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    SS置き場
    ある程度溜まったら支部に置きます

    ☆quiet follow
    POIPOI 129

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    ☆quiet follow

    凛潔/喧嘩をキスで解決する二人

    キスミー・テルユー 耳を通り抜けていった言葉に凛は驚きで目を見張り、さらにはマリアナ海溝よりも深い溜息を吐き出しそうになってどうにかそれを押し留めた。
     どれだけとんでも理論だと感じようが、凛の中に途方もない呆れが浮かぼうが、頬を膨らませ本気で睨みつけてくる潔の姿を見てしまっては、流石の凛でも白旗をげざるを得ないからだ。
     「聞いてんのかよ!」
     「……マジで言ってんのか」
     「マジだって言ってんだろ。分かったなら返事」
     釣り目気味の瞳をさらにとがらせても、昔から変わらず童顔な潔は全然怖く無い。
     しかしながら、凛にとって人生で初めて"オツキアイ"している恋人──恋やら愛という響きを聞くだけで鳥肌が立つレベルの恋愛コミュ障だった凛が唯一無二だと認めた相手である──潔は、凛にそんな風に思われているとは露知らず、さらにドスをこめた声で呟いた。
     「期限は一週間。一日一回は最低でもして貰うから」
     「ッチ……別にヤってる時はいくらでもしてやってんだろ」
     「……お前、その発言本当に最低だからな」
     海のように深みを帯びたディープブルーがひんやりとした冷たさを帯びているのに気が付いて、流石に口を噤んだ凛は目の前で能面のように表情を失くした潔の頬に急いで手を当てる。
     凛は潔のほとんど全ての表情を愛していたけれど、深々と降り積もっていく雪夜を思い出させるその瞳はあまり好かない。
     だから、表層に積もったしもを取り払うようにゆっくりと顔を寄せると、柔い唇へとついばむようなキスを落とした。
     「……これでいーのかよ」
     「うん……へへ……凛からキスされんの、やっぱ良いかも」
     それこそリップ音すらも立てないキスだというのに、途端に潔の瞳には温かな春が訪れる。桜の花弁のように慎ましくもついつい見惚れる笑み。
     凛はこれまで何回も繰り返してきた潔とのセックスよりもはるかに恥ずかしさを覚え、どうにか平静を装う為に片手を口元へと運ぶと潔から目線を外した。
     「じゃあ、約束な!」
     そのままニコリと笑って機嫌を直したらしい潔は、とたとたと軽やかな足取りで凛の元から離れていく。
     自由奔放過ぎて呆気に取られる凛の事など気にも止めず、さっさとドアを開けて出ていった潔は、どうせ散歩がてら近所のマーケットかコンビニにでも行くのだろう。今度こそ凛は一人深い深い溜息を吐いていた。


     凛と潔が恋人関係に収まるまで、そこには大変な事件が多数存在していた。
     何故なら、恋人になる前に肉体関係を持ってしまったからだ。宿敵ライバルとして戦った後に試合の熱に浮かされてセックスをする関係にスライドするのはさほど難しくは無かった。
     けれど凛にとっては相手が潔だったからであり、宿敵ライバルという立場だけではなく、さらに潔の人生を縛る事が出来る立ち位置になりたいという若干歪んだ愛着からくる欲求をぶつけただけ。
     しかしその頃から既に潔は凛が好きだったらしい。らしい、というのは少し前にお互いに審議を重ねた結果、これまでの全てをさらけ出す機会があったからだ。
     その際にぐずぐずと普段はけして見せないような涙を零して凛に縋った潔は『ずっとずっと好きだった』と凛に告げた。
     そんな風に言われてしまえば、恋人になるのもやぶさかではない。
     というよりも、凛にしてみればどうでも良い男を好んで抱くほど暇人では無かったからだ。さらに言えば、凛の持っている執着は潔よりもよっぽど深く強く激しい事を凛自身が自覚していた。

     しかし始まりが始まりだったのもあって、段階を色々とすっ飛ばしてしまっている凛は、潔の身体のどこにいくつ黒子ホクロがあるのかを知っていても、手を握るタイミングだとか、それこそ恋人になった潔に対してどうやって接していいのか未だ距離感を掴みかねていた。
     そんな恋人らしさの片鱗すら見せない凛を最初は受け入れてくれていたものの、潔がついに業を煮やし、別れる別れないの大喧嘩に発展したのだ。
     凛としては潔と別れる気は一切ない。寧ろ『別れる』と言った潔もきっとそうだったのだろう。
     互いにヒートアップした喧嘩の中でも、潔は妙に冷静で凛はそれが逆に嫌だった。お前、俺が好きだって言って泣いてたくせに。そんな風にすら思った。

