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    ミラプト/別れを選んだ二人・テジュンに戻ったプ/もしかしたら続くかも

    落花流水 例えば、ふわりと揺れ動くカール掛かった前髪の奥から見えるヘーゼルの瞳。
     太陽の光の下でキラキラと輝くその瞳が俺を見て細まる様は美しかった。
     例えば、俺よりも広い掌から伸びる節くれだった五本の指先。
     見た目の武骨さとは違い、丹念に研かれた爪とエンジニアらしく器用さを持ったその指が魔法のようにカクテルを作る手順。
     例えば、厚みのある唇から紡がれる軽やかさと甘さを含んだ声色。
     元からある甘さをさらに煮詰めたような掠れを帯びた声で俺に向かって愛を囁くアイツの姿を思い出す。

     忘れる事なんて出来ないんだと、そう思ってからもう三年が過ぎた。
     俺は今年も見馴れた木の下に立ち、五枚の花弁で構成された花が、時折吹きすさぶ風によってその姿をハラハラと散らすのを見上げる。
     薄紅の花弁はほんの僅かなそよぎですらも負担になるのか、その美しい姿を刻一刻と変えていく。
     それが無性に惜しくなって、デバイスを外してから暫く経つ未だ見馴れぬ自分の手がゴツゴツとした幹を擦った。

     『お前は生きることに対して真剣に考えすぎる』そんな風に言ったアイツの呆れたような顔が目蓋の裏に残っているのに安心している自分を感じる。
     ――――まだ、忘れたくない。

     無自覚に立てた爪が、ザリ、という音と共に桜の幹を傷付けそうになるのを手を離す事で止めた。
     人は忘却と喪失を繰り返して生きる動物だ。
     忘れたくない過去を忘れて、覚えていたくない記憶ばかりが脳内に焼き付いて離れない。

     あの男の幸福だけを今も祈っている。

     最後に別れた時の、悲しそうな顔をしながらも笑ったアイツの表情が少しずつぼやけて輪郭を失っていく。
     提案したのは俺で、選んだのはアイツだった。
     『さよなら』なんてありきたりな言葉を吐き出さなかった男は、代わりに『またな』とだけ言った。
     終わりなんて、随分と呆気ないものだ。
     そんなのは分かっていた筈なのに、生きることの意味を、希望という言葉を、教えてくれた男の影を今もどこかで追っている。
     自分から捨てたクセに、忘れたくないなんて身勝手さがいつまでも心を縛り付けている。
     別れに泣くことは一度も無くても、あの美しい男が当たり前のように傍に居てくれた日々が緩やかに散る桜のように毎年薄れていくのが怖かった。
     そう仕向けたのは全部、俺だというのに。

     それでもなお、アイツと最後に話した場所に植えられた桜の木がその身を変化させる季節になると、どうしたってこの場へと足が向いた。
     消えていく思い出をかき集めるように、降り落ちる桜の花弁をただ、見つめるだけ。
     そうする事で、春先にも関わらず凍えそうな心を落ち着かせたくて。
     「……また、来年」
     離れた指先の向こう、力強く生きる生命にそう一つだけ囁く。
     春めいた陽射しの中でその身を散らしても、けしてその本体が消えてしまうワケでは無い。
     それが何よりも俺にとっての救いのように思えた。

     近頃、再び履くようになった革靴を纏った足を動かして、後ろを振り向く。
     これでまた一年、きっと俺はアイツの記憶を宿したままでいられる。
     アスファルトに散る無数の淡いピンク色によって出来た絨毯を踏んだ足は、もう振り向く事は無い。
     着ている薄茶色のコートの裾が風によってはためく中で、俺は自分の居るべき場所への道を再び進み始めた。
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