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    SS置き場
    ある程度溜まったら支部に置きます

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    凛潔/嫌われてると思った潔とずっと一途な凛

    悪い男たち 都内某所。到底庶民的とは言いがたい高級ホテルの高層階に位置しているバーにて、凛は自身の耳を疑った。
     と同時に、持っているカクテルグラスを割りかねない勢いで力の籠った指先の緊張をほどく。もう半分ほどまでかさの減っていたマンハッタンの鮮やかな朱色は、その衝撃でゆらゆらと波紋を描いていた。
     かつての凛ならば、とにかく勢いのまま怒鳴り付けるか絶対零度の視線を浴びせていたことだろう。
     しかし酒をたしなむ年を越して数年ともなれば、穏やかなジャズの流れるこの場の空気をぶち壊すのには流石にストップがかかる。
     そのかわり、とげをふんだんに混ぜこんだ言霊ことだまが唇から漏れ出た。
     「……もっかい言ってみろ」
     地を這うような低音。確かに聞こえているだろうに、凛の隣でくったりとしている潔はすぐに答えを返さず、マルガリータの入ったグラスの縁に添えられた塩を舌先で舐め上げる。
     赤い舌の上に落ちた白い粒子は、スポットライトのように頭上から降り注ぐ暖色系の光をおぼろげに吸い込んでいた。
     さらに勿体着けるようにほんのりとラベンダーのアロマが香るおしぼりに指を伸ばした潔が丸まったタオル地の表面を心許こころもとなそうに撫でさする。
     薄暗いのもありわずかに俯いた潔の横顔は珍しく憂いを帯びていて、瞬きの度に揺らめく碧色へきしょくはいつになく弱弱しく見えた。
     サッカーをしている時は絶対に見せないその表情は、潔が本気で悩んでいる事の証明だ。
     そのままマルガリータのグラスを傾けた潔を横目に、グラスを天板に置いた凛はさざめく自分の心をあやす為だけに目の前へ置かれたナッツを口元に投げ込んだ。
     「……だからぁ……、凛は俺の事……なんとも思ってないってか、絶対嫌いだと思うけど……俺は結構好き……って話……!」
     こんなの何度も言わせんなよぉ。続けて告解のような囁きを洩らし、テーブルに突っ伏した潔の頭頂部から生えている癖毛はどこかしなびている。
     そうして、もみあげの横から出ている耳は赤みを帯びているものの、それが照れからなのか、酔っているだけなのか凛にはまるで判断がつかなかった。
     何故なら、ここまであからさまに潔が酔っている素振りを見せたのは初めてであり、凛も凛でそれなりに飲んでいたからだ。
     だが、潔の言葉を凛の耳はしっかりと捉えていた。──脳ではうまく消化できていないだけで。
     奥歯でかみ砕いたナッツはローストされていて香ばしい。
     けれど、その香ばしさよりもほろ苦さが先に来て、凛は胃液が逆流でもしてきているような不快さと浮遊感に眉をしかめていた。

     潔世一という人間が、自分へ向けられた感情にとんでもなくうといのは知っている。そうして凛は自分自身でも無愛想な自覚があった。
     けれど、もう何年もの付き合いなのだ。当然のようにオフシーズンになれば凛の元に現れる潔を許容していたし、気分の赴くまま自己都合で凛を簡単に振り回す潔を半ば諦めに満ちた精神で認めていたつもりだった。
     そもそも真にどうでも良い存在ならば、二人きりで会う時間など凛は絶対に作らない。
     互いに年棒億越えのプロフットボーラーなのだ。一日二十四時間では到底足りないくらい毎日時間に追われている。そんな事、潔だって分かっている筈だろう。
     しかも今回は潔の方から『気になってる人がいるから相談したい』という連絡が来て、わざわざ凛はこの場所を選んだ。
     それこそ自宅に招いたってかまわなかったが、凛の提案を断ったのは潔の方だ。
     いつもなら喜んで家に来るクセに。チクチクと無数の針で刺されるのに似た痛みを感じる胸に文句をしまい込んで、せめて落ち着ける場所でと適当な理由を告げて甲斐甲斐かいがいしく予約までしてやった。
     そうして合流した時に普段と変わらぬ笑顔を見せてきた潔に内心安堵してみたりもした。

