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    SS置き場
    ある程度溜まったら支部に置きます

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    POIPOI 131

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    凛潔/両片思い/酒雑魚

    呑んでものまれるな テーブルに並んだ瓶や缶。それらはとっくにぬるくなっていて、ほとんどのプルタブやキャップが開かれたまま放置されているのもあり、底の方に残る液体はすっかり炭酸が抜けきっていた。
     とりあえず、掌にあるほぼ空のビール缶をこねていた潔はアルコールによってもたらされる浮遊感と隣にある熱源から意識を背ける為に持っていたそれを煽った。
     けれども、舌先にぽたぽたと落ちた数滴程度の酒では到底解決出来ない問題がすぐ横に迫っていて、もはやどうにでもなれとさらに重みを増している右肩へと顔を向ける。
     あまりにも近すぎて全体像はうまく見えないが、逆にそれでよかったと安堵するくらいには鼻先をくすぐる黒髪の感触は柔らかい。
     しかも、同性かつ、自分よりもずっとガタイが良い相手な筈なのに漂ってくる匂いは驚く程に爽やかで潔はついつい呼吸を一度止めた。
     そうしなければ、丸い側頭部に欲望の赴くまま鼻先を押し付けてしまいそうだったからだ。
     やっぱり俺も酔ってるなぁ、とどこか他人事のように思いながら体を動かした潔の行動を遮るように圧し掛かってくる重みが増え、不意に腰に腕が回ってくる。
    「!? わぁ、っちょ、……凛……?」
     ついでに甘えたがりの大型犬のようにぐりぐりと肩に摺り寄ってくる宿敵ライバル──糸師凛の勢いに思わず情けない声が出たのを誤魔化す為に名を呼んだ潔の心臓は激しく鼓動を刻む。
     胸板を突き破らんばかりの脈動が聞こえてしまいやしないかと焦る潔を他所に、さらに腰に回した腕に力を込めた凛はむにゃむにゃと解析不能な声を発している。
     (落ち着け、落ち着け!)と森で腹を空かせた熊に出会った時ばりのパニックが胸中で渦を巻く潔は、結局死んだフリのように呼吸以外の動きを止めるしか出来なかった。
     こうして抱き着いてくるのが自他共に認める相棒である蜂楽や、仲のいい千切であればここまで動揺しなくて済んだだろう。
     もしくはボールを追いかけている真っ只中であれば、【魔王】と呼ばれるだけの冷静な思考が働いていた筈だ。それこそ、檻のように拘束を続けてくる凛の腕から逃れる打開策をひとつくらいは見つけられた。
     けれども、どれだけ願ってもここは潔の自室であり、抱き着いてくるのが”青い監獄ブルーロック”時代から特別な感情を抱いている凛であるという事実は変わらない。
    「あぅ……、うぅー……」
     結局、誘惑に抗えずに抱き着いてくる凛の髪に軽く頬摺りしながら声にならない声を発した潔は、数時間前に一緒に飲もうと凛に提案した自分自身を恨んだ。でもまさかこんな事になるなんて誰が予想出来ただろう。

     "青い監獄ブルーロック"を出て数年。つかず離れずの距離を保ち続けていた潔と凛はそれなりに上手くやっていた。
     凛がどう考えているのかは潔にはてんで分からないが、それでも一対一で会おうと呼べば文句を言いつつ予定を合わせて来てくれるし、毎日送る他愛のないメッセージにも反応はある。
     寂しいなぁと感じる夜があればテレビ電話もするし、誕生日には凛の好きなフクロウのグッズやちょっとだけ良い日本の食材取り寄せてあげたりもした。
     互いの年収に対して比較的安価なプレゼントではあるのを自覚しつつも、あまり高い物をあげるのは自分の気持ちを伝えているように思えて、一応は友人枠で収まる程度のものをあげているのは潔の予防線ではあったが。
     だから家に呼ぶのだって何度かあったし、飲む機会もあった。けれど今回は色々な要因が重なってこうなった。