     けれど話し合いの上で、潔が不安がっている理由は全て自分のせいだと理解した凛は、潔の出した条件を受け入れるしかないと察したのだ。
     【一週間、毎日凛からキスをすること】──そんなアホくさい約束。
     本当は毎日『愛してる』と伝えるように言われたが、それは流石に無理だと突っぱねた。
     ちょうどオフシーズン真っ只中なのもあって、凛の暮らすフランスまでやってきた潔はしばらくここに滞在する。
     その間は潔を独占できると柄にも無く凛は浮かれていた。それなのにこんな事で喧嘩別れになってしまっては、もし何か事件事故に巻き込まれて仮に死んでも死にきれない。
     たかがキスをするだけ。それで潔の心を繋ぎ止められるのならば、羞恥心など二の次だ。
     そう思いながら、凛は先ほどの潔の微笑みを思い返していた。

     □ □ □

     一日目 起きてすぐの潔の頬に軽いキスをひとつ。
     二日目 一日目と同じく朝と、それから夜寝る前に一回。
     三日目 朝晩に加えて、散歩に行く潔に『気をつけろ』という意味でもう一回。
     四日目 朝晩しなかったかわりに、セックスの間、ほぼずっとあえやかな声を立てる唇を塞いだ。
     五日目 腫れぼったい瞼と気だるげな表情をしている所に、労わるようなキスを数えきれないくらいたくさん。
     六日目 凛からのキスを自分からさらに求めてくるようになった潔の欲するがままに。

     そうして七日目、凛はすっかり自分からキスをするという状況を受け入れていた。
     というよりも、生まれながらに立派な日本男児である凛にしてみれば、フランスに住み始めたからといって、すぐに歯の浮くような愛の言葉を囁ける筈も無い。
     だったら抱き心地の良い潔をとっ掴まえて、そのまろい頬や柔らかな唇にキスをするだけで許される方が楽だという真実に気が付いたからだ。
     さらには最初は嬉しそうにはにかみながらも余裕めいていた潔が、どこか期待するような熱っぽい視線と共に凛からのキスを待っている姿も悪くなかった。



     「……凛、今日は何時に帰ってくんの」
     いつもの場所に置きっぱなしにしている腕時計をつけている所へかかった声に振り向く。
     持ってきたスウェットは洗濯中なのもあって、凛の着古したパーカーを部屋着として着ている潔は、どことなく淋しそうな表情で凛を見上げていた。
     今日は珍しくフランスまで来ているという冴と会う約束をしていた凛は、そんな潔を見ながら着ているジャケットの袖口を整えつつ答える。
     「だからお前も一緒に来ればいいだろうが」
     「いやいや。久々の兄弟水入らずだし、二人でゆっくりしてこいって」
     「……別にアイツと会ってもそんな喋んねぇよ」
     「えー? そうなのか? まぁどっちともあんまり話題振るタイプじゃないもんなぁ」
     喋る事が無いというのは半分本当で半分は嘘だ。
     最近はようやく普通に面と向かって話せるようになった冴と凛の話題は、もっぱらサッカーと潔の事だった。
     凛の憎悪の源となっていた冴は、誰に聞いたのでも無く、最初の頃から潔と凛の関係性を察していた。
     まさかの事態に凛は動揺したが、シレっとした表情で『分かりやすすぎる』とだけ吐き捨てた冴に、まさしく清水の舞台から飛び降りる覚悟で他の誰にも出来ない恋愛相談を持ち掛けてからというもの、何となく関係が進展する度に冴に潔との事を報告していたのだ。
     ちなみにそれを潔は知らない。だから今回冴から連絡があった時、潔も連れて行くつもりだったのに、潔は『邪魔したら悪いから』の一点張りで結局約束の日になってしまった。
     珍しく遠慮しておいてそんな淋しそうな顔をするくらいなら、いつもみたいにくっついてくればいいものを。
     「潔」
     「なぁに。……んっ……」
     手招きすれば、何の疑問も無く近づいてくる潔の腕を引き寄せてその額に唇を押し当てた。
     それから伏せられた瞼と、鼻先。下っていった先の唇まで一通り辿ってやれば頬を紅潮させた潔が体にしがみついて見上げてくる。
     最初のうちは擽ったいだの、新鮮な気分だのいちいち感想を洩らしていたというのに、すっかり凛からのキスを心地よさそうに受け入れている潔を見ていると、心が様々な感情で満ちていく。
     しかし胸元に押し込まれていた潔が急に大きなため息を吐いたかと思うと、顔が見られないくらい凛を強く抱きしめる。
     背中に回った腕は振りほどこうとすれば出来る程度の力強さだったが、こうして潔が真正面から抱き着いてくるのはあまり無かったのもあって、凛はどうしたらいいのか分からずに両手を浮かせたまま潔の反応を待つしか出来なかった。
     「……うー……」
     「……おい」
     ぐりぐりと顔を押し付けて唸り声をあげるだけの潔の髪をとりあえず撫でる。
     そのまま顔を上げさせても良かったが、その前にくぐもった声が凛の胸元で響いた。
     「一週間にしなきゃよかったなぁ」
     一体なんの話をしているのか、理解が及ばない。
     しかし黙り込んだ凛の顔を見る事も無く、さらに言葉を紡いだ潔は自分を責めるような声色へと変わっていく。
     「……本当は普通に笑って送り出したいのに、今日で終わりだと思うと時間勿体なくて行かせたくないなって……」
     「……は……」
     「……なーんてな! ごめん、変な事言ったわ。気にしないで早く行ってこい!」
     パッと顔を上げた潔の表情は明るい。けれど冗談には到底聞こえなくて、凛は思わず舌を打った。

