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    凛潔/うまくいかなかった二人

    篝火 鵜舟うぶねの舟先に取り付けられた轟々ごうごうと燃え盛る篝火かがりびが闇を切り裂く。
     白煙が立ち昇っていく空に浮かぶ月は半分ほど欠けていて、手の甲を撫でる風はまだ夏特有の生温さを残していた。
     目深に被ったキャップに加え、出来るだけ顔を出さないように大きめなマスクをしているのもあるが、そもそも緊迫感漂うこの空間では誰も他人の事など気にしていない。
     誰にも見つからないなら、その方が良い。
     潔は衆人にならい、ぼんやりとした意識のまま遠くで行われ続けている不可思議な伝統漁法に目をらした。

     腰簑こしみのを着け、特徴的な帽子を被った鵜匠うしょうが握っている複数の手綱の先に居るが川に嘴をつける度に、細かな水しぶきを跳ね上げる。
     それと同時に風によって揺らぐ篝火から勢いよく火の粉がまき上がり、鏡のような黒い水面に橙色の光を映し出していた。
     ホウホウという掛け声にあわせて六隻の船が輪になり、清流の中を泳ぐ鮎を追い詰めていく。
     逃げまどう鮎を追いかける鵜の羽ばたきと、そのまま次第に強まる掛け声が周囲に響き渡り、人よりも五感の優れた潔の耳には全てが混ぜ合わさって激しい生命活動を象徴する音に聞こえた。

     おおむね鎌倉時代から行われていると推測される鵜飼い漁は、鵜と鵜匠の信頼関係が無ければ成り立たないのだという。
     そうして、鵜は二羽をセットにして行動させる為、あえて決まった二羽を鵜飼いの時以外でも常に傍に置いて信頼を築かせるらしい。だから他の鵜よりも、セットにされた鵜たちはより強固な絆を結ぶのだとも。
     そんな豆知識のような情報を知ったのは随分ずいぶんと昔の話で、それがテレビなのかネットからの情報なのかは、もうとっくの昔に潔本人も忘れてしまっていた。
     けれど初めて聞いた際、漁という"目的"の為に空腹を強いられ、丹念に首をくくられる鵜にも仲間が居るのならば、それはそれで良いのかもしれないとすら思えた。

     鵜たちが次々と鵜舟に戻ってくる。
     そのまま竹で出来た吐き籠に鮎を吐き戻し、また水へと迷わず潜り込む様は一糸乱れぬ統制がとれていた。
     その間に篝火かがりびの勢いが弱まるのを抑える為なのか、薪をくべて再び勢い付かせている。
     ひと際燃え上がった炎の熱さなど岸に届く筈も無いのに、じりじりと身が焦がされる気配がした。

     目的の為に与えられた出会いや絆を今からでも"運命"と呼べるのなら、幸福だったのかもしれない。
     そうすれば"青い監獄ブルーロック"で出会った事は間違いでは無かったと胸を張って言える。
     けれど、どこかで取りこぼしてしまった感情をまた探し出すのは難しい。
     まさしくそれは墨を溶かしたような暗闇の中、篝火も無く進むのに等しいくらいの難易度だろう。
     だが、例え船首に明かりが灯らずとも、二人ならば、きっとどうにか進んでいけると心のどこかでは信じていた。
     でもそうはならなかった。人間である以上、感情に支配される生き方をどうしたって拒否出来ない。──凛も潔も、エゴイストである以上、どちらも己のエゴを捨てるなんて不可能だった。

     うすもやがかった空に目を向ける。遥か彼方に光る星は、かつて凛と一緒にベランダから見た星空よりもずっと濁っていて、同じ空模様の筈なのにわずかに滲んですら見えた。
     未だ胸の最奥でくすぶり続ける『もう一度』と言う届かない願いを煙に混ぜて溶かすように、潔はただひとり誰にも聞こえない溜息を零した。
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