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    SS置き場
    ある程度溜まったら支部に置きます

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    凛潔/好きな所を言わないと出られない部屋

    グリーンライト とっくに見慣れている筈なのに、今だけは周囲を覆うコンクリート壁が心底憎らしい。
     ただルーティンのヨガをしていただけなのにこの仕打ちはなんだ。
     だが文句を言うべき相手は消えてしまっていて、そいつが映っていたモニターをもう一度睨みつけるが依然として状況は変わらないまま。
     クソ眼鏡のかわりに一文だけを映した状態で動かなくなったモニターと、隣で嫌にそわついているクソ潔。
     あまりにも腹の底に溜まる怒りを発散させる為に一回だけ思い切り蹴りつけた全く開く気配のない自動ドア。この空間にある全てがカンに障って仕方ない。
     しかし、やはり何度見てもモニターに映し出されている文章に変化は無かった。

     【相手の好ましい所を五個言わないと出られない部屋】──心底ふざけている。こんな事をやってもサッカーには何ら関係がない。
     しかし、ご丁寧にも高説を垂れたクソ眼鏡のカス理論においてはそうでは無いらしい。
     そもそも世界一位はひとりだから一番なのだ。だから慣れ合う必要も無い筈なのに『試合に向けて相互理解は重要』だとか言われてこの部屋に閉じ込められてから、かれこれ十分以上は経っていた。
     「……な、凛。とりあえず座らねぇ? ずっと立ってるのも疲れるだろ」
     そういって諦めたように地べたに胡座あぐらを掻いて座った潔を見下ろす。
     見上げてくる青い瞳は最初の混乱などすっかり収まって、落ち着き払っている。これでは俺だけが余裕の無いガキみたいで余計に腹が立った。
     仕方なく潔の横にどっかりと腰を下ろし、立てた片膝に肘を立て、さらにその上にある手の甲へ顎を乗せる。
     潔の方を見て会話してやるつもりは無いので、適当な場所に視線を向けるものの、結局は変わり映えが無い。
     俺が見ていないのをいいことに、そろりと潔が近づいてくる気配がした。
     「あのさぁ、今まで絵心がやれって言った事でやらなくてすんだ事無いじゃん?」
     「サッカーに関係ねーだろ。こんなモン」
     「それはそうかもしれんけど、このまま出れなかったら困るだろ。俺もお前も」
     「……しらねえよ」
     潔の言う事ももっともだ、と僅かにでも思ってしまった自分が許せない。
     せめて時間制限でもあれば時間いっぱいまで粘ればいいが、そういった表示も無いのを考えると本当に言うまで鍵は開かないのだろう。

     相手の好ましい所を言うというのも意味不明だが、何よりも相手が潔なのが腹立たしい。
     俺にとって潔は潰すべき相手であって、例え兄貴を倒す為に組まれたチームメンバーだとしても、その立ち位置は変わらない。
     それなのに練習中でも練習後でも当然のように俺の隣にやってきて、サッカー理論やら他のモブとの出来事やらを楽しげに披露してくる潔の無邪気な横顔は敵意の欠片も無かった。
     コイツを潰すのは絶対に俺だ。そうして、世界一になる最高の瞬間にコイツを隣に置いて、苦しむ潔の顔を拝んでやるつもりでいる。
     だが、まっすぐに俺を見つめてシュート精度を褒めちぎってきたり、どうでも良い連中とのぬるい会話の断片を聞かせてくる潔を見る度に、心臓が勝手に速く動いたり胃がムカムカしたりするのだ。
     なんで自分の機嫌を潔如きに操作されなければならないのだろう。その理由を何となく察していたが、絶対に認めるつもりは無かった。
     「……俺が先に言うからさ、そしたら凛も言ってよ」
     「は?」
     「あ! こっち見んなって、なんか面と向かっては……ハズイだろ」
     さらに近づいてきた潔からほんのりと漂うシャンプーの匂いが鼻先を掠め、思わず振り返りかけたのを制される。
     何故こんなに近づいてくる必要があるんだ、という疑問を口に出しかけて止めたのは、俺のせいじゃない。
     そのまますぐ傍らに感じる潔の体温に血流が勢いを増したかのように全身が熱くなって、勝手に耳が潔の声を聞き取ろうとする。
     大体、恥ずかしいという感情が潔にあるのが信じられない。コイツには"照れ"というモノが欠落していると思っていた。
     自分が認めた相手に対して簡単に『好き』だとか『最高』とのたまう人間なのだ。
     何度も潔が他の連中にそういう言葉を投げかけている姿を見てきたし、俺のプレーに対してどこがどう良かったというのを詳細に毎日言ってくる。
     そんなコイツがいまさら何を恥ずかしがる事があるのだろう。
     「んーっと……まずは、そうだな……サッカーが上手い所だろ」
     ピクリと指先が動く。俺の好きな所で第一にサッカーが上手いというのを挙げたのはコイツが初めてだった。
     しかし、その響きは案外悪くは無い。実際に俺にとって一番の長所はサッカーだからだ。
     「それから何に対しても凄いストイックなとこ……かな。あ、あとガタイ良いのめっちゃ羨ましい。……それは好きっていうのとは違うかもだけど」
     「フン……チビ雑魚とはちげぇんだよ」
     「おい、折角褒めてやってんのに!」
     「頼んでねぇ」
     ストイックかどうかは別にして、サッカーで強くなる為には何でもしてきた。それこそ血を吐くような努力を重ねてきたつもりだ。
     俺にとっては当たり前の事だが、それでも改めてコイツの口から言われるのはむず痒い。
     「あとは、意外と優しい所があるのと……目がすごい綺麗で……」
     "優しい"という聞き馴染みのない言葉に驚いて、潔の方を振り向く。
     どんな顔をして俺を優しいなんて評しているのか確認したかったから。
     「好きだ」
     振り向いた先に居る真剣な表情をした潔の青くて丸い瞳と視線が重なる。瞬間、電撃が走ったように脳が痺れて、唾を飲み込んだ。
     咄嗟に顔を背け、手の甲で顔を隠した潔の頬が若干赤みを帯びているのが分かる。──なんだこの反応。本当にあの潔世一か?
     「ビックリしたぁ、いきなり振り向くなよ!」
     「……俺がいつ振り返ろうが俺の勝手だろ」
     「それはそーだけど。……つか俺は五個言ったからな! 今度は凛の番だぞ!」
     顔を隠していた手でパタパタと扇ぐ動きをし始めた潔が冗談めかしてそう言うものだから、先ほどの真面目な雰囲気が霧散していく。

