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    凛潔/騎士×王様パロ

    Noblesse oblige 真に美しいものを見た時、人は誰しもその輝きに目を奪われる。
     地位や名誉なんていうちっぽけな建前など、一切合切いっさいがっさい忘れてしまうのだ。    
     そうしてその美しいものに魅せられて、実際に手に入れてみたくなる。
     どんな形をしていて、どんな風に動いて、どれだけの可能性を持つのか。
     かつて、乳母に叱られながらもはしゃぎ回った庭園の片隅に実る艶々とした林檎をもぎ取った日を思い出す。
     誰にもバレないように、ひとりそれに噛り付いた際に弾けた果肉の甘酸っぱさと、少し硬い皮に残った歯形。小さな胸に宿った確かな高揚感と罪悪感。
     でもそれは子供の頃だから出来た話だ。年齢を重ね、自分の立場というものを身近に感じ取れるようになった。
     ありがたい事に周囲には恵まれている方なのだろう。他国の"王子様"とやらがどうなのかは知らないけれど。
     けれど時々、夢を見る。この場所に生まれていなかった自分は、一体どんな未来を描いていたのだろうか──なんて、そんな生ぬるい夢を。

     □ □ □

     「……い……」
     「……んー……」
     「おい!」
     ゴリ。と硬い音がして瞼の裏に閃光が走る。
     突然すぎる容赦のない攻撃に咄嗟に痛みを感じた後頭部を押さえながら顔をあげれば、非常に不機嫌そうな顔をしたリンが立っていた。
     庭園のひと際奥まった場所にあるガゼボは燦々さんさんと降り注ぐ陽光をその屋根によって和らげてくれるお陰で、ぽかぽかと心地よい最高の昼寝スポットの筈なのだが、すぐ横に立っているリンの顔にかかる影は逆光になっていて大変に恐ろしい。
     「ッうー……いきなり殴んなよぉ……」
     「テメェがまた勝手にどっか行くからだろうが」
     「……城から出てないじゃん」
     「出てなくても、だ」
     ため息を吐いたリンは王家直属騎士のみが着用を許される隊服のマントを煩わしそうに払ってから、オーク材で出来た長椅子に座っている俺の隣に腰を下ろした。どうやらすぐに連れ戻す気は無いらしい。
     それなら助かると、ガゼボの柱の奥に見える太い幹をした木々の葉が織り成す細かな影の動きに視線を寄せた。
     我が父であり偉大なる国王の跡継ぎとして、目下、王様修行中の俺の唯一の息抜き。それはこういう天気のいい日に誰に伝えるでもなく広い庭園を散策する事。
     でも俺の護衛兼、軍の中でも屈指の実力者であるリンからすると、俺をひとりで放置するのは嫌なのだと言う。
     嫌と言うよりも、"面倒くさい"が八割がたの理由なのだろうが。
     「……なー、今度また街に降りたいんだけど。生で観戦したい試合があってさぁ」
     「は? 正気かよ」
     「……正気だってば。リンだって実は観たいんだろ?」
     「……」
     こうしてリンと二人きりになると、俺達の関係は従者と主という状況から大きく外れる。
     元からあまり俺を敬っている様子も無いが、それでも立場上、敬語を使うリンは正直なところ、あまり好きではない。
     逆に二人きりの時に忌憚きたんのない意見を述べてきたり、俺を小馬鹿にしてくるのもそれはそれで腹が立つものの、これが本来のリンならばこっちの方が気楽でよかった。
     だからこそ他に誰も居ないタイミングを見計らって我儘を言ってみたのだが、やはりリンも城下で行われる大会に興味があったらしい。
     無言はすなわち肯定。リンと過ごしてきた日々の中で、これくらいの事なら手に取るように分かった。

