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    ミラプト/引退後の二人・朝食ネタ/糖度高

    ※ミラプト引退後妄想
    いつも以上にねつ造です、大丈夫な方だけどうぞ

    欲しいもの全部あげる カーテンの隙間から射し込む光の筋が眠っていたテジュンの目蓋を撫でる。
     ふるりと揺れた睫毛の下から現れた黒い虹彩は何度目かの瞬きの後にようやくしっかりと開かれ、それと同じくやや厚みのある唇は起き抜けの大きなアクビを一つ洩らした。
     窓の外では既に人々の生活が始まっている為に、微かな車の音が聞こえる。
     白く乱れたシーツの波間に埋もれていたテジュンは、横たえていた身体をゆっくりと起こしがてら、襟首がよれたTシャツと着古したスウェットというラフな格好のまま両腕をよろよろと突き上げた。
     パキリ、と骨が元の位置へと収められた音に呼応するように、隣を見遣ったテジュンの視線の先にはもぬけの殻となったもう一人分の痕跡が残されている。そこに手を伸ばし触れたテジュンの指先に伝わる温度は冷たい。
     ベッド横にあるサイドチェストに置かれた時計の時刻は午前九時過ぎ。
     そっと身体を動かし、スリッパを履いたテジュンは微かに開かれたカーテンを開けないまま寝室のドアへと向かった。
     そのまま廊下へと出たテジュンは、すぐ傍らにあるバスルーム兼洗面所へと続くドアを開く。

     そこそこの広さを有した洗面所には小窓があり、そこから射し込む光によって美しく磨き上げられた洗面台と鏡面が輝いている。
     鏡に映る少し伸びた髪と、まだ眠そうな自身の顔を見たテジュンは、いつも通りに蛇口を捻って水を白磁の洗面台へと流し込み、両手で冷たいそれを掬ってから腰を屈めた。
     パシャリと涼やかな音を立てて顔に掛かる飛沫が、留めずにいた目元までかかる前髪の毛先とデバイスを取り付けなくなって久しい喉仏を濡らす。
     そうして再度顔を上げたテジュンはもう寝惚けた目をしておらず、壁面にかけられたタオルで顔を拭うと洗面所を後にした。
     洗面所を出た先の廊下の壁には額縁に収められた何枚かの集合写真と、ピンクの色使いが特徴的な小さな絵が飾られており、見慣れたそれらを横目に仕事部屋のドア横を抜けてさらに先へと進む。
     そうしてスリッパでフローリングを擦る音を響かせながら、ダイニングへと続くドアの前に立つと向こうから微かなコーヒーの匂いを受け取ったテジュンは、他に誰も居ない空間で無自覚に微笑みを浮かばせた。

     しかしすぐにその顔を収めてからダイニングキッチンへと続くドアを開いたテジュンの耳には、何かが焼かれているのか油の跳ねる音が聞こえ、先程感じられたコーヒーの匂い以外にも様々な匂いがまだ意識のハッキリしていなかったテジュンの腹の虫を呼び覚ます。
     そうしてキッチンの前では白のワイシャツとネイビーのスラックス姿のエリオットが忙しなく働く後ろ姿が見えた。
     「おはよう、エリィ」
     そう僅かに掠れた声で言ったテジュンの方向へと顔だけを向けたエリオットの目元が柔らかく笑い皺を作る。
     「おはよう、テジュン。今日はそこそこ早起きだな? 自分で起きてきたし」
     「皮肉か?」
     「冗談だって。もう出来るから座っとけ」
     そうして唇を開いたエリオットの声を聴き終わる前にダイニングに置かれた二人掛けテーブル横のチェアに座ったテジュンは、慣れた様子で既につけられたテレビ画面へと視線を向ける。
     朝のニュースは終わっており、今はアナウンサーがソラスに出来た今後流行りそうな新しい店舗を順々に中継先から紹介していた。
     「ほーら、どうぞ」
     「ありがとう」
     コトリという音を立ててテジュンの前に、ワンプレートに乗せられた朝食とフォーク、ナイフが置かれる。
     白いワンプレートの上にはツナとアイスプラントのサラダに、ふんわりとした湯気の立ったオムレツとハム、薄めにスライスされて焼かれたライ麦パンが二切れ。
     さらにその横にはネッシーの絵がプリントされたマグカップが当然のようにコーヒーが淹れられた状態で添えられる。
     だが流石にテジュンはそれにすぐさま口をつけずに、エリオットが自分の朝食を運んで座るのを待つ。
     向かい合って座った二人は目を見合わせると、それぞれにナイフとフォークを使って朝食を摂る為に手を動かし始めた。
     「ところでお前、なんでそんなに今日は気合入ってるんだ?」
     「おいおい、一昨日くらいに言ったろ。ガイアの大学に特別講師で呼ばれてるってさ」
     エリオットの言葉に僅かに首を傾げたテジュンは納得したように、あぁ、と呟いてからナイフで切り込みを入れるだけで震える固さのオムレツを唇に入れ込む。
     そんなテジュンを見ながらライ麦パンを口に入れたエリオットはそれを瞬く間に飲み込むと、ニヤリと笑った。
     「ついでにミスティックとミラちゃんとランチしてくるから」
     「何、お前……また勝手に……」
     「残念だが、ミスティックとミラちゃんと俺がガイアに来る時は絶対会おうなって約束してるんだ。お前が仕事で忙しいからって言ってあんまり会いにいかないのが悪いぜテジュン?」
     むっとした顔をしたテジュンはマグカップへと手を伸ばすと気まずそうにそこに入ったコーヒーを啜る。

