They have a lover's quarrel 無事に地表へと着陸したドロップシップから、ドタドタと押し合うように船外へと出てくる影が二つ。
片方は白いコートを羽織り、もう片方は黄色のキルト地で出来た服を着たクリプトとミラージュは、周囲のレジェンド達の呆れたような視線を物ともせず、肩先をぶつけ合わせながら早足で【ゲーム】用待機施設の入口へと進んでいく。
ソラスにあるキングスキャニオンで行われたデュオマッチにて、同チームであったクリプトとミラージュの今回の戦績は三位で、けして悪くはない結果だった。
「おッ前さぁ、なんで俺が前に出たのにフォローしねぇんだよ! ちゃんと『詰める』って伝えたろ? 楽しそうにふわふわドローン飛ばしてる場合じゃなかっただろうが!」
「はぁ? 逆にあそこでお前が勝手に先走らなければ勝っていた。大体、ドローンを先行させると言ったのに、オーダーも聞かずに飛び出して蜂の巣にされたくせに。お前の"詰める"は敵の前に無防備に身体を晒すことなのか? 一体何年【レジェンド】やってんだ」
「バカ! あの瞬間、ドローンが見えたから俺達の位置がバレちまったんだろうがよ! お前こそ何が【天才ハッカー】だよ、どんくさくって仕方ねぇ」
「……なんだと?」
遂に道の中央で立ち止まり、ギャイギャイと喚く二人の横を冷たい顔でライフラインやレイスが通りすぎていく。
もはや日常茶飯事となりつつあるクリプトとミラージュの言い争いに、周囲も慣れきってしまい、スルーされるのがいつもの流れとなっていた。
「まぁまぁ、お前さん達、もうそこら辺にしておけよ。明日もあるんだ。今日の悔しさは明日返せばいいじゃないか」
しかしながらそんな二人を見兼ねて、ポン、と肩に軽く手を乗せたジブラルタルにクリプトとミラージュ両名の視線が向けられる。
戦闘後というのは、命のやり取りをしていて余計に気が立ってしまうのは仕方がないと思いながらも、その二人分の鋭い視線を受け止めたジブラルタルは苦笑を溢した。
ミラージュもクリプトも、普段は他の【レジェンド】相手にここまでムキになる事は少ない。
それだけ悔しかったのだろうと思うジブラルタルの前で、フン、と鼻を鳴らしたクリプトの方が先に視線を外してから、ジブラルタルの手を拒むように離れていく。
「……どうせ明日には、この鳥頭は覚えちゃいないだろうさ」
「と、鳥? それって俺の事か? おい、クリプト! 俺を鳥だと思ってんのか? ふざけんなよ」
「あぁ……確かに鳥頭というよりは、もはや鶏以下の知能か? その小煩い嘴を閉じろよ、ウィット」
クリプトに続くようにミラージュもまたジブラルタルの手から離れ、クリプトへと再度にじりよった。
ジブラルタルの目の前でまたもや始まったくだらない舌戦に、ジブラルタルが深いため息を吐く前に、後ろからやってきたヴァルキリーがその広い背中を叩く。
ジブラルタルが振り返った先には、何故かニヤニヤとした笑みを浮かべたヴァルキリーが『分かってないね』とばかりに首を横に振っていた。
「あんなの放っておきなよ。アイツらはあれがコミュニケーションなんだって」
「コミュニケーション?」
「アンタだって恋人とお決まりのやり取りのひとつやふたつ、あるだろう? ほら、お互い分かった上で、からかったりとかさぁ」
「……ああ……」
ジブラルタルは合点がいった様子で頷き、言い争いながらも、足並みを揃えて施設へと向かっていくクリプトとミラージュの背を見詰めた。
「だからさ、きっと今夜は熱々だろうね~」
確かに言われればそういうような気もしなくは無いと、横に並んだヴァルキリーの下世話な言葉と笑みに肩を竦めたジブラルタルは、今度こそため息と共に言葉を吐き出していた。
「ま、何にせよ仲良くしてくれるなら俺はそれで良いのさ」
□ □ □
ひんやりとした室温に目蓋を開けたミラージュは、自身の眠っているベッドの反対側に居る塊を薄闇の中で探るように手を伸ばした。
指が触れた先には、白い布団を全て巻き取ってこんもりと山のようになって眠っているクリプトが居た。
