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    凛潔/子犬と凛潔

    UwU ふわふわとした丸っこい毛玉がいたるところに転がっている。
     凛のこの場所に対する第一印象はそんなところだった。
     しかし毛玉ひとつひとつは驚くほどの軽快さで、別の毛玉に飛び掛かったりそこそこ広い空間を駆けまわったりと忙しそうだ。
     恐らくは小型犬から中型犬。しかも本当にパピーと呼ばれるくらいの年齢の犬たちがそれぞれ好き勝手に走り回る空間で、凛はただ息を潜めてどうするべきかを思案していた。
     「うわ、やっばぁ……!」
     そうして凛の隣に立っていた潔は黙ったまま立ち尽くす凛とは正反対に、いつも以上に口元を緩ませてから声を上げる。
     ついでにためらいも無く一番近くの子犬に近寄っていくと、その場にしゃがみ込んで薄茶色のトイプードルの毛並みをわしゃわしゃと撫で始めた。
     最初は潔の指先を甘噛みしていたその犬が潔の前でくねくねと身を捩らせながら腹を出して寝そべりだした辺りで、凛はようやくジッと潔の横顔を見ていた自分の瞳を周囲へと動かす。

     周囲には仰々しいカメラがいくつかと、音声をとる為のマイクなどが多数並んでおり、ごちゃごちゃとしたスタジオ内ではスタッフ達が忙しなく動き回っている。
     子犬同伴でインタビューをされる仕事とは聞いていたものの、ここまで自由になっているとは知らなかった凛にとっては困惑の方が大きい。
     "青い監獄ブルーロック"プロジェクトの中でも特に集金を目的としたBLTVという企画は驚くほどに大成功を収めていた。だからなのか、常にストライカー達には仕事が舞い込んでくる。
     それらはサッカーに関連する事だけでは飽き足らず、飲食店コラボやコスプレじみた格好をさせられたりと凛にしてみれば散々な経験を積まされたせいで、もはや慣れたものにすらなってきていた。
     そんな中で言い渡された今回の仕事──それは保護犬に囲まれながら自分たちの事を語るというもの。
     犬に囲まれている自分たちを見て、一体なにが面白いのか。凛には何ひとつとして理解出来なかった。
     しかしこの檻に囚われている以上はどれだけ文句を言おうとも、拒否権などあってないようなものだ。
     その上、一緒に仕事を受けるメンバーは潔だけだと聞いて余計に何の罰ゲームなのかと頭を抱えそうになった。
     何故宿敵ライバルである潔と一緒に犬を抱えながらインタビューなど受けなければならないのか。端から見れば心温まる情景なのかもしれないが、当事者の凛にとっては悪夢以外のなにものでもない。

     だが、そんな凛の葛藤など微塵も知らない無邪気そのものの形をした白い毛玉がぽてぽてと近づいてくるものだから、凛は思わず眉根をしかめていた。
     左右に揺れながら歩いてくるそれは、恐らくだが潔の手であやされている犬種と同じだろう。
     スニーカーを履いている凛の前までやってきたその犬は、黒くつぶらな瞳を凛へと向けた。
     だが、あまりにも凛が巨大すぎるが故に生き物とは認識していても目線までは合わない。かわりに毛に埋もれがちな鼻先をひくつかせ、スニーカーの紐をかじり出す。
     「……おい……」
     咄嗟に足を引こうとしたものの、自分の小ささなど知りもしないらしいその子犬はじゃれているのか必死で靴紐の先端を引っ張っている。
     かかとを持ち上げないままわずかに後ろにしてみても、逆に前に動かしても、子犬に離れる気は無いようだった。
     しかも紐を離した時に逃れようにも、今度は生えているのも分かり難いくらい短い前足で凛の足を生意気にも抱え込もうとしてくる。
     どうしたものかと悩んでいる合間に今度は別の犬種──恐らくチワワやらミニチュアダックスやらが一斉に凛を包囲していた。

