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    SS置き場
    ある程度溜まったら支部に置きます

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    凛潔/制服デートもどき

    パーフェクション プラッシー 頭上を走る小ぶりながらも本格的なジェットコースター。それがレールを駆け抜けるのと同時に反響する金属の摩擦音と叫び声を聞きながら、凛は一刻も早くこの空間から抜け出したいと着ている学生服の詰襟を指で軽く緩めた。
     久方ぶりに袖を通した学ランは着られなくはないが、自身の身体にピッタリとフィットするボディスーツか楽なスウェットしか着ていなかったのもあって、窮屈さの方が先に来る。
     来たくもなかった場所と着るつもりもなかった服。誰にも聞こえない舌打ちを洩らした凛は、ベンチに座ったまま無遠慮に開いた足の片方を軽く揺すってどうしようもない怒りを床へとぶつけた。
     仕事ではないが、ひとりで勝手に帰宅する事は許されない。何故なら"青い監獄ブルーロック"における絵心の指示は絶対だからだ。

     都内にあるこの室内アミューズメント施設は、以前"青い監獄ブルーロック"とコラボレーションした事があった。
     スタッフの服を着せられ、さらにはインカムまでつけさせられて、やりたくもないアナウンスの真似事をさせられたのは凛の記憶にもまだ残っている。
     あの時のコラボでかなりの集客があり、落ち着いたタイミングで"青い監獄ブルーロック"名義で一日貸し切るので是非遊びに来てくれという招待があったらしい。詳しい事は興味も無かったので凛は特に聞かなかった。
     ただ、出来れば自然体に見えるように全員制服着用で、との指定があり、編集されるとはいえ至るところにカメラが設置されている。さらにはその様子が後日有料動画化されるとの話だった。
     商魂たくましいといえばその通りで、行くつもりなどさらさら無かった凛は絵心直々に【命令オーダー】を下されたのだ。
     こんな場所で油を売るくらいなら、一刻も早く戻って練習がしたい。
     朝起きてからバスに揺られている間も黙り込み、不機嫌さを一切隠しもしない凛にフランス棟のチームメンバーですらさじを投げ、凛は到着してからずっとひとり同じベンチに腰掛けていた。

     何故か少し離れた場所で歓声があがる。
     つい目を動かせば、巨大な板のようなアトラクションが音楽に合わせて左右に動きながら激しく回転している。
     先程からずっと座っていたが、あそこまで回転しているのは初めて見る。それこそ止まる間もない。
     どよめきと共に、野太い声で「もっと回せ!」なんて野次も聞こえて凛は思わず眉をしかめた。
     他に客はいないとはいえ、うるさいものはうるさい。
     とりあえず立ち上がり、金網の隙間から段々とスピードが落ちていくそのアトラクションの方へと目を向けてみる。上に乗っている人間の顔までハッキリとは判別出来ないが、遠目に見る限りだと赤髪男とおかっぱに凛には見えた。
     という事は奴も──潔もいるのか? と無意識に探してみるものの、あの特徴的なアホ毛を生やした丸い頭はどこにも見当たらない。
     凛ですら駆り出されたのだ、あの潔が来ていない筈はない。
     しかもいつも群れているメンバーと一緒にいないのが気に掛かる。
     凛はトイレに行くついでだ、と自分自身に言い訳をして、薄暗くも色鮮やかなスポットライトと音に包まれた館内を移動し始めた。

     巨大なアトラクション群の横にはゲームセンターのようにたくさんのクレーンゲーム機やプリクラのたぐいが並んでいる。
     中学や高校に通っていた頃は、クラスメイト達が『あのプリ機はまぁまぁ盛れる』とか『あそこのゲーセンのアームはしょぼい』だとかの情報を話しているのを小耳に挟む機会はあったが、凛本人がゲームセンターに行ったのなど、遠い過去の記憶だ。
     フィギュアや菓子類だけではなく、クッションや扇風機などの雑貨品も並んでいるケースとケースの隙間を進む。
     今時のクレーンゲームの景品にも色々あるな、などと凛が感心すらしつつ二つ目の道を横切った辺りで、前屈みになっている見慣れた背中と後頭部を発見して足を止めた。

