銀嶺のメショ夏本番
そんなこと言ってられないくらい今年の夏はとびきり暑い、それはもうとんでもなく
カンカン照り、真夏日、暑すぎて最早どうでもいいのにお天気キャスターの皆さんはぺらぺらと巧みな語彙で今日を現す
「あっつ…」
私はというと、木陰がひとつも無い夏空の下、暑さに負けた若干温いペットボトルと、お気に入りのパステルピンクの長財布を握りしめていた
お昼休憩、コンビニ飯で済まそうと外に出た私が悪かった
暑すぎる 何なんだこの気温は クールジャパンって…これは違う意味だっけか
…暑い、もう何でもいいな…
さっさと空調があまり効いていない職場に戻って、今日はさっさと上がろうと腰を上げたその刹那
「あっ」
走馬灯の様に、履いていたヒールが折れるのが見えた
…最悪!
この一言に尽きる。
今にもベーコンエッグが作れそうなあつあつのコンクリートと真正面からキスを覚悟したその瞬間、誰かに引っ張られるような間隔、
「あぶな!」
「わっ」
ばちん、と目が合った
この夏空にあまり似合わない白い肌、真っ黒な衣服、それに両目の色が違う…
…変な前髪
コスプレイヤー?とは思ったが、何はともあれ倒れる寸前だった私を助けてくれた人だ
失礼なことは考えちゃいけない、多分、絶対に
「あっ…あの、ありがとうございますっ」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です!」
「怪我がなくて良かった」
「あ…その、お礼させてください!そこの…自販機…ジュースでも大丈夫ですか?」
「え、いいの?ラッキー、人助けもやるもんだ」
ミステリアスな見た目とは裏腹に、口を開いてみれば割と明るい人だった
よく見れば、塩顔のイケメンっぽいし
「んー、じゃあこれ」
私の顔を見て、ぶどう味の炭酸ジュースを指さす彼はにこりと小さな笑みを浮かべていた
私は長財布から200円を取り出して「どうぞ」と渡した
「ありがと」
黒い手袋をした彼の腕は、中々に鍛えられているように見えた
…見れば見るほど、変な目立つ格好だ
やっぱりコスプレイヤー?
「…穴が空いちゃうよ、俺は君が思ってるほど良い奴じゃないかも」
「あっ、いえっ、ごめんなさい、綺麗な顔立ちだなって…」
「嬉しいこと言ってくれるね、尚更人助けした甲斐があった」
背丈の大きな彼は少しだけ屈み、私と目線を合わせて微笑んだ
少しだけ恥ずかしくなって、私は目線を逸らすと、そんな必死な私の姿が彼の目には滑稽な姿に見えたのか、私を安心させるかのように 私の肩をぽんぽんと叩き、彼は少しだけ笑った
「ジュース、奢ってくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ…あやうく地面とキスするとこでした」
「…地面とチュー?」
「…変な例えしちゃいましたね」
「いや面白いよ、俺も今度から使おう」
(…いつ使うんだろうか)
「…じゃあ俺はそろそろ行こうかな、じゃあね、最近すごく暑いし、君も次は気をつけてね 俺は君のそばに常に居るわけじゃないしね」
「はい、本当にありがとうございましたっ」
足の長い彼は手を振ってスタスタと歩いていった
なんだか、夢のような時間だったな
嬉しいとかそういうのではなくて、不思議な感覚だ
…名前、聞くの忘れちゃったな
まあ、もし次会ったとしても居たら分かりやすそうな外見だし…
横目でちらりと遠くにいる彼を見る
まだ手を振っている、何やら何かを持っている?
目を細めてよぅく見る
…見覚えがあるような?あのパステルピ
…なんだか少しポケットが軽いような
…彼が、彼の手が持っているのは
私の
「わっ…私の財布っ!?
なっ、え、無いっ!!
泥棒!?」