     かつてはクリプトという名でAPEXに参加していたテジュンが妹のミラを見つけ、自らの冤罪を証明してから随分と長い月日が経っていた。
     そしてAPEXというゲームは過去のものとなり、今はそのシステムを継承した新たなゲームがまた違う企業をスポンサーにして開催されるようになった。
     当時クリプト、ミラージュ両名と共にレジェンドとして名を馳せていた人物達はそれぞれの目的や求める未来の為に今は別々の道を歩んでいる。
     そうしてレジェンドであった頃からクリプトとミラージュは恋仲となっており、クリプトにとって全てのしがらみが無くなってから、エリオットとなったミラージュから『一緒に住まないか』という提案をテジュンへとしたのだった。
     クリプトからテジュンへと戻った際に全てを捨てなければと考えていたテジュンにとって、エリオットのその提案は余りにも心地よく衝撃をもたらすものであり、結果、引退後すぐに二人はソラスにあるアパートメントを共同の名義で借りて共に住む事となった。
     「仕方ないだろ、先月は納期が迫ってたんだから」
     「今日は来れるだろ?」
     「……善処する」
     テジュンがクリプトであった際に一番の心配事であった妹のミラ、養母であるミスティックは現在は何の憂いもなくガイアで平和な生活を送っている。
     また、テジュンとエリオットが交際をしているのを二人とエリオットの母には伝えてあるのもあって、エリオットとミスティック、ミラの三名は持ち前の明るさからか仲良くなるのは早かった。
     テジュンはそう答えながらも、フォークとナイフを動かして焼き目のついたハムを口元へと運ぶ。
     「ってか、お前、昨日ごみ捨て当番だったのに忘れてたろ」
     そんな最中、不意に飛んできたエリオットからの問いに、ピク、と片眉を上げたテジュンはフォークを置いてからわざとらしくライ麦パンを指先でちぎるとじっとりとした目でエリオットを見据える。
     「俺はちゃんとやるつもりだったのに、帰ってきて早々に俺に襲い掛かったのはどこのどいつだ?」
     「……あー……っと……」
     「仕事がひと段落ついたとは言ったがな、デスク前で襲われるとは思わなかったぞ」
     「……それは、……その……最近出来てなかったから……」
     「シャワーも浴びる前だったってのに、犬みたいに盛りやがって。なぁ、"小僧"?」
     ふん、と鼻を鳴らしたテジュンは持っていたライ麦パンを口元へと持ち上げるとそれをあえてゆったりとかみ砕く。
     攻守交替とでも言わんばかりに、チロリと赤い舌を出したテジュンの前で困った顔をしたエリオットはフォークをオムレツへと差し入れると、その柔らかさに翻弄されるように何度かそれを突いてからゆっくりと持ち上げた。
     「ごめんって……でもさ……お前とすぐにでもセックスしたかったんだよ、……イヤだった?」
     持ち上げたオムレツの切れ端を唇に入れる前にそう囁いたエリオットの目尻がいつも以上に垂れて寂しげな雰囲気を醸し出している。
     朝から投げかけられるまっすぐな言葉に、今度はフォークでアイスプラントの一片を口の中へと放り込んだテジュンは独特な食感を舌先で味わいながら何と答えるべきかを迷っていた。
     付き合いの長くなった二人にとって、それらが互いに甘い駆け引きの一部に過ぎないのは重々承知している。
     まだ朝にも関わらず絡まる視線が昨夜の出来事を思い起こせるのを自覚しながら、先にを上げたのはテジュンの方だった。
     「……別に嫌なんて言ってないだろ」
     「ん、そうだな。……ゴミは俺が今日捨てるからそれで許してくれる?」
     きっちりセットされた前髪の向こうから、優しく囁き微笑むエリオットから目を離したテジュンは、また黙ってマグカップを取るとそこに残ったコーヒーへと口をつける。
     許すも許さないも、求められてそれに応えたのは自分も同じだ、という言葉をコーヒーにだけ聞かせたテジュンは顔を上げて壁にかけられた時計へと視線を向けた。
     「お前、もう時間結構経ってるが大丈夫なのか」
     「おっと! もうこんな時間か、やべぇ!」
     途端に慌てた様子でプレート上の料理を平らげていくエリオットの姿を見ながら、テジュンはいつも通りの速度で食事を進めていく。
     「皿置いておいていいぞ」
     「わりぃ、助かる」
     一気に空になったプレートと、マグカップのコーヒーを飲み干したエリオットにそうテジュンが声をかけると、チェアから立ち上がったエリオットがそう言って洗面所の方へと駆けていく。
     その後ろ姿を見送りながら、プレートの上に置かれた料理をすべて食べ終えたテジュンは空になった皿を二枚重ねてその上にカトラリーを乗せてから片手で持ち上げると、もう片手でマグカップを二つとも掴んでキッチンへと向かった。

