに後部座席で寝てる子供に話しかけた。白い帽子を被っていた小さな子供。泣き疲れて眠る時に「ちしょ……」ともう誰も呼ばなくなった呼び方をしたそいつ。
     そんな風に俺を呼びさえしなければ親の元へ返してやったのに。根本的にアホな部分は変わっていないようだ。
    「……仕方ねぇよなぁ……」
     コイツが望んだのだ。勝手に未来を託して俺の幸せを望んでた。でもコイツは何もわかっちゃいない。主人格が《要圭》から消滅したと知った時、おれがどんな思いでいたかなんて想像すらしていないのだろう。だから生まれ変わってのうのうと生きてるコイツを見付けた時、心底腹立たしかったのを憶えている。



     球団に送られてきたファンレターの中に混じる子供の字。差出人は親の名前だったが手紙の内容は子供からだった。葉流火は一目でそれが誰が送ってきたのかわかったらしい。人の事は言えないが狂気的な執着心に恐れ入る。
     封筒に書かれた住所を頼りに子供の環境を調査したのは俺だ。今すぐ迎えに行こうとする葉流火を宥めるのは大変だった。時の人となった野球界のスーパーヒーローが動くのは目立ち過ぎる。俺が連れて来るまで我慢しろと説得した。
     そいつはごく普通の一般家庭で育つ普通の子供だった。あの年にしては落ち着きがあるものの、おとなしい子供だと思える範囲である。この時点ではまだ迷いがあった。話す場を設けるにしても今は赤の他人なのでその機会を作るのが困難なのだ。

     探偵の真似事をして子供が都内で有名な花見スポットに行くという情報を得た。接触するならここしかない。
     花見客に見えるよう用意したカモフラ女とゴミ捨てに行った際に例の子供を見付けて風で飛ばされた帽子を拾ってやる。話すキッカケが出来たと思っていたが子供は俺に返事をせず走り出した。鈍臭い子供の足は大人に比べ速くない。歩いて追いかける。子供は走り出してすぐ木の根につまずき転んだ。
     アホだな、と思いながら子供を起こしてやる。服や手足についた土を払ってやり、顔を覗き込んだ。痛かったのか子供が子供らしく泣き出したので抱っこして泣きやませる。これが何の縁もゆかりも無い子供だったらこんな真似はしない。花見会場のスタッフをこの場に呼んで終わりだった。
     こんな状態では話すこともままならない。カモフラ女を先に元の場所へ帰し、子供を本部テントまで連れていこうと動きかけた。その時だった。小さな声涙で「ちしょ……」と呼ばれたのは。

     この子供の魂が間違いなく主人格だとわかった時の感情の昂りは筆舌に尽くし難い。興奮と喜びで何もかもどうでも良くなった。
    「やっぱりお前だったんだな、主人」
     眠ってしまった子供を抱きしめて運ぶ。向かう先は本部テントではなく駐車場だ。車の後部座席に横にして子供にジャケットをかける。置いてきてしまった自分の荷物を取りに一旦戻った。その途中、子供の両親に遭遇する。自分の子供の行方を聞いてくる親に本当のことと嘘を混ぜて伝えた。親は誘拐犯に対して礼を行って本部テントの方へ向かった。

    ▷◁◇▷◁◇▷◁◇▷◁◇▷◁

     車の中で葉流火に電話する。
    「葉流火、俺だ。主人が見付かったぞ」
    『本当? オレも会いたい』
    「今、主人を連れて家に向かってる」
    『すぐ行く』
    「ハハッ、焦んなよ。大丈夫、返さねぇから」
    『うん、圭ならそう言うと思ってた』
     流石俺の幼馴染。考えてることが同じで嬉しいよ。
     公園のゴミ捨て場に子供の靴を捨ててきた。あれはもう必要ない。
    「長かった。これでやっと夢が叶うな」
    『圭、今、幸せ?』
    「当たり前だろ。人生で最高の日だよ」
    『そっか。オレもだよ』
    「じゃあな。家で主人を可愛がりながら待ってる」
    『え、ズルい。やっぱすぐ行く』
     電話を切る。鼻歌でも歌えそうなくらい気分がいい。ハンドルを指先で叩いてリズムを取った。
     今日は俺にとって人生最高の日でも子供の親にとっては人生最悪の日だ。それが愉快で堪らない。
     親には悪いが主人は返してもらおう。コイツは元々俺のものだから。

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    ベリーあつふみ

    DONE書き殴りメリバ

    智主と葉流主
     死んでから異世界、ではなく地続きの現世に転生したおれはもう一度『要圭』という名前を両親からもらう。しかし実親も、暮らしてる場所も、何もかも違う別人、同姓同名の他人として生きていた。
     前世は赤ん坊の頃に思い出した。未発達な脳には情報過多だったためキャパオーバーで知恵熱を出したりもしたが今は現世の記憶と今世の記憶を分けられるほど成長したので落ち着いている。

     そもそもおれの場合、人間としての死というより人格としての消滅だったっぽいので死んだという実感はあまり無い。痛みや死の恐怖があったわけでもなかった。
     ただ、ある日を境に精神世界で透明な壁に阻まれ、おれの声がもう一つの人格である智将に届かなくなった時はとても悲しかった。この時からおれの体が砂のように崩れていく幻覚を見る。智将も砂時計が落ちる早さでおれの存在を忘れていった。でも、智将の周りには頼れる友がいた。彼がおれを忘れたところで何の不都合もない。だからおれは安心して消えることが出来た。精神世界での体が全て砂粒に変わる最期の瞬間までおれの声が智将に届くことはなかったが、それでも別れの言葉を伝えたかった。
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