     勘違いしてはいけないと脳内で警鐘が鳴る。この男が言う『好き』に深い意味など無い。
     大体、コイツの好ましい所などどうして口に出さなければならないのだろう。
     しかし期待しているのか、ジッとこちらを見上げてくる潔は年上のクセにガキっぽい。
     「……てめぇの好きな所なんざねぇよ。タコ」
     「はぁ?! なんかあるだろ一個くらい」
     こうやって俺に突っかかってくるのなんて、コイツくらいだ。怒っているのか頭の癖毛がぴょこぴょこと揺れて、顔の割合に対し大きくて若干釣り目ぎみな瞳がより釣り上がっている。
     こんなあどけない子供みたいな顔や反応をしてくるのに、フィールドの上では誰よりもエゴイスト。そうして驚くくらいに吸収力と適応力が高い謎のバケモノ。
     ────俺が兄貴以外で唯一、絶対に自分の手で壊してやると決めた男。
     「なぁ……本当にないのか……?」
     黙りこくっていると俺の目の前であからさまに顔を曇らせて潔がそう囁いた。
     眉根を寄せてやわっこそうな唇を軽く噛み締めて、上目遣いで俺を見つめてくる潔に何故か腹の底がムカムカとしてくる。
     厳密に言えばムカムカというのとは少し違うが、それが何なのかは分からなかった。
     「…………全部」
     勝手に唇が動く。潔を構成している全てが俺にとっては煩わしくて、それらを自分がぐちゃぐちゃにしなければならないという使命がある。
     だから事細かにどこがどうとか考えた事すらなかった。潔は潔であって、それ以外の何者でもない。

     呆気に取られているのか噛み締めていた唇をマヌケに開いた潔がこちらを凝視してくる。
     カチリと鍵が開く音と共に、モニターに映し出された【ミッションクリア】の文字が明滅しているのを確認してからさらに言葉を続けた。
     「お前の全部、ムカつく」
     「……は、……は……そう、そうだよな?! いきなり全部とかいうから、びびった……!」
     「開いたならもういいだろ。俺は戻る」
     口に出してからじんわりと首のあたりに汗を掻いているのに気が付いて、それを誤魔化す為にゆっくりと立ち上がった。
     こんな思いをさせたクソ眼鏡に絶対に文句を言ってやらなければ、割に合わない。
     「待ってよ、凛」
     そのまま立ち去ろうとした俺のスウェットの膝裏辺りを引っ張ってきた潔に思わず視線を向ける。
     こちらとは違って、座り込んだままの潔がいつもよりも小さく見えた。
     しかし引き留めてきたクセに何も言わずにもごついている潔に痺れを切らして、唇を開こうとしたタイミングでスウェットを掴んでいた指が離れていく。
     上目遣いでこちらを見上げてくる潔の目尻が照明のせいなのか、ほのかに赤らんでしっとりとして見えた。
     「……悪い。なんでもない。明日も頑張ろうな!」
     確かな諦めの感情を乗せた微笑みを浮かべ、そう囁いた潔の顔を凝視する。
     そんなツラをするのなら、最初から呼び止めなければいい。
     俺達をこの部屋に閉じ込めた張本人はどうせ興味を失って、もうカメラの前には居ないのだろう。
     それに仮に見られていようがいまいが、今さらどうだって良かった。

     潔の胸倉を掴んで引き寄せる。無理矢理膝立ちのようになった潔が目を白黒させている中で触れ合った唇の感触は少し痛みを伴っていた。
     そのまま突き飛ばすくらいの勢いで掴んでいた胸倉を離すと、へたり込んだ潔が唖然とした顔で俺を再び見上げてくる。やっぱりコイツはこういう表情の方がまだマシだ。
     「ぬりぃ事言ってんじゃねぇぞ、バカ潔」
     鼻を鳴らしてそう言い捨ててやれば、先ほどからずっと感じていたムカつきが少しだけ収まった気がして、今度こそドアへと向かう。
     自動ドアが閉まる直前に中で潔が何かを喚いている声がしたが、聞いてやるつもりは毛頭無かった。
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