     前両足をジャージの生地に引っ掛けてよじ登ろうとしてくる犬もいれば、他の犬がちぎれんばかりに振っている尻尾にじゃれつき顔をぶたれているものもいる。
     フィールドは戦場であり殺し合いなのだと激しい主張と殺意を滲ませながらも全てを支配する凛にとって、他人をぎょする事など容易い。
     だが、意思疎通も出来ないコロコロとした毛玉たちの扱いはとんと分からなかった。
     「いさぎ……潔……!」
     「え? あは、凛、めっちゃ懐かれてんじゃん」
     「笑ってないでどーにかしろ」
     「どーにかって言われても」
     いつの間にか腕の中に薄茶色の犬を抱きかかえている潔が近寄ってくる。しかも満面の笑顔で。
     今すぐその笑みを止めろと声を荒げそうになるが、その前に足元で紐を巡っての小競り合いが発生してそれどころではなくなってしまう。
     「あー、ほらほら。ダメだよ」
     子犬とはいえ吠えればそれなりの声量はあるからか、少しだけ声を張り上げた潔は抱きしめていた子犬を地面に下ろしつつも、凛の足元へとしゃがみこんで両手でうまい具合に暴れていた二匹を引き剥がす。
     そのうちに両方ともアジの開きのように全身をさらけだしている格好になって、凛はその一部始終をただ黙って眺めるだけだった。
     だが、扱い方のコツをすぐに理解出来るくらいに凛の学習能力は高い。要は力加減さえ間違えなければいい。
     「ふは、本当にやんちゃなやつばっか」
     潔の周辺には自分も撫でて欲しいのかさらに尻尾を振って纏わりついて来る子犬がその綿毛じみた毛を揺らしてうごめいている。
     その中心で上機嫌そうに髪の双葉を動かしている潔が不意に顔を持ち上げた。

     パチリとあう瞳は丸くて大きい。凛にとって潔という人間を識別するのに一番重宝するパーツは、その青く輝く瞳だった。
     「凛って犬、苦手なのか?」
     まさしく犬みてぇなやつが何か言っている。ぼんやりとそんな風に思いながら、言葉を選ぶ。
     犬派か猫派かなんて質問は往々にしてよくあるものだが、別に凛はどっちでも良かった。
     放っておいても良い猫は扱いが楽だろうし、自分の命令を忠実にこなすという点では犬も悪くはない。
     動物ならフクロウが一番好きだが、その理由は瞳が凛にとっては印象的だからだ。
     「別に、普通」
     「そーなんだ。なんか犬より猫派かと思ってた」
     「勝手に決めんな」
     「聞いただけだろ。よかったなあ、お前たち嫌われてないってさ」
     凛の答えにさらに雰囲気を柔くさせた潔はそのまま胡座あぐらを掻いて、あっちこっちの犬の頭を撫でまわしている。
     そんな潔の周りでは我先に膝に乗っかってやろうとする子犬たちがわちゃわちゃとその短い胴体と手足を使って、全身で喜びを表していた。
     「凛も座ったら? お前おっきいから目線近い方が怖がらせなくていいんじゃない」
     「……なんで、俺が」
     「この時間で犬たちに慣れとけって言われたじゃん。それにこんないっぱいの子犬に囲まれる体験なんか中々出来ないぞ」
     そう言いながら膝上に乗ってきた犬をひっくり返し、その両手を掴んで手招きをするように凛へと向けた潔は、いつもより半オクターブほど高い声で凛を呼んだ。
     「おいでおいでー、凛くん」
     「うぜぇ」
     「もぉ、すぐうざいとか言うんだから……悪口ばっか言う奴はダメだよなー?」
     いつもよりよく笑う潔にこめかみが痛む。しかし何を言ってもからかわれる要素にしかならないのを自覚した凛は、舌打ちだけをこぼすと潔の目の前に同じく胡座あぐらで座り込んだ。