     ピッチの上では周りが引くくらいエゴイストなのに、妙な部分でワケの分からない気の使い方をする潔は未だ理解しきれない部分が多い。
     一週間という期限をつけたのも、キスをしてこいと命令してきたのも全部潔だ。
     そうして本当に面倒くさくて嫌だと思ったら、凛はやらない。したくない事は基本しない。サッカーに関係しないならなおさら。
     だが、そうしないと潔が離れてしまう可能性がカケラでもあるのなら、凛は努力を怠るつもりは無かった。
     この一週間与え続けてきた潔へのキスは、凛から潔に向けた、愛の感情そのものだったというのに。

     凛は潔を抱きしめたまま、ジャケットのポケットにしまい込んでいたスマホを取り出すと片手だけで画面を操作する。
     すぐさま出てきたメッセージアプリから相手を選択して通話ボタンを押すと、数コールの後に繋がった。
     「もしもし、兄ちゃん?」
     『……あ? どうした』
     「今日、潔も連れて行っていいか」
     『俺は別に構わねぇが……なんかあったのか』
     電波越しに聞こえる平坦な声が鼓膜を揺らす。
     その会話の合間、呆気に取られた様子の潔は息を潜めたまま凛が次に何を言い出すのかと見守っているようだった。凛は特に顔色ひとつ変えず潔を一瞥いちべつする。
     「改めて紹介しようと思って。……俺の恋人として」
     「!? なッ、ばか、バカバカなに言ってんだよ凛!!」
     「るっせぇな。お前がいつまでもうじうじしてっからだろ」
     途端に慌てふためく潔とのやり取りはしっかりと冴にまで届いたのか、はぁ、というため息が聞こえてくる。
     『……勝手にしろ。だが、待っても三十分だ。それ以上は待たねぇ』
     「分かってる」
     『じゃあな』
     ぷつりと通話がきれる。こんな茶番に付き合わされるとは思ってもみなかっただろうに、それでも待ってくれるという兄の優しさを感じながら凛はわなわなと震えている潔へと視線を落とした。
     こうでもしなければいつまで経っても、この男は自分の立場というのを理解しそうに無かったからだ。
     「おい、早く支度しろよ。アイツは本当に三十分きっかりしか待ってくれねぇんだから」
     「お、おま……冴に知られちゃったじゃん! どーすんだよ!」
     「別にどうもしねぇだろ。元から知ってるしな」
     「……へ、……なんで……知ってんの? えっ……嘘……」
     「お前だって俺との事をオカッパやらに相談してただろうが」
     ひたすら動揺しっぱなしの潔は、ハクハクと金魚のように口を閉じたり開いたりを繰り返している。
     掴まれたジャケットは皺が寄っていたが、それを見つけてもなお、凛はその手を外させようとは思わなかった。
     かわりに潔の顎先を掬い上げ、これ以上の問答は不要とばかりにその唇を塞ぐ。
     ゆっくりと離れた後には、今にも泣き出しそうな顔をした潔が立っていた。
     「それから、お前がこうしないと別れるとかくだらねぇ事を言うなら、別に一週間じゃなくたっていい。期限なんざあって無いようなもんだろ」
     「……うぅ……どうしよう、俺ちょっと今……キャパオーバー過ぎて……」
     「……テメェがこうなるように仕向けたんだろうが。慣れろ」
     「だって……んむ……」
     あぁもう面倒くさい。凛はまたしても何かを言おうとした潔の唇を塞いだ。
     舌までいれてやっても良かったが、流石にそれはせずに何度も何度も軽い音だけを立てて口づけてやる。

     潔が凛の愛情を疑う度に、どうして信じないのかと凛は思う。
     誰よりもこちらの心を振り回して揺さぶって、一番奥深くに根を張っているというのに、本人にはその自覚があまりにも無いのが凛には信じられなかった。
     勿論、伝える方法を知らなかったのもあるが、今は潔が求める手段で求めるだけ与えてやっているのに。
     「いいから早く支度しろ。……分かったな?」
     ようやく離れた凛が耳元で囁く言葉に、今度こそ頷きだけを返した潔はふらふらと凛の腕から離れて慌てて着替えをしに寝室の方へと向かう。
     その後ろ姿を見ながら、凛は腕時計を確認しつつ、道中で冴に渡す土産でも買っていくべきなのだろうかと律儀にもそんな事を考えていたのだった。
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