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    janjack_JAJA

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    冥境滞在記(開演戯曲の侵略者1/2)

    Where is thy lustre now?「中にいるあの子たち、長くは持たないと思うのでぇ……」

     貴方の力を一時的に強化させて頂きますよ、と口にする星の王者……既に枯れ木となっているが、それでも強い生物、神としての格を持つ結界の主は幽谷にそう告げた。


     異界からの侵略者。この世界における災害現象である「洪水」によって、現在ニブルヘルのみならず、結界都市や星喰みの民の領域も含め、地域一帯が危機に直面していた。
     ニブルヘルに属する一人の男……プロキオンを奪うため、彼の元いた世界から何万もの怪鳥が飛来し、各地を襲っている。そして、その首謀者たる悪魔がプロキオンの「子どもたち」──カノープスとチコーニャを悪魔の領域に閉じ込め、彼らと応戦していた。
     幽谷とユーダリルは飛来する異界の侵略者と共に湧き続ける人喰いの対処に当たっていたが、共同戦線の代表者として参戦していた結界公から、突如幽谷が呼び出された。戦場……幽谷にとっては狩り場だが……をユーダリルに任せ向かってみれば、強固な結界を前に解除の術式を刻み続ける公から、「先兵として中に突っ込んでくれません?」とあっけらかんに言い放たれたのだった。
     生物としても、神としても、公に畏敬の念を抱く幽谷だが、唐突な特攻要求には流石に顔を顰めてしまう。幽谷の表情を見た彼は、ゆるりと口元を持ち上げ、どことなく老獪さを滲ませ笑って見せた。

    「貴方の実力を信頼した上での頼みなのですが」
    「そりゃどうも。ご老公は俺のことを何だと思ってるんだ」
    「若々しくて活きの良いバイク野郎ですかね」

     間髪入れずにいけしゃあしゃあと述べる公に幽谷も返す言葉がなく、ただただ深く溜息を溢した。その様子に周囲の結界都市の人間……軍人たちが目を剥き、ニブルヘルの人々は珍しいものを見るような好奇の目を向けている。中には、明らかに幽谷に対して敵意を向ける軍人の目もあり、「トネリコ様が話されているのにその態度はなんだ」とキンキンと高い声で喚く者もいたが、結界公は、まぁまぁ、適材適所ですからぁ、と年長者の落ち着きで宥めていた。
     この老竜の神は本当に食えんな……と幽谷が遠い目をしだしたため、一つ咳払いをした公が幽谷を見やる。先程までの老獪さが失せ、都市の指導者の目ではなく、「一つの星を守り続ける神の視線」になったことに気付いた幽谷は自然と背筋が伸びた。それに息を溢して笑う公の姿は、緊迫した戦況下にあってもその立ち居振る舞いを崩すことがない、長きを生きた神としての超越性を滲ませている。幽谷はそのように感じていた。

    「本当に、見た目にそぐわず礼儀正しい若人ですねぇ。貴方がこの世界の責任を負う必要はないと私も言いましたし、今でもそう思っていますが。それはそれとしてですね……ニブルヘルに籍を置き、貴方が未だにそこを脱せずに、彼らを見守っているのなら。加護くらい授けても減るものではないでしょう?」

     緩やかな調子でそう述べる老竜の目には、果たして目の前の若き神格……狩人の姿をした樹神がどのように映っているのだろうか。少なくとも、初めて荒野にて相見えたときとは違う、土地と世界……かの文明都市への情らしきものが、鋭い目の奥底に浮かんでいるのは間違いないのだろう。
     結界公の言葉を否定せず、幽谷は一度瞼を下ろした。ほんの一瞬、息を吸う程度の短い時間だったが、次にその瞼が開かれたときには、幽谷の姿が様変わりしていた。
     暗い色をしていた赤い目は輝きを放ち、縦に長い瞳孔が翡翠色に変化した。そして、バンダナで留められていた黒い髪は、内側から複雑な光を発する白い髪となっていた。無骨な狩人そのものであった幽谷の姿は、一瞬で消え失せた。
     周囲が俄にざわつき始める。怪訝の目を向けていた軍人も、幽谷から静かに発せられる空気と、目に見えない圧力に言葉を失い、数歩後ろへと後退る。公は、若人の無言の肯定にまた口元を持ち上げて笑って見せた。