     途端によちよちと集まってくる子犬の群れは、人間に対する恐怖など微塵もない。
     怯えや暑さ寒さという苦境に立たされた事の無いであろう毛玉たちは、我先にと凛の膝の上に乗っかってくる。
     その中でも真っ先にベストポジションを獲得した茶色の豆しばは、前足で凛の足の隙間を引っ掻いては存在しない地面を掘ろうとしてきていた。
     犬の本能なのか、それともただ遊んでいるだけなのか。
     凛には検討もつかなかったが、服の生地越しに微かに伝わる温度は確かに他の生き物である事を認識させてきて、珍しく落ち着かない気分を収める為に好奇心旺盛な犬の頭に触れた。
     ふわりとした感触に加えて、湿った黒い鼻。凛の爪先を躊躇ちゅうちょなく舐めてくる小さな舌はぬるい。
     少しでも力加減を間違えれば、この無垢な命はあっという間に消え去るのだろう。
     「そいつ、凛に懐いてるのかな?」
     ゆっくりと座ったまま器用に近づいてきた潔の肩先が凛の腕に当たる。ついでに伸ばされた指が凛の膝上に乗ったままの子犬の顎を柔らかく撫ぜれば、安心しきったようにキュウと甘ったれた鳴き声がもれた。
     「かわいい。……な、凛もそう思うだろ」
     同意を求めながらも凛のすぐ傍らで見上げてくる潔の瞳と、何も分からないのだろうつぶらな瞳をした子犬の目がほぼ同時に凛を虹彩の中央に据える。

     モヤつきともムカつきとも異なる感情が凛を支配しかけ、最初の一文字を言う前になんとか思いとどまった唇からは空気だけが吐き出された。
     かわりに凛が伸ばした手は潔の丸い頭を包むように一瞬だけ置かれてから、ぐしゃぐしゃと強めにかき混ぜていく。
     「わ、っちょ、っとッ……なにすんだよ……!」
     泡を食ったように慌てふためく潔を尻目に、充分に潔の黒髪を乱した凛は心なしか満足げな顔をしていた。
     「目の前でぴょこぴょこ鬱陶しいんだよ」
     「……さすがにそれは意味分かんねぇって……」
     「文句言うなクズ」
     「……はぁ……?」
     流れるような罵倒に唖然あぜんとしている潔など露知らず膝上に乗ったままの子犬は、凛の手を当たり前のように享受きょうじゅしている。
     しかしまだ生え変わっていない歯で噛み付くのだけはいなされ、そのままの勢いで転がされた犬はハフハフと興奮した様子で大きな掌にもてあそばれるがまま。
     かき乱された髪を整えた潔はその手つきを見ながら、感心したように呟いた。
     「あれ? なんか犬の扱いうまいのな。意外」
     「意外ってなんだ」
     「まぁでも、流石の凛も小さい動物には優しいか」
     特に深い意味はなく発せられたのであろう言葉に、瞬きを何度かした凛は特に返答もしないまま膝上の犬へと目を向ける。
     まだなにも知らない命。ただ純粋に凛の手を信じきっている。
     それから横目でさりげなく視線を向けた凛は、同じように膝上にいる犬を撫でてあやす潔の横顔をなぞる。
     似ているようで、全く違う。そう見えるのはガワだけで本質は犬なんかよりもずっと狂っていて、いつその鋭い牙が向けられるかも分からない獣。
     愛でるだけなら、忠義を重んじる犬の方がいいのかもしれない。
     でも、それだけでは到底満足出来ないのだと今更ながらそんな事実を理解して、凛は大きな舌打ちをこぼしていた。

     □ □ □

     『コイツを……潔をぶっ殺して、俺が世界一になる』
     『……そのまま返すぜ、凛』
     【現時点での一番の目標は?】という問いに、迷いなくそう答えた凛の隣に座る潔の青い瞳に剥き出しの闘争心が滲む。
     ともすれば一触即発に見える物騒な言葉の応酬とせめぎ合う殺意──だが、それらを払拭するように潔と凛の周辺に居る子犬が飛んだり跳ねたりの大騒ぎを繰り返していた。
     『あいつら喧嘩してる! 凛、止めろ!』
     『……あ? どこだよ』
     『ほら、あそこ』
     『じゃれてるだけだろ』
     『そーなん?』
     『見てりゃわかる』
     『なんだぁ。じゃあ大丈夫か』
     途端に表情を緩ませた潔は、その間に膝に乗ってさらには胸までよじ登ろうとしてくる子犬に顎先を舐められてケラケラと笑い声をこぼした。
     さらには、まるで千手観音のように周りにいる犬を両手で素早く捌ききる凛の姿。
     
     その動画がBLTV公式チャンネルでWEB配信されるやいなや、あっという間に五十万回再生を突破し、語る夢の物騒さに似合わず年相応な無邪気さを持つ潔と、人を寄せ付けない冷たい雰囲気をまとう凛が甲斐甲斐しく犬を遊ばせる様子のギャップは世間を大いに賑わせ話題になったのだった。
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