     それは、つい二日前に初めて潔のスキャンダル(これは勿論、根も葉もないデマではある)が出てしまったりだとか、その記事を読んだ凛が地獄の底から現れた悪魔のようにいきなり潔の自宅を訪問してきて誤解を解くために大変だったりだとか、潔宅に襲来する為に凛がかなりのハードスケジュールをこなしてきていただとか。
     そういうモノが折り重なって、泥酔者・糸師凛が無事に完成した。
     しかもただの酔っ払いなら良かったものを、弟気質も相まってなのか元から距離の近い凛が酔ったとなると潔にしてみたら猛毒も猛毒だった。
     ただでさえ普段のクールな印象が掻き消えるくらいに、ぽやついた凛は見ているだけで潔の心を引っ掻き回すというのに、そんな凛が安眠毛布かのように潔を抱きかかえて離そうとしない。
     誰か助けてくれ、でもやっぱりもうちょっとこのままでいたい気もする。
     矛盾した思考がばらけたピースとなって脳内を漂う中、ついに眠っていた猛獣が目を覚ます。
    「……んぅ……いさぎ……?」
    「っ! 起きた? 凛、起きた? ならちょっと、手はな……っぐぇ!?」
    「いさぎ」
     ようやく瞼を開いた凛は寝起きとは思えぬ力で潔の頬を掴むと、当然のごとくいつもよりも色の滲むターコイズブルーを惜しみなく潔へと降り注ぐ。
     迷いのない真っすぐな視線と、確かに自分の名を紡ぐ凛の淡く色づいた唇の動きに全身から滲む汗が潔の体温をさらに高めた。
     もしも、万が一にでも、凛は誰かと間違えて自分にくっついてきているのでは? と無意識に建てていた柵を凛はその剛腕で全て薙ぎ払ったのだ。例えどれだけ酔っているとしても、凛はいま自分が抱きしめている人間を明確に潔世一だと認識している。
     それだけでも混乱の元だというのに、酒気の混ざった吐息がかかるくらいに近くで顔を見つめてくる凛はちょっとでも離れるのが許せないとでもばかりに潔の頬を掴む手を強めた。
    「……お前……」
    「ひゃに、いたい、凛……!?」
    「そんなに目ぇでかくて落っこちないのか?」
    「はい?」
    「……ふくろうみてー」
     うまれてはじめて問われた言葉に呆然としている合間も、スライムを握るように指先を動かす凛の観察する視線は止まらない。
     改めて潔の瞳の大きさを計測するようにジッと見つめたままだった凛は、不意に口端をあげたかと思うとそっと囁きを零した。
    「……かわいー……」
    「……は、……え、ぅ……う……ッ……?」
    「? ……なんで閉じんだよ、バカ潔……見えないだろ」
    「うう、……だって、だってぇ……お前、……絶対酔ってる! 明日後悔するからなっ! これでキレられたら俺、怒るから!」
     全身から湯気でも出そうなくらいに体が熱い。ポカポカを通り越してもはやジンジンと指先まで行き渡った血流の行き場をどうにかしたくて、思わず引っ叩いた凛の太ももはどうしたって潔好みの逞しさと弾力をしていた。
     潔の聞き間違いでなければ、凛は「可愛い」と言ったように聞こえた。しかも追い打ちとばかりに首を傾げ、どうしてもっと見せない? という顔をしている。
     「どうしてもこうしてもあるか!」 と叫び出したいのを抑えながら、それでもまだ冷静さを保っているのはこれだけ酔った凛が記憶を保つ事が出来るとは考えにくかったからだ。
     自分ばかりが振り回されるのを回避するには、ただの酔っ払いの妄言だと押し流して、どちらの記憶からも抹消するのが最善だと思えた。

     けれど、腰に回したままの手を動かして凛の方へと向き合わせてくるのに抵抗出来ないまま潔が凛と正面で向き合えば、酔いからなのか、それとも照れているのか判別出来ないが耳を赤くした凛が真剣な表情で潔を見据えている。
     さっきまでのポヤポヤとした雰囲気は残しつつも、ピッチで見せる獲物を狩る時に似た鋭い眼差しはひとさじの迷いすら無く、しゃっくりのような声が潔の喉から鳴った。
     このままだと喰われる、と本能で察したからかもしれない。けれど察する事が出来ても、行動に移せるかは別問題だった。
    「!? 顔ッ……かお、舐め……なんでぇ……」
    「しょっぱ。……目ぇでか」
    「お前、もう本当にやだぁ……」
     当然のように潔の頬に噛み付いてついでに舐め上げた凛は、心の内に秘めるべき感想を低くも心地よい声で囁く。いつもなら絶対にありえない脳直過ぎる凛のセリフと、舌なめずりをするという行為のギャップに潔の脳が【予測不能】のエラーを叩き出した。
     ずっと昔から片思いしている相手に抱きかかえられて、熱烈な視線を浴びながらキス寸前までいけば幾らフィールドの魔王と恐れられる潔であっても、受け入れられるキャパシティを大幅に超える。
     これまで温めすぎて自分でも怖いくらいに歪さはあるけれど、誰よりも純粋に凛を想ってきた心が弄ばれている気がしたのもあった。恋は人を臆病にさせるというが、その点に関してだけは潔とて例外では無い。
     そうして、胃の中で踊るアルコールの量もそれなりに分解されないまま残っている。
    「……おい……泣いてんのか?」
    「……ほんとうに最悪……お前に弄ばれてる俺がかわいそう」
    「はぁ?」
     ぐずぐずと鼻を鳴らした潔に、流石に鳩が豆鉄砲を食ったように切れ長の瞳を丸くした凛は見るからに動揺している。
     けれど、オロオロとさまよった瞳はすぐに潔の言葉を聞いて、心外だと訴えかけていた。頬を掴む指は離したものの、代わりにジトっと湿り気と粘着質さを大量に含んだ視線が潔を絡め取る。
     向かい合った凛から立ち上る怒りの気配を察知した潔は、口を噤んだ。
     なにか余計な事を言ったら凛の殺意が一気にこっちに向かってきそうで恐ろしかった。
     だが、沈黙を切り裂くように抑え込んでいた感情を洩らしはじめた凛の声は先ほどまでのボンヤリとしていた声ではなく、ハッキリと強い響きを持っている。
    「テメェの方がサイテーだろうが。俺がいるのに浮気未遂しやがって」
    「……浮気……?」
     聞き慣れない単語に疑問符が脳を埋め尽くす潔を無視し、今度は両手で腰を掴んだ凛は潔の脳を揺らした。現実的に。
    「変なモブと勝手に写真なんかとられやがって、死ね、潔。バカが、カス」
    「ちょ、っちょっと待て」
    「目ぇ離したらすぐにこれだ。テメェは危機管理能力が雑魚なんだよ、もっと周りをよく見ろ。……いや、やっぱり見んな、お前は俺だけ見てろ」
    「ぐぇっ! ゆらすな、マジで戻すから、やめて」
     悲鳴にも似た声を聞いて流石に潔の顔色が本当に悪いのを認めたのか、やっと動きを止めた凛の肩を掴んだ潔と凛の間には再び沈黙が満ちる。
     酔った自分の聞き間違いで無ければ、凛に責められているのだ。と潔がようやく理解した頃には、ぶすくれた表情のまま視線を床へと向けている凛が視界に飛び込んでくる。