     エリオットが食事の用意をするのが担当になっているように、テジュンが皿を洗うのはいつものルーティンとなっていた。
     ダイニング側に面しており、吹き抜けのカウンターになっている磨かれたキッチンシンクの前に立ったテジュンは持っていた皿類を中へと置くと、慣れた手つきで湯を蛇口から出し、スポンジに洗剤を出して泡立てる。
     そのタイミングでドアを開けて襟元にグリーンのネクタイを締めてジャケットまで着込み、黒革のカバンを持ったエリオットが焦った様子で現れた。
     埃や毛玉一つついていないスーツを完璧に着こなしたエリオットの姿にテジュンは気が付かれない程度に目を細めてから、皿を洗う手を止めないまま声をかける。
     「ちゃんとホログラム装置は全部揃ってるのか? 生徒説明用のレジュメ原本は? あとは装置の簡単な仕様書もだ。データは向こうにも送ってあるんだろう?」
     「んーっと、……さっき全部入れた! データも送ってある、バッチリだ!」
     「ならいい。早く行かないと講師が遅刻なんて洒落にならないぞ」
     「わかってる! ごみ捨てはちゃんと俺が行くからな!」
     その身綺麗さとは裏腹に、そう言ってドタドタと音が出そうな勢いで玄関の方へと向かったエリオットをため息を吐いて送り出したテジュンが今度はマグカップを掴んだ辺りで、またもや足音を鳴らしてエリオットが玄関の方向から戻ってくる。
     そのままキッチンまで入り込んできたエリオットは、テジュンが抵抗する間もなく肩を引き寄せてから頬に軽くキスを落とした。
     チュ、と軽い音を立てて離れたエリオットへと視線を向けたテジュンの前で太陽のようにあたたかな笑顔を浮かべたエリオットがもう一度今度は唇へとキスを落とす。
     「いってきますのキス、忘れてた」
     そう言って髪を一撫でしてから再び玄関の方向へと走り出したエリオットに向かって、虚を突かれたままだったテジュンは手元が泡にまみれたまま声を上げる。
     「何時に終わりそうなのかだけあとで連絡しろ! ……俺も今日は母さんたちと会うから」
     テジュンの言葉にひらりと片手だけを上げたエリオットは今度こそドアの向こうへと颯爽と消えていき、どこか満足げな顔をしたテジュンは手についた泡を流しながら、今度はガイアの新しく出来たおしゃれなカフェの情報へと移り変わっているテレビの画面へと目を向けると、見慣れぬ場所であるそこの住所をしっかりと記憶するために目を凝らしていた。
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