体格の良い成人男性二人が十分に休めるクイーンサイズのベッドの周囲には、放り投げられた衣服や使用済のスキンの残骸などが無残に散らばり、下着のみを履いたミラージュは再び室温の冷たさに身を捩る。
「おい……おっさん……全部取るなって……」
そのまま非難の声をあげたミラージュは、巻き取られた布団を取り返そうと手に力を込めるが、クリプトの身体を覆う布団はびくとも動かなかった。
それならば、とミラージュは皺の寄ったシーツの上を移動して布団ごとクリプトを抱き込む。
これで少しは暖が取れる。ホッとミラージュが一息ついたタイミングで、腕の中のクリプトが目を閉じたまま、もぞもぞと動き出した。
「んぅ……重い……から、止めろ……」
「お前は重いかもしれないけど、その前にこっちは寒いんだよ。そういうなら半分返せよな」
「……いやだ」
次第に明瞭になっていく声と比例するように、クリプトが布団を掴む力が強まる。
そんな態度をするならこうしてやる。ミラージュがさらに布団ごとクリプトを抱き込む腕に力を込めれば、クリプトの目蓋が開かれ、互いの視線が暗がりで重なった。
「お前のせいで身体がだるい」
「悪いがそんな文句は言わせねぇぞ。こんなに噛み跡つけやがって。絶対に痕、残るじゃねぇか」
ミラージュの首筋にはハッキリとした歯形が幾つもついており、それを目で追ったクリプトは薄く笑う。
「ざまぁみろ。何回も止めたのに、のし掛かってくるからだ」
「……でも、気持ちよかったろ?」
クリプトの言葉に、片眉をあげて笑いながら囁いたミラージュにクリプトは眉をしかめたが、特に否定はしないままだった。
代わりに一拍置いてから、クリプトの唇が開かれる。
「腹へった」
「んー……? ……まだ四時だからなぁ……店もやってねぇよ」
クリプトの言葉に枕に乗せていた頭を動かしたミラージュは、サイドチェストにある電波時計へと視線を向けた。
狂いなく動いている時計の針は午前四時を少し回った辺り。
閉めきられたカーテンの向こう側は、まだ日が出ていなかった。
「腹が、減った」
「だから、店やってねぇって」
「ここには飲食店オーナーが居るだろ」
「作れってか? ……やーだね。俺は眠い」
顔をまたクリプトへと向き合わせたミラージュは、冷えた足先を擦り合わせるように動かしながらそう囁く。
本当はエアコンのスイッチをつければ良いのだと分かっていてもなお、ミラージュはクリプトを抱き締めたままだった。
不意にミラージュを見ていたクリプトの眉がわざとらしく下げられ、口端も下がる。
「……お前の手料理が食べたいんだ、ウィット……」
「ううー……あー………今のは惜しかったけど、やっぱりやだ」
シュンとした口調と表情で発せられた言葉に、目を瞑って迷いを見せたミラージュは、結局クリプトを抱き締める力を緩めない。
代わりに、チッ、と舌打ちをしたクリプトはすぐさまいつもの不敵な表情を取り戻した。
「俺が餓死したら、お前の枕元に立ってやる」
「たまに真面目に怖い事言うよなぁ。ってか、お前が餓死する前に、俺が凍死する方が先かも」
ジッとクリプトを見つめていたミラージュの方が、今度は眉を下げてシュンとした顔をしながら布団から出ているクリプトの頭を撫でる。
「なぁ、ここ開けてよ。……お願い、クリプちゃん」
露骨過ぎる程の甘えたがりな言動に、クリプトは諦めたように布団を掴んでいた手を緩め、布団の端を開きミラージュを招き入れる。
ミラージュ同様に下着のみを纏っているクリプトを直接抱き込めたミラージュは、温かさから小さく吐息を洩らした。
「起きたら好きなの作ってやるから」
「……本当だな?」
「こんなんで嘘ついてどうすんだよ」
「ならいい」
その言葉と一緒に巻き付けられた腕と、絡んでくる足によってミラージュの冷えた身体が温もりを取り戻していく。
起きたらクリプトの好きなものをたくさん作ってやろう。そうして、ついでに軽症ではあるが、噛み痕の治療もして貰うのだ。
すぐ先のささやかな幸せな未来に沈むように、ミラージュはそっと目蓋を下ろした。