     確かに今日この家に突撃してきた凛の機嫌は、これまでに感じた事が無いくらい非常に悪かった。でもそれは、サッカーをおざなりにした潔に対してムカついただけと酒を飲む前の会話では言っていた筈だ。
     潔としては、今回たまたまスキャンダルらしく撮られただけで、潔などよりもさらに狙われている凛はもう何度か捏造スキャンダルを食らっているから、お前が言うなよと内心では思っていたのだが。
     それでもおかしな記事が出る度にバッサリと切り捨て、次にやったら訴訟も辞さないと言いきった凛の周囲を嗅ぎまわるパパラッチは随分と数を減らしていた。だからこそ、今回は潔にほぼ憶測だけで書かれたゴシップが出たのだろう。
     パラパラと頭の中でこれまでの言動と、それから今の言葉の一つ一つがパズルのピースとなって組み合わさっていく。
     そうして出た答えはあまりにも潔にとって都合が良すぎて、まさかぁと思いつつ声に出していた。
    「……凛ってさぁ……もしかして、俺と付き合いたい?」
    「ッは? お前が俺と付き合いたいんだろ。ナメた口きいてんじゃねぇ」
    「う……うん……まぁ……俺はお前の事、好きだけど……」
     バネの搭載されたおもちゃのように凛の床に向けられていた視線は一気に潔の方へと戻り、信じられないモノを見つけたように凛の目が再び丸くなる。
     なんで俺が好きっていうだけでそんな驚くの? という潔の困惑を察したのか、再びグラグラと首を揺らした凛は色々と考えているようだった。
     しばらくして、腰を掴んでいた手で潔を引き寄せた凛は真っ向からその体を抱きしめる。
     肋骨がひしゃげてしまいそうなくらいの力強さに潔が二回目のギブアップを申し入れようとした瞬間、顔を覗き込んできた凛のこれまでに無いほどとろけきった翡翠の輝きを目の当たりにして、肋骨では無く思考がぐちゃぐちゃになった。
    「ふぅん。……なら、許してやる」
     試合の時ですらここまででは無いくらいにバクバクと激しく刻む鼓動の音が聞こえてしまいそうで息を潜める。
     しかも、満足げな顔の凛がごく自然に目にかかる前髪を指先ではらってから、ついさっき褒めたばかりの瞳を覆う瞼に唇で触れたものだから、もはや血が沸騰しているくらいに熱くて、潔はその場から逃げ出したくなった。
     けれどそんな逃走のチャンスを与えるつもりは無いのか腰を抱く力は弱まる事は無く、顔中に落とされるキスの雨は止まない。
    「っ凛、お前、本当に自分のやった事起きてから忘れるなよ。あと、……っもう……」
    「……もう?」
     触れられていない場所が無いくらいに注がれる凛の執着が本気で息を止めかねないと必死で発した潔の抗議は音として空中に漂う事は無く、喉奥で踏みとどまる。
     それは、自分の望みは絶対に受け入れられると信じきっている無垢な瞳を凛がしていたからだ。
     生来世話焼き気味な潔にとって、そんな凛に対して止めろと強く言うのは難しい。ましてや、酔っていなかったらきっと凛はこんな風に甘えてこないだろうという予測など簡単に出来るのもある。
    「……しばらく俺以外とお酒飲むの、禁止な……」
     甘えてくる凛が嫌なワケでは無い。寧ろ、それに対しては心臓が持つ限りは受け入れてやってもいいとすら思える。
     だってもしも凛が起きてもこのやり取りを忘れていなかったら、自分たちは晴れて"恋人"という関係性も手に入る上に、凛の可愛い面を自分だけが知っているというのは優越感が凄いし──などという若干の打算をしつつも、やっぱり凛には甘くなってしまうのを悟る。
     だからこそ、潔が抗議のかわりに大切な"お願い"を口に出せば、そんなの当たり前だろうという顔をした凛が今度こそ酒気の残る唇を潔の唇へと押し当てた。
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