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    凛潔/表参道デート/お題【休暇】

    十三里でも遠く及ばず 「へぇ、凛が言ってた店ってここ? モンブラン専門店?」
     平日の昼間だからかそこまで人の通りが多くは無い並木通り。その通りから何本か奥に入った所にある店舗。
     出されている看板の渋さに比べ、広く取られたガラス窓の奥に見える店内は表参道という土地柄に似合う洒落っ気があり、外から中を覗いた潔は感心した様子でそう呟いた。
     「前に食ったのがモンブランだっただけだ」
     「そうなんだ」
     「さっさと入るぞ」
     頬に当たる日差しは心地よくはあるが、紫外線をハッキリと感じ取れる程度には強い。
     木製のドアを押して店内に入った二人は声をかけてきた店員に案内されるがまま、窓際の席へと腰掛けた。
     そこそこの客数ではあるが各々が自由に過ごしており、かすかに流れるBGMと相まって穏やかな時間が流れている。
     "青い監獄ブルーロック"で多少なりとも有名になった凛と潔ではあったが、本来なら練習期間なのもあり、まさかこんな場所に居るとは思われてもいないのか存在がバレる事件も起きていない。
     他のメンバーとならばまだしも、凛と一緒にいる所をSNSにでも上げられたら面倒な事になる。それにせっかく二人きりなのだから、例え潔のファンだとしても見知らぬ誰かに邪魔されたくなかった。
     「何にしよ。凛はやっぱりモンブランにすんの?」
     「……今日は違う」
     「そっか。他のも全部美味そうだし迷うなぁ……」
     艶消しの施された黒いテーブルの上、ラミネート加工されたメニュー表に並ぶのは店名に相応しく、芋系のスイーツが多い。
     この中でモンブランを選んだ凛のチョイスを凛らしいと考えながら、ぱらぱらとそれらを捲った潔の目に飛び込んできたのは【サツマイモと和栗のモンブラン】の文字。ついでにセットドリンクで抹茶オレも選べるとくれば、頼む物はすぐに決定した。

     向かいの席に座る凛の長い前髪が、メニューを見る為に下を向いたせいでゆるりと動く。
     ついでに落ちてきた耳横の髪を指先でかけながら文字を追っている凛の姿を照らすガラス越しの光は少し屈折し、細かな陰影を滑らかな肌に落としていた。
     「……前にここに来た時って、一人で来た?」
     「……あ?」
     「なんか、凛がこういう所にひとりで来るイメージが湧かなくて……」
     「どーいう意味だよ」
     メニューを見ていた凛はあからさまに不機嫌を示すように顔をあげて眉をしかめた。
     けして凛を貶めたいワケでは無く、疑った別の理由がある。しかしそれをハッキリと口に出すのは流石の潔でもはばかられた。
     不必要に凛の過去を掘り返すのはどこに地雷が埋まっているか分からないからだ。しかも踏んだら自分も焼け野原になる可能性が高い。
     しかし潔のそんな葛藤など恋仲になった凛にしてみれば手に取るように分かるのか、黒々とした長い睫毛に縁取られた目を細めた。
     「普通に食うだろ、甘いもんくらい。俺をなんだと思ってやがる」
     「……そっか。確かにお前、結構なんでも食うもんな」
     「ッチ……くだらねぇ詮索してんじゃねぇよ。それよりも決めたのか」
     「あ、うん。決めた」
     潔の返答を聞くや否や、さりげなく店員を呼び注文を促す凛の姿は年下とは思えないくらいスマートだ。
     "青い監獄ブルーロック"で潔と出会う前からずっとサッカーに身を捧げてきている凛を知っていてもなお、潔は凛が自分の恋人になった事を未だに信じ切れていない部分がある。
     しかも今回は凛の方からわずかなオフ期間に会わないかという提案があったのも、潔の動揺を誘った。