     俺達の出会いは数年ほど前。初めて見たリンの姿に俺は眩暈めまいがするくらいに魅せられてしまった。
     この国の人間ではないものの、入隊直後から着実に実力を伸ばし続けたリンに白羽の矢が立ち、王家直属の騎士になれるかどうかという最終テストの際に俺はコイツを見つけた。
     最終テストは御前ごぜんでの一対一の剣技対決。当時最強と呼ばれていた騎士と相対したリンは、周囲の人間を圧倒するくらいの攻撃で彼をコテンパンに叩きのめしたのだ。
     俺と年もほぼ変わらないリンが繰り出す非情なまでに鋭い剣の煌めきと、に追随を許さない圧倒的な強さとは裏腹に、全てに醒めきったようなターコイズの瞳。
     こうべを垂れながらも、心の底ではこちらの力量を探っているかのような反抗的な目つきはこれまで俺が受けた事の無いもので。
     それと同時に、なんて美しい男なのだろうと思った。
     誰かに飼い慣らされるつもりなど毛頭無く、俺の事もどうでも良いとすら思っていそうなリンが一体何を考えているのか知りたくなった。
     だから父に頼み込み、リンを俺の護衛役に据えて貰った。元々その予定ではあったが、出来るだけ全ての場所にリンを連れて行く事を望んだ。
     いわゆる職権乱用だが、普段はそこまで要望を伝えない俺の行動が珍しかったのか『年の近い側近が出来て良かった』なんて言葉と共に、両親とも笑って許してくれている。
     リンにしてみればここまで俺とベッタリになる予定では無かったらしく、初めの方はずっと苛立っていたが、流石にもう慣れたのか俺の扱い方が上手くなった。
     恐らく、リンは半ば死にに行く覚悟で軍に入ったのでは無いのかと俺は考えていた。
     でも天性の才能があったせいで功績をあげてしまい、俺に目をつけられたのが運の尽きだろう。可哀想な奴だと思うが、それについては許して欲しかった。
     「正式に頼めばいいだろーが。すぐに手配してくれんだろ」
     「やだよ。だって、そうしたら警備体制がどうとかの話になんじゃん」
     「……お前はバカなのか?」
     「……リンが一番知ってるだろ、俺の事」
     そのままヘラリと笑ってみせると、珍しく困ったように目を背けたリンの横顔を見つめた。

     二人きりになればこうして敬語も何も気にせず会話出来るが、仕事となれば話は変わってくる。
     リンがこちらをどう思っているのかは知らないが、少なくとも俺の方はリンと出来る限り何の分け隔ても無く関わっていたい。
     例えそれが期限付きかつ、心の奥に秘めた想いを伝える未来がこなくても、それでも一瞬一瞬を大切にしたかった。
     「いつ」
     「へ?」
     「いつだって聞いてんだよ。……日にち確認しとかねぇと、誤魔化せるか分かんねーだろ」
     リンの目が呆れを含みながらも俺を見つめてくる。一歳しか違わないのに、なんだかんだでこちらの要望を受け入れてくれるリンの懐は案外広い。
     「えっと、明後日かな。てか良いの? 本当に?」
     「良いも何もお前に一人でどっか行かれる方が心臓に悪い」
     「……その説は大変申し訳ありませんでした……」
     まだ出会って数か月の頃に俺は全てが嫌になって、街にお忍びで繰り出した事があった。しかし慣れない場所と緊張からか方向感覚を失い、途方に暮れていた俺を見つけ出してくれたのは他でもないリンだ。
     それからというもの、少し過保護過ぎでは? と思うくらいにリンは常に俺の動向を気にするようになった。
     でもその束縛が俺は結構嬉しかったりもする。これまではずっと見張られているような息苦しさを覚えていたのに、リンになら行動を把握されていても嫌では無い。多分、その辺りのコントロールがうまいのだろう。
     「……明後日……ったく……急過ぎんだろうが……もっと早く言え」
     「でもさぁ、リンならなんとかしてくれんだろ?」
     「……ウザ……」
     暴言を吐きながらも、秘密裏に街へ向かう算段を頭の中で思考しているらしいリンの傍に寄ってみる。