     ピンク色の電飾板と、景品をよく見せる為なのか内部から発せられている白いライトに照らされた潔はいつもと違い、ネイビーカラーのブレザーにグレーのスラックスという制服姿。当たり前ではあるが、潔も別の高校で学生をやっていたのだという事実が凛の胸に複雑な感情を植え付けていった。
     "青い監獄ブルーロック"に来ていなければ、住んでいる地域もまるで違う凛と潔が出会う事はおそらく無かった筈だ。
     もしも、兄と決別する前に、さらにはもっと前から潔を知っていたら。
     どうにもならない空想を振り払い、未だに凛が居る事にすら気がついていない潔の背後に近寄った凛は、その憎たらしい背中に向かって周りの音に掻き消されない程度の声量で話しかけていた。
     「おい」
     「ぎゃ!」
     色気もへったくれもない短い叫び声を上げた潔が振り向くのと同時に、丁度プレイ途中だったらしいUFOキャッチャーのアームが下がっていく。
     軽快な音楽と共に降りていったアームは何もない虚空を掻いて、また天井へと戻っていった。
     思わず何を取るつもりだったのかと、虚空の横にある物体を視認しようとする。
     「り、凛、なんでお前ここにいんの」
     だが、その動きを察し、慌てて凛をブロックしてこようとした潔の手元からコロリと白い何かが落ちる。
     結局、それを拾い上げる為に屈んだ潔の双葉のむこうでは、赤い服を着ている丸くて小さなぬいぐるみがタグのついた尻をこちらに向けていた。
     さらに黒い頭を持つそのぬいぐるみを見てから、奥に貼ってある商品のラインナップを確認する。
     赤くて、黒い頭のぬいぐるみ。──もしかして俺か? と凛が瞬時に答えを導きだしたのとほぼ同時に、立ち上がった潔の手の中に居る小さなぬいぐるみを見遣る。
     白くて、黒い頭。刺繍糸で縁取られた目は片方だけウィンクをしているが、見えている方は生意気そうな青い目。かすかに笑っているように思える口元の横線。
     潔の腕の中で愛想を振り撒くように凛を見上げてくるぬいぐるみは、どう見たって潔の姿をしていた。

     しかし、そのぬいぐるみの元となった人物である潔は何故か顔を赤くして、珍しく凛とは目線を合わさずに何も無い床へとその瞳を向けている。
     「……なんでこんな所に来んだよ……」
     「トイレついでだ」
     「……あっそ」
     そのまま何も言わない潔を見ながら知らぬ間にかさついた唇を一度舐めた凛は、ゆっくりと間違えないように言葉を選びつつ口を開いた。
     「……そんなに欲しいのか、あれ」
     黙り込んで動かない潔のほのかに染まった耳が髪の隙間から覗いている。
     潔にぬいぐるみを愛でる趣味があるとは知らなかったが、それよりも潔が自分のぬいぐるみを取ろうと躍起になっていた事の方が凛の感情を激しく揺さぶっていた。
     何故なら、凛も凛で少なからず自分の関心を引くのは潔だけだと分かっていたからだ。
     だからこそ、自分に似せたぬいぐるみを欲しがって他の連中を放置してまで必死になっている潔をバカにする言葉を吐くのははばかられた。
     別に凛は他人に嫌われようと怯えられようと何ら構わないが、なんとなく今の恥ずかしそうにしている潔に逃げられるのは嫌だったから。
     「そーだよ」
     はぁっ、と観念したように大きなため息をついた潔がやっと顔をあげる。
     ぬいぐるみと一緒に凛を見上げてきた潔の瞳は、刺繍糸などでは到底表現出来ないくらいにキラキラと幾重いくえにも輝いて見えて、凛はその光に魅入られそうになった。
     「なんかこっち見てたから」
     「ぬいぐるみはお前を見ねぇだろ」
     「……もぉ、バカにするだけならどっかいけって」
     バカにしたつもりは無い。本当の事だ。
     いくら形を似せたとしても、潔を見るのは自分だという自負が凛にはある。