     互いに今は違う棟で過ごしていて、サッカーにおいては常に宿敵ライバル
     そんな二人の間で流れのままに付き合おうという会話が出たのも、もはや勢いだったように潔には思えた。
     けれど予想に反して大幅に何かが変わるのでもなく、凛と潔の交際はそれなりに上手くいっていた筈だった。
     どちらも一番大切なモノはサッカー。そこは絶対に変わらない。
     ただ時々たかぶった体を醒ますように、それぞれの肌や唇に子供のように触れ合った。
     二人とも大した知識も無かったから本能に導かれるまま、狭い室内で息を潜めて触るだけの稚拙な行為は、ただそれだけでも欲を満たしてくれた。
     だがしかし"青い監獄ブルーロック"の運命を決めた試合終了直後、凛に明確な殺意を向けられた潔にしてみれば、もうこの関係は終わったのだと考えていた。
     けれど潔の予想に反し、殺意を口にした凛の中ではそうでは無かったらしい。

     凛にとって自身の立ち位置が未だよく分からないままの潔は、表参道というデートスポットにはうってつけの場所を凛が指定してきたものの、実際に駅に到着するまでずっと不安な時を過ごし続けた。
     それは杞憂だったのかもと考え直すくらい改札で潔を待つ凛は堂々としていて、撮影の時に着させられる衣装とは違うものの、私服姿の凛は恋人の色目抜きにしても相当カッコ良く見えて。
     都内で待ち合わせかつ、まだ自分の中では"恋人"と会うのだという思いがあって、潔も潔なりには小奇麗にしてきたつもりだったが、そんな凛の隣に自分が並ぶことが急に恥ずかしくなりコソコソと近づけば、怪訝そうな顔をした凛に睨みつけられる羽目になった。
     しかしその冷たい目はすぐに呆れに代わって、伸びてきた大きな掌がボディーバッグ越しに潔の背中を軽く叩く。
     『何ビビってんだ、バカ』という無言の中に潜む凛の意思を感じ取った潔は、さっさと進んでいってしまう人混みからひとつ飛びぬけた凛の頭を見逃さないように慌てて足を動かしていた。


     「うわー! めっちゃ綺麗」
     黒いテーブルに置かれた和食器がふたつ。
     その上に細く絞られた薄茶色のクリームがたっぷりとかかったモンブランと、つやりとした表面に黒ゴマの振られたチーズケーキがそれぞれ乗っている。
     思わず歓声をあげてしまった潔を特に気にするでも無く、凛は目の前に置かれたチーズケーキに早速フォークを突き立ててそれを切り分けた。
     ついつい子供のような反応してしまったと自省しつつ、口を噤んだ潔は凛と同じくモンブランへとフォークを押し当て、見た目に反してすんなりと一口分に切り分けられたそれを唇に放り込む。
     なめらかな舌触りと共に溢れる素朴ながらも上品なクリームの味わい。予想していた以上の美味しさにまなじりを下げた潔がほぅ、とゆるやかな吐息を洩らした。
     「モンブラン、うまぁ……」
     心の奥底から滲み出た感想をそのまま唇に乗せる。
     あまりこういうおしゃれなカフェに来た経験などほぼ無かった潔にとって、この場の空気そのものすら新鮮で目新しい。
     基本的に学校と家の往復ばかりで、どこか出掛けるにしても友人と近場のファーストフード店に行くくらいだったからだ。