     そのまま、ぽす、と頭をリンの肩に乗せれば、動きを止めたリンの呼吸が耳に響いた。
     荒くも無く浅くもない心地よい吐息と、厚みのある布越しにでも分かるくらい研ぎ澄まされた肉体。俺が唯一、その美しさに見惚れた男。
     「いつもありがとなリン。……俺、お前の事、本当に好きだよ」
     冗談っぽくそう呟くのはこれが初めてじゃない。どうせ叶わぬ恋ならば、時々は言葉に出してみたって罰は当たらない筈だ。
     「イサギ」
     けれど、いつものように鬱陶しそうに振り払われるだろうと考えていた俺の予想に反し、不意に伸びてきた指先が顎を掬う。
     ついでに耳元で囁かれた自分の名前に身が震えた。聞いた事の無いくらい熱を帯びた声に自然と顔を上向かせる。
     あれだけの試合でも熱くなっていなかったリンの目に浮かぶほの暗い熱が、身を焦がす感覚がした。
     どこかで俺は選択肢を間違えたのかもしれない。そうで無ければ、これはまだ夢の続きなのかもしれなかった。
     「ちょうど百回目だ」
     「……なにが……?」
     「──テメェが俺に『好き』だとか抜かした回数だよ」
     ギラリと光る眼が俺を掴まえる。それと同時にしっかりと肩に回された指先と顎を掴む手に力が籠った。
     意識的に言っていた部分もあるが、まさかそんなに伝えていたとは思わなかった。そもそも全ての回数をリンが数えていた事実が信じられない。
     だって、俺の言葉なんていつも適当に聞き流しているようにしか思えなかったのに。
     「……ずっと我慢してやってたが、これでもう終いだ」
     「……俺、……別にそういうつもりじゃ……」
     「お前の考えなんか全部見え透いてるって言ってんだよ」
     「……うそだ」
     「嘘じゃねぇ」
     リンと出会ったあの日から、ずっと胸の奥底にくすぶっている感情を知られていたなんて。
     しかし我慢とはどういう事だろうとあえて真っすぐにリンと目線を交わせると、期待に満ちた自分の顔が映っていた。
     さわさわと風が木の葉を揺らして、自分の心臓の音が強く響いている。

     この身は生まれた時から国を担う宿命を背負っている。だからそのうち、他国の姫君か貴族のお嬢様とお見合いでもして、それなりに幸せな結婚をするのだろうと幼い頃から自然にそう考えていた。
     出来れば笑顔の素敵な可愛らしい女性。野に咲く花のように可憐ながらも芯の強さがある子がいいな、なんて風に思ってすらいた。
     でも今、俺の前に居る男は理想としていた相手からは程遠い。
     無愛想でぶっきらぼう。満面の笑みなんて俺ですら殆ど見た事が無い。常に冷静で無駄を嫌うのに、時折見せる優しさが心地よくて。
     「こっち見ろ、イサギ」
     ──現実に引き戻される。目の前のリンはやはり笑みを浮かべてはいなかったものの、真剣な表情で俺を覗き込んできていた。
     リンの耳がほんのりと赤くなっているのに気が付いて、息を呑む。ここでそんな顔をするのはずるい。
     「……リン」
     掠れた声で名前を呼ぶ。自分でも分かるくらい焦がれた音をしたそれは小さかったけれど、きっと届いてしまうのだろう。
     重なった視線のなか、瑞々しい林檎のように艶のある唇が迫ってくる。
     あの日、芽吹いた感情が自分でも知らぬ間に根を張って実を結んでいた。
     この果実を味わえば最後、きっと他の物では満足出来なくなってしまう。……分かっているのにその魅力に抗えない。
     あとに生じる苦しみよりも、今はただ、欲求を満たす事だけを求める子供じみた衝動に身を投じてしまいたくて、ゆっくりと瞼を下ろしていた。
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