    「やる気十分ですねぇ。瑞々しすぎて枯れ木の老骨には眩しい、目に染みます」
    「こんなんであんたをショボつかせられてたら敵わねぇよ」

     見た目も雰囲気も大きく変わってはいるが、中身自体は無愛想な若造のままであった。茶化すような言葉に対して、眉間にシワを寄せた幽谷の姿を見た公は「私が言うのもなんですが、威厳とかないんです?」とまた軽口めいた言葉をこぼした。

     食えない態度の結界の主は、しかし幽谷から視線を外して侵略者の領域結界へと目を向けると、少しばかり老獪な笑みを潜めた。恐らく複雑に術式が編まれ、何重にもなっているであろうその領域は、その一番外側の結界の表面に混沌とした海流が渦を巻いていた。視力を強化したとしてもその暗く荒々しい渦の向こう側を確認することはできない。あの海流の境界を超えた先で、今尚プロキオンの子どもたちは戦い続けているのだ。

    「このままでも解除はできるのですが、もう少し効率を上げたいんですよねぇ。その一手を貴方に頼みたいのですが」
    「……先兵として突っ込めっていうのは、そういうことかよ」
    「そうです、言葉通りです。弾丸……いえ、砲弾として、あれに『穴』を開けてください」

     貴方の開けた場所を起点にしてより重い楔を打ちます……と、公は淡々と語っているが、要するに幽谷に対して「強固過ぎる分厚い壁に突撃して当たって砕けろ」と言っているようなものである。聞く者が聞けば、存分に顔を顰められたことだろう。
     無論、幽谷も強靭な肉体を持つとはいえ、公の力を持ってしても解除に時間を有する結界に真正面からぶつかれば、表面の海流に呑まれ全身の骨が砕けるのは目に見えている。故に、公はそのまま突撃させるわけではなく、幽谷の力を一時的に強化する、と保険をかけたのだった。人使い、いや、神使いが荒すぎる……と幽谷は苦笑した。そのような無茶振りも公からの、幽谷の実力に対する信頼であるのは、言葉にせずとも伝わっていた。ある意味で破格の待遇ではあるのだ。幽谷の実力を公に晒したのは以前に一度あっただけだったが、公にとってはその一度きりで十分だったのだろう。

     中にいる二人はそう長くは持たない、という言葉に付け加えて「中に突撃して、貴方がそのまま悪魔を討伐しても構わないでしょうし」とこぼした結界公に対して、即座に反論の声が上がった。それは意外にも、閉じ込められて戦う二人のうちの一人、カノープスの片割れシリウスだった。

    「カノープスとチコーニャは今も戦い続けている。あの二人は決して負けない」

     珍しく強い口調で、しかしはっきりとそう述べたシリウスに対して、結界の主も意外そうに片眉を持ち上げていた。「貴方、変わりましたねぇ……そういう無償の信頼とか、嫌ってるものとばかり」と、感心しているようだった。
     幽谷もシリウスのことを赤く輝く目で見据えていたが、シリウスから自分の方に意識が向けられたことに気付き目を細める。シリウスは、幽谷の公からの扱いなどには口を挟まなかったが、ただ一言、「二人のサポートを頼む」と告げた。
     幽谷は何も言わずにただ一度瞬き、そのまま彼らに背を向けてゆっくりと魔の海流へと歩み寄る。背中の辺りにぼう、と術式が背負わされる感覚を覚えた。公による魔術強化だが、背負った身からしてみればあまりに重々しく厳つい、というようなイメージだった。本当に砲台とか大砲じゃねぇか、と幽谷はまた苦笑した。
     ちらと後ろを振り返り公と、シリウスを見やった。すぐに前へと向き直ったが、振り返らずに二人にこう告げた。