     チラリと向かい側に座っている凛に視線を向けた潔は、慣れた様子でチーズケーキを咀嚼している凛の頬の膨らみが収まっていくのを眺める。
     元々年齢の割に大人びている凛がこういう店に来た事があるというだけで、一歩先を行かれている気がして何となく面白くない。
     でもよくよく見ていると、二口目を頬張った凛の纏う雰囲気がどことなく柔らかくて、普段ならすぐに視線を察知して睨み返してくるのに今はチーズケーキにすっかり夢中のようだった。──凛って、結構甘い物好きなんだ。かわいーとこあんじゃん。
     くふりとバレない程度の笑みを唇に乗せた潔は、二口目のモンブランを切り分ける。
     そのまま口に入れると、隠されていたメレンゲのサクサクとした食感がクリームと混ざってまた違った味わいに変化していく。
     これなら何個だって食べられそう、そう思考する潔は真っすぐに飛んでくる視線に気が付き顔を上げた。
     「なに?」
     コーヒーの入ったマグカップを傾けながら潔を観察するように目を動かしていた凛は、特に何を言うでもなくそろりと手を伸ばす。
     綺麗に整えられた爪先が迷う事なく潔の口端へ触れると、そこを当然のように拭っていった。
     そのまま指を紙ナプキンで拭いた凛が潔にしか分からない程度にそのターコイズブルーをまろやかにさせている。
     「……ガキみてぇな事してんなよ」
     こんな凛の顔は今まで見た事が無い。潔は一瞬で自分の思考が生クリームでも塗りたくられたかのように真っ白になって、このシチュエーションに近い状況を思い出していた。
     確かドラマでこんなシーンを見た事がある気がする。けれどその映像ではもっと可愛くて華奢で可憐な女の子が相手だったし、ヒーロー役の俳優は凛とは違うタイプのイケメンだった。
     どちらかと言えば、凛の方がその俳優よりもずっと潔の好みではある。 

     ────そうじゃなくってさぁ! 思わずそう叫び出しそうになるのをどうにか堰き止めたかわりに、火照る頬を誤魔化す為に抹茶オレに口をつけた。
     モンブランによく合うその風味が鼻に抜けていく間も、潔はマグカップ越しに凛をちらちらと見てみるものの、特に気にした様子も無く凛はケーキを食べている。
     あまりにもナチュラルに行われた凛のドラマ顔負けのときめきをもたらす動作に心臓がバクバクと音を立てて、試合とは違う独特な興奮が潔を包んでいた。
     さらには再び顔をあげた凛が不思議そうに首を傾げたかと思うと、ゆるりと自身の食べていたチーズケーキの皿に目線を落とす。
     「こっちも食いてぇのか」
     「いや……そういうワケじゃないです……ケド……」
     「……お前、また変な事考えてんならブッ飛ばすぞ」
     「違う違う! マジでそうじゃない、ただちょっと……びっくりしただけ」
     今日は会った直後から、凛のエスコート能力の高さに驚きっぱなしだった。
     この店に寄る前だって方向音痴気味な潔が迷子になりそうになる度に、さりげなく行きたがっていた店まで導いてくれた。
     そうして口についたクリームを拭ってくれるし、さらには潔の目線を勘違いしたとは言え、あの凛が自分の物を分けようとしてくれている。
     言うなれば世間一般で語られる理想の恋人像そのものの凛が、潔には酷くまぶしく見えた。
     基本は我が道を往く毒舌男な筈なのに、こんなに甘やかされるのは想定外だ。
     「? 驚くようなところなんか無かっただろーが」
     パーソナルスペースが極端に広いクセに、一度テリトリーに食い込めば甘えるのも甘やかすのも普通だと考えているらしい。
     棘のある言い草はまだ健在ではあるが、滲み出る凛の中の"当然"に適応するまでもう少しかかりそうだった。
     「つか、俺が食いたいからひとくち寄越せ」
     「あ、うん……」
     そのまま皿を交換した凛はモンブランへとフォークを刺し入れ、口元へと運ぶ。
     黙々と咀嚼しながらも、鋭いナイフのような面差しは鳴りを潜めており年相応に甘いものを食べて喜ぶ姿は、これまた見た事があまりない凛の一面だった。
     可愛いとカッコいいの波状攻撃を受けた潔は動揺を隠す為に自分の前に置かれたチーズケーキへとフォークを伸ばす。
     口にする前から分かる。きっとこれだってとても甘くて美味しいのだろう。
     「なぁ、凛」
     「……なんだ」
     「この後、しょっぱいもん喰いにいかねぇ?」
     しかしこれ以上の糖分は過剰摂取過ぎる。それこそ胸やけしそうなくらいに口も心も甘ったるくて苦しいくらいだ。だからせめて口の中くらいは、甘さを中和したい。
     そんな潔の切実な願いを聞いた凛は、悪くない提案だと思ったのか、素直にコクリと頷きを返してきたのだった。
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