     【暖簾のれんに腕押し】ならぬ【潔に圧力】とばかりに凛の重たすぎる情緒から来る諸々が潔には全く効かない。
     だから潔からわざわざ場所を選んでまでしたい"相談"というメッセージを画面で見た時、凛の全身から血の気が引いていく音がした。
     何故なら、凛の感情など知りもせず、至る所で男女問わず勝手に好意を得てくる潔は凛が知らない内に告白されたり、追いかけ回されたりなどしょっちゅうだったからだ。
     アジア人特有の幼げな外見に反し、年齢と共にフィールド外での所作が段々とスマートになっていく潔を良いと感じる奴らを全員蹴散らせる自信はあるものの、仮に潔本人が好きになってしまったというならば、凛がどうこう出来る問題では無い。
     しかしそんな些細ささいな事柄でへこたれるほど、凛が潔に向けてきた愛憎は生温い形をしていなかった。
     わざと潔を酔い潰して"気になっている相手"の所に行く前に、自分の物にしてしまえばいい。
     スマホがひび割れそうなくらい力の籠った指先で、雰囲気の良さそうなホテル併設のバーを検索したのが今の凛には遥か遠い過去のように思えた。


     未だ突っ伏したままの潔は座ったまま死んでいるのかと思うほどに動かない。しかし、よくよく見ればスツールに座っている足先だけが忙しなく床を叩いていた。
     凛からの返答を待っているのだろうその姿は、いじらしくもあり、腹立たしくもある。
     フィールドの上では合理的でどんなポイントも見逃さない視野を持っているのに、一歩下りれば途端に何も知らない子羊のような顔をする潔は、凛だけではなく"青い監獄ブルーロック"で一緒だった連中やチームメイトからも不思議な生き物だと思われているのだろう。
     現に、これまで誰よりも潔の隣に立っている自負があった凛ですら潔の言動をようやく消化出来てきたばかりだった。
     ────何故、俺がコイツを嫌っているという判断になる?
     沸々とわきあがる苛立ちと、真っすぐに向けられた好意の大きさが入り混じって複雑な色を成す。
     ざらりと口の中に残るナッツの欠片を残りのマンハッタンで流し込んだ凛は、あえてカツリと音を立ててテーブルに空のグラスを置いた。
     「テメェ、ふざけてんのか?」
     それら全てを混ぜ合わせ、開口一番に出たのは潔への明確な非難だった。
     "青い監獄ブルーロック"の頃から今日こんにちに至るまで、凛はずっと潔しか見てきていないし、見るつもりも無い。
     だが、潔の方はあっちこっちによく向く大きな瞳を動かして、少しでも自分の糧になりそうな強いプレイヤーが居ればすぐにそちらへ吸い寄せられる。
     プライベートでもベタベタと近寄ってくる友人たちに囲まれ、楽しそうにしている姿が映った写真を当然のように凛へと見せてくるのだ。
     そんな潔の姿を見せつけられた凛がどんな気持ちになるのか知りもしないで。
     「ふざけてなんかない! ……俺は本気で……いや、……ごめん……やっぱキモイよな。今日の事は全部忘れてくれ……もう凛に迷惑かけないから」
     起き上がった潔の眼差しは若干潤んでいる。青い瞳が海面を連想させる揺らめきを秘めているのを睨みつけながら、凛は本当に厄介でめんどくさい人間に心を奪われたのを改めて理解する羽目になった。