    「軍人も他の連中も、もっと下げておいてくれるか。俺はご老公みたいに加減はできない」

     幽谷の周囲の空気が、ざわめき出す。髪の先が翡翠色の輝きを帯び、まるで芽吹き、枝葉を宙へと伸ばすがごとく、さらにその光が強まっていく。後方にいる結界公が即座にその異様な気配を察知し自分たちの周囲に結界を張るのを背中で感じ、今尚複雑な結界解除をしながら絶対防御の結界を張る器用さと出力に、改めて脱帽した。
     数歩歩いて立ち止まり、左手に異形の大弓を顕現させる。真っ直ぐに矢を構え、自分の真正面の壁に向かって一矢、枝矢を放った。海流に呑まれ、嫌な音を立てて枝は呆気なく折れる。また一矢、もう一矢、続け様に撃ち放つ。折れて、折れて、折れて……"突き刺さった"。壁と、それに接する地面に櫟の枝矢がばら撒かれ、遠目から見ればそれは複雑な模様を描く陣円のようになっていた。幽谷が弓を下ろし陣円が翡翠色に輝き出すと、渦巻く海流を巻き込み、ざわつき、流れを堰き止めるように、櫟が芽吹く。根を張った枝矢がバキバキと音を立て成長して海流の領域を侵食していく。その間にも海流に押し流され陣円が折れかけているが、堰き止められているのはやはり、公の強化によるものなのだろう。だが、それでも枝矢のみでこの混沌の海流は貫通することはできない。故に幽谷自身が「砲弾」になるしかないのだ。
     ──この姿を人前で晒すことになるのは、果たしていつ以来なのだろうか。そんな得も言われぬ感傷に浸ってしまうが、不思議と心は落ち着いている。以前であれば、他の生命体の前で己の姿を……"セフィロトとしての姿"を晒すことなど有り得なかった。それは即ち、セフィロトという神格として大地と世界を侵食することに他ならないからだ。

     今は違う。世界の侵食ではなく、異界の侵略者を蝕むため。戦い続け、今尚折れることのない光である彼らの「樹蔭」となるために、征く。

     一歩、静かに前へと踏み出す。

    「"獣の道を塞ぐは、何者か"」

     また一歩、大地を踏み締める。足元の地面が沈む。朗々とした声で、幽谷──獣は唱える。

    「"理を犯すは何者か。摂理を喰らうは何者か。退け、汝の前に立つは、何者か"」

     さらに一歩──獣の「爪」が地面に食い込む。
     ざわめく枝葉の輝きがさらに強さを増し、広がっていく。その輝きに包まれた幽谷の姿が一歩ごとに様変わりしていく。堂々と二つの足で立っていた姿勢が前傾になり、四つの足で大地を踏む。「ヒト」としても大柄だった体格がさらに盛り上がり、大きく変容する。
     骨格が変わる、外殻が変わる、姿が変わる、変わり、変わって、顕現する。

    「"第二偽装態、解除。獣王顕現──平伏せ、獣"」

     荒野に咆哮が轟いた。
     言語化不能、或いは、意図的に本人が隠匿したセフィロトの真名を唱え、その姿を現す。その名を聞き取ることができたのは、果たしてこの場に誰がいたのだろうか。
     そこに居たのは、見慣れた幽谷の狩人の姿ではない。大地を踏み締め四足で立つ白毛の獣。虎に似た姿でありながら、虎ではない。煌々と輝く赤い目と翡翠の瞳孔、口元から大きく伸び、人の胴体の太さ程ある一対の長く白い牙、盛り上がった背を覆う剣先状の暗い葉に、絡み合う黒褐色の枝。体高は軽々と人の背を超えている。太く逞しい前脚には地面に食い込む鋭い爪の他に、体高はおろか、頭部の高さをも超える、異質な長大の刃があった。尾にあたる箇所には、背中から生えた枝葉から連なり、枝の絡み合う長くて太い尾が鎌首をもたげている。体の至るところに枝葉を生やし、突き出した枝はまるで棘の装甲のようにも見えた。その暗い色の枝葉の下からは、全身を走り光を放つ翡翠色の模様が覗いていた。
     幽谷の狩人の真体──櫟のセフィロトである剣虎、『獣王』が、荒野の只中に降臨した。

     セフィロトの中でも下級だと言う幽谷だが、曲がりなりにも神格の顕現である。精神力の弱いものはそれだけで、立つこともままならない状態となるだろう。案の定、結界に守られている周囲一帯が大きくざわついているが、それらは全て、今の幽谷にとっては些事である。
     獣の瞳が海流へと向く。獣王の顕現により、芽吹いた櫟の陣円はさらに大きく成長をしているが、そう長くは保たない。今にも決壊し押し流されてしまうだろうが、それでいいのだ。
     これは獣王唯一人が通る道であり、他者のためのものではないのだから。

     また一つ、猛々しい咆哮を上げた。枝葉が大きくざわつき広がると同時に、白毛の獣は駆け出した。全身に翡翠の輝きを纏い、己の身を櫟の枝葉で覆い、混沌の海流へと突っ込む。陣円の中心目掛けて前脚の刃を振り下ろし、引き裂いた。獣の体と共に、老竜によって背負わされた術式も強い光を放つ。砲弾の一矢となった獣王は、引き裂き貫いた海流の中へと飛び込んでいった。

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