     しかし途端に不貞腐れた表情になった潔は、それでも諦める気はないのか財布を取り出し、コイン投入口に小銭を入れた。
     軽やかな音楽と共に再びピカピカと光だしたUFOキャッチャーの前に立った潔はもう凛には目もくれず、真剣な顔でボタンを慎重に押していく。
     動いたアームはぬいぐるみの腰辺りに当たり、うつ伏せの状態から仰向けへと変化した。
     悔しそうにしながらまた戻っていくアームを操作し始めた潔の横顔を眺める。
     プラスチック板の奥には潔の熱線を一身に受ける自分の分身めいたぬいぐるみ。
     隣に本物の俺が居るのに、と若干面白くない思いを抱えながらも凛は潔の挑戦を見守る事にした。

     ここのアトラクションに関しては、終日何度乗っても特に料金はかからない。
     だが、それ以外の物に関しては自腹な筈だ。身銭を切ってまで潔が自分のぬいぐるみを取る為に格闘するのを観察すること八回目。
     ついに凛はしょぼくれた潔を無視して、自分のスラックスのポケットに忍ばせていた財布を取ると、中から小銭を取り出して静けさを保っているそのUFOキャッチャーへと投入した。
     「凛、お前こういうの出来るのか?」
     いきなりの乱入を気にした様子もなく、逆に嬉しそうに凛の手元を覗き込んでくる潔の首には見知らぬ学校のネクタイが締められている。
     さっきまで邪険にしていたクセに。そんな風に思いながらも、潔の期待を受けるのは悪い気分ではない。
     こういったゲームを凛がやった事はいままで無かったが、潔がプレイしていたのを見ていて気が付いた点がいくつかあった。
     それらを加味しつつ起動したアームをゆっくりと動かしていけば、軽やかに動いた二本の機械わんがぬいぐるみの頭を掴んで持ち上げていく。
     先程までは何度捕まっても途中で落ちてしまっていたが、うまい具合に頭頂部についたボールチェーンに引っ掛かってぬいぐるみは宙を舞う。
     「あっ、あ! うそッ……すごい……!」
     しかし、板の向こうでグラグラと揺れる綿の詰まった物体など、もはや凛にはどうでもいい事柄になっていた。
     何故なら凛の腕にしがみつき、聞いた事が無いくらい甘ったるく、喜色を滲ませた声と顔で潔が騒いだからだ。
     それこそ全身に力がこもって、拳を操作盤に叩きつけそうになる。
     なにエロい声出してんだ、クソ潔が。殺すぞ。
     でもこんな風に思う自分自身がおかしいという認識だけは欠落していなかったお陰で、凛は潔を凝視することでどうにか感情を落ち着かせるのに成功していた。

     そんな凛の思考など露知らず、無事に落下したぬいぐるみを拾い上げた潔は立ち上がるとニコニコと心からの笑顔をこぼし、凛を見上げる。
     「ありがとな。凛がこういうのも得意って知らなかった」
     「……別に」
     手に持ったぬいぐるみの頭を穏やかな表情で撫でる潔は、フィールドで戦っている時とは全く違う。
     こんなにも振り幅が大きい人間を凛は今だかつて見たことがなく、そのせいで自分まで狂わされているのだと屁理屈を並べ立てながら、凛は潔が持っているもう片方のぬいぐるみの頭を掴んでいた。
     思いの外ふかふかとした感触が指に伝わる。てっぺんには布の切れ端が申し訳程度にくっついていて、それで独特の癖毛を表現しているらしい。
     想像していたよりもさらりとした質感の布は未知の触り心地で、掌に収まるサイズのそれを優しく撫でたくなるのと握り潰したくなるというめちゃくちゃな思想が凛を支配しそうになる。
     でもやはり凛の残った理性がそれを止め、代わりにさも当然の要求であるかのように潔の持っているぬいぐるみを指差し呟いた。
     「そっちはくれてやる」
     「……え?」
     「タダで渡すなんて言ってねぇだろ」
     フン、と鼻を鳴らした凛を呆然とした顔で見上げた潔は凛の手の中に居るぬいぐるみへと視線を向けると、また凛へと目を戻し何度か瞬きを繰り返す。
     「交換って事? それはいいけど、俺のぬいぐるみだぞ……?」
     「あ? だからなんだよ。自分の持ってたってしょーがねぇだろ」
     「……そ、そういうもんなのか……?」
     戸惑いながらもどこか温かみを帯びたブルーが凛だけを見つめている。