     そそくさとスツールから立ち上がろうとする潔の腕を掴んで、ほぼ無理矢理にもう一度座らせる。
     もはや自棄やけになっているのか不貞腐れた表情を浮かべて睨み返してくる潔に向かって、凛は今度こそこの朴念仁ぼくねんじんの心臓を射殺すチャンスを確実にモノにする為に唇を開いていた。
     「お前が俺に迷惑かけてんのなんざ、昔からだろうが」
     「……ずっと俺の事を迷惑って思ってたのか……?」
     「違う」
     「違うならなんなんだよ。……わけわかんねぇって……」
     腕を振りほどこうとする潔を逃がすつもりは無いと伝える為に指の力を籠める。
     いつものラフな格好とは違い、凛が以前プレゼントしたネイビーのジャケットを着ている潔の二の腕付近に皺が寄るが、凛にとってはどうでも良い事象だった。
     かわりに、次第に剣呑な雰囲気を纏い始めた潔が凛から目を反らそうとするのをもう片方の手で顎先を鷲掴んで引き寄せる。
     途端に慌てた表情に変化した事に若干の支配欲を覚えながら、潔が周囲に意識を散らす前に赤く染まった耳元へと唇を近づけた。
     「お前はずっと俺だけ見てりゃいいって、何回言わせんだ」
     「な、……だって、それはサッカーの話……だろ?」
     じわ、とほのかに甘さの混じったムスクの香りがする耳後ろ。
     かつて他人の匂いが苦手だと言っていた潔に、マーキング代わりに渡した凛自身をイメージして作られたという香水すらも纏ってきた事に自然と浮かぶ口端の笑みはそのままにして、さらなる口説き文句を叩き込んでいた。
     「……そうじゃないって言ったら?」
     「んぇ……ちょ、待って……凛……俺……待って……」
     「部屋は取ってある。……あとはお前次第だ、潔」
     さらに追撃のつもりでそう囁けば、ついに火照りきった顔を凛に向けた潔の瞳が先ほどとは違った意味で潤んでいるのを察知する。
     「……なんで……もう部屋取ってんの、バカ凛」
     「そんなの決まってんだろ。テメェを喰う為だよ」
     「喰うって……」
     夏の夜空に似たそこに期待の影が射す。口から出た罵倒は弱々しくて、照れ隠しなのが丸分かりだ。
     ならばと、ついでに軽いリップ音をひとつ。
     それだけで五感が刺激されたのかビクリと身を震わせた潔にようやく満足がいった凛は、顎先を掴んでいた手と共に寄せていた身を離した。
     追いかけてくる目線は心地よくも、腹の奥底を炙る熱さを帯びている。
     「今日の凛……なんか悪い男みたいだ……」
     「……みたいじゃなくて、そうなんだよ」
     ここまで周到に張り巡らされた罠に気がつかなかったお前が悪い。
     まだこんな冗談を言える余力が残っているなら、もう躊躇ためらう必要は全く無いだろうと、凛はチェックを求める為に離れた場所に居るバーテンに向かって片手を挙げていた。
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    eyeaifukamaki

    PROGRESS愛をみつける
    ②と③の間のケイside
    タイトルたまに見つけるになってる
    “みつける”が正解です
    ケイ君も深津さん大好きだけど、さぁきたや、ノアにはまだまだ魅力が及ばない、という感じで書いてます。
    これも誤字脱字確認用
    大好きな人がアメリカに来る。その通訳に俺が任命された。爺ちゃんから頼まれて、断る理由はなかった。ずっと憧れてた人。俺の高校時代にバスケで有名な山王工高のキャプテンだった一つ上の深津一成さん。バスケ好きの爺ちゃんのお陰で、俺も漏れなくバスケが好きだ。うちの爺ちゃんは、NBAの凄いプレーを見るよりは日本の高校生が切磋琢磨して頑張る姿が好きらしい。俺は爺ちゃんの娘である俺の母親とアメリカ人の父親の間にできた子だから、基本的にはアメリカに住んでるけど、爺ちゃんの影響と俺自身バスケをやってる事もあって、日本の高校生のプレーを見るのは好きだった。その中でも唯一、プレーは勿論、見た目もドストライクな人がいた。それが深津さんだ。俺はゲイかというとそうではない。好きな子はずっと女の子だった。深津さんは好きという言葉で表現していいのか分からない。最初から手の届かない人で、雲の上の存在。アイドルとかスーパースターを好きになるのと同じ。ファンや推しみたいな、そういう漠然とした感じの好きだった。会えるなんて思ってなかったし、せいぜい試合を見に行って出待ちして、姿が見れたら超ラッキー。話しかけて手を振ってくれたら大喜び。サインをもらえたら昇天するくらいの存在だ。深津さんを初めて見た時は、プレーじゃなく深津さん自身に惹かれた、目を奪われた、釘付けになった。どの言葉もしっくりくるし、当て嵌まる。それからはもう、虜だ。爺ちゃんもどうやらタイプは同じらしい。高校を卒業しても追いかけて、深津さんが大学に入ってすぐに、卒業したらうちの実業団にと既に声をかけていた。気に入ったら行動が早い。条件もあるが良い選手は早い者勝ちだ。アプローチするのは当然。その甲斐あってか、深津さんは爺ちゃんの会社を選んでくれた。深津さんのプレーを間近で見れるようになった俺は、もっと深津さんに心酔していった。一つ上なのになぜかすごく色気があって、でもどこかほっとけない雰囲気も醸し出していて、それがまた堪らない。深津さんのアメリカ行きの話が出て通訳を任された時は、そんなに長くない人生だけど、生きてきて一番喜んだ瞬間だった。こんな事があるなんて。爺ちゃんがお偉いさんでよかった。爺ちゃんの孫でよかった。俺は深津さんとは面識がない。ただ俺が一方的に心酔してるだけ。だから、深津さんの語尾がピョンというのも爺ちゃんから聞いた。深津さんは高校の時
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