     少し考え込むようにしてから、さらに一歩、凛へと近づいた潔がクスリと笑って囁く。さして大きくもない声の筈なのに、周囲の音に馴染む事なく潔の言葉は一字一句違えずに凛の鼓膜にしっかりと届いた。
     「ちゃんと大事にしてくれるなら、いいよ」
     忠告めいたセリフの割には唇に浮かんだままの笑みは柔らかくて、さらに瞳のブルーに少しだけ入り交じった感情は凛には読めない。
     大量の砂糖の塊をどろどろになるまで溶かしてまぶしたような瞳は凛がこれまで見たことの無い潔で、解析不可能。
     その甘そうな青色にかじりつきたくなる衝動もまた、凛には初めての経験で、脳天に春雷を落とされたかのように凛は一歩も動けなくなった。
     「凛? どうした?」
     学ランの腕を掴んで不安げに凛を見つめてくる潔は、そんな凛の挙動をいち早く察知して声をかけてくる。
     ようやく呪縛から解放された凛は、未だに形容しがたいふわふわとした空気が辺りを覆っているような気がして、咄嗟とっさに潔の形をしたぬいぐるみを学ランのポケットに押し込んでいた。
     「あ! 大事にしろって言ったじゃん!」
     「うるせぇ。もう俺のモンなんだから好きにする」
     「ったく……しょーがねぇ奴だな」
     しかしそう言いながらもまだ凛の腕を離さない潔は、学ランの生地を確かめるように指先を緩やかに上下させる。
     固めの布地の上からでも伝わる異物感がぞわりと凛の背筋を震わせるが、なんでもないフリをして潔の頭頂部に生えた本物の癖毛が動く様を眺めて気を落ち着ける事にした。そのついでに憎まれ口もひとつ叩いてみる。
     「……貧弱なお前より太いから気になんのか?」
     「はぁ? 違うし」
     「じゃあなんなんだよ」
     凛が「触るな」と言えば、潔はすぐに離れてしまうだろう。だからこそ凛にしては配慮して発した問いかけに、何故か気恥ずかしそうにしながら答えを探しているらしい潔に凛は困惑する。

     何か思う所があるから触ってきている筈なのに、理由をハッキリと言えないのはどういう了見だ? ましてや、普段は凛が驚くくらい真っ直ぐになんでもぶつけてくるというのに。
     「……お前の制服姿、初めてちゃんと見たなって。……そう思っただけ」
     ぼそぼそと腕に触れながらそう言った潔は凛のぬいぐるみを必死に取ろうとしていた時とはまた違うものの、頬を紅潮させていて、確かに恥ずかしがっている。
     そんな事言うならお前のブレザーだって、と凛が言う前に遠くから潔を呼ぶ蜂楽達の声が聞こえて、互いに視線だけが絡んで離れていった。
     「俺、呼ばれてるからもう行くわ。……それ、ちゃんと持ってるか今度抜き打ちチェックするからな!」
     どこか名残惜しさを感じさせる手付きで凛の腕から指を離した潔は、持っていた凛のぬいぐるみをブレザーのポケットにしまいこむ。
     そのまま普段通りの小生意気な笑みを浮かべた潔は、凛の膨らみを帯びた学ランのポケットを一度指先で軽く押してから風のように立ち去っていった。
     「……うざ」
     凛の囁きは当然ながらゲーム機の音に掻き消されて潔には届かない。
     しかしその囁きとは違い、ポケットの表面を撫でる凛の指先はひどく優しかった。


     ──その後、無事に恋人関係にまでなった凛と潔が互いのぬいぐるみをずっと大切に保管していた事を知るまであと数年。
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