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    凛潔/制服ネタ

    愛のインシデント 魔が差した、だとか、興味本位だとか。そういう衝動を抑え切れなくなるのはきっと誰しも一度や二度は経験があるだろう。
     俺はたった今、その抗いがたい程の誘惑が目の前にあるのを自覚していた。
     天井に設置されたエアコンはしっかりと利いていて室温は丁度いい筈なのに、妙に喉が渇く。
     座っている椅子の固さを確認するようにもぞもぞと体を動かせば、太ももが若干きつく感じるスラックスの布地が引きれた。
     学校に通っていた時から新調していないのもあって、腕を通したブレザーとワイシャツも二の腕辺りがつっかえる感じがするし、久しぶりに締めたのもあって首元に巻き付くネクタイは少しだけ苦しい。
     けれど、どれもしっかりとアイロンがかけられているからか、新品同様の清潔さを保っていた。

     こうして“青い監獄ブルーロック”には似つかわしくない制服姿になっているのには理由ワケがある。
     ──とは言っても自らの意思ではなく、この“青い監獄ブルーロック”に資金を提供しているスポンサーや世界中に居るらしいファンと、新規入学希望者を求めている母校などの思惑が重なっているだけだ。
     まぁ、ある意味ではいつも通りと言えるかもしれない。
     『お前らは所詮しょせん、客寄せパンダ』というのを隠す気も無い大人達の考えが透けて見えていても、ここは非常に魅力的な環境なので。
     だから今回も“青い監獄ブルーロック”内で比較的人気の高いメンバー達の制服姿を撮影するという話を忌々しそうに絵心からアナウンスされた時も、『またか』くらいの感想しかなかった。
     むしろ、これまで色々な衣装に身を包んできたから、高校の制服程度なら何の抵抗も無かったので二つ返事で承諾したのを覚えている。
     だが、改めて制服を着ると違和感の方が先に来てしまって、なんだか落ち着かなかった。
     基本的にここに居る間はずっと支給されたスウェットかボディースーツを着用しているから、すっかり体がそちらの服に馴染んでしまっている。
     ただの学園生活という期間よりも“青い監獄ブルーロック”で味わっている日常の方が刺激的で、己の成長を常に実感しているからかもしれなかった。

     それよりも、自分が腰かけている椅子からひとつ空けた椅子の背凭れに無造作にかけられた濃紺の上着に相変わらず目が向いてしまう。
     先ほどまでここにいた筈の凛は今はいない。どうせ俺と二人きりで同じ部屋に居るのが嫌にでもなったのだろう。
     別に凛のそんな態度には慣れっこだったし、逆に曲がる事の無い真っすぐな刺々しさは心地よさすら感じる。……けして、Mだからでは無い。
     ただ、凛がそうやって必要以上に反応を示すのは、俺だけなんだと勝手にうぬぼれてしまえるくらいには、立派なエゴイストに成長しているらしかった。
     「うぅん……」
     他に誰も居ない事をわざとらしいくらいに確認しつつ、洩れた溜息と呻きの中間のような声は一体何に対してのものなのか。
     さほど広くは無いただの空き部屋であって、当然ながら今は自分以外に誰も居る筈がない。
     誰かに見られている可能性があるとすれば、天井の隅につけられている監視カメラくらいだろうが、生憎とここの管理人である絵心も今日はそんな余裕が無い事を知っていた。

     ゆっくりと立ち上がり、ついに椅子の背凭れにかかった濃紺の上着を手に取る。
     厚みのあるその生地は自分が着ているブレザーとは触り心地が若干異なるのがさらに心臓をドクドクとたかぶらせた。
     そろりと両手で空に広げた学ランの上着の合わせ目には、この制服の持ち主の瞳の色に似た鮮やかな薄水色のパイピングが入っている。
     サイズは生意気な事にやはり俺よりも一回りくらい大きい。
     前面についた金色のボタンが頭上の光を反射して鈍く光っている。左腕の所につけられた腕章には【春雷】の文字が刻まれていて、その刺繍すらも妙にこそばゆく感じた。

     これはただの、興味。それ以外のなにものでもない。
     学ランを着た経験も無ければ、身近な友達にもいなかったから借りる事もなかった。
     もう一度椅子の背凭れに持っていた上着を被せ、自分の着ているブレザーを脱ぐ。
     そのままブレザーの代わりにワイシャツの上に纏った学ランはやっぱり大きくて、凛の匂いがした。
     同じ棟に居る間に香水を使っている様子は無かったから、多分これは制汗剤か元々の凛の体臭なのかもしれない。
     そう考えると一気に首筋に熱が集まって、体がぽかぽかと温かくなってくる。
     甘ったるくは無いのにいつまでも嗅いでいたくなるくらい強く惹き付けられる。
     早く脱がないと、もしかしたら凛が戻ってきてしまう。でも、もう少しだけなら。
     袖丈が長いのをマジマジと眺めるように両手を前に持ってくると、いわゆる“萌え袖”という状況になっていて男として負けたような気がして悔しい。

     そもそも、なんでアイツは年下なのに俺よりも十一センチも身長が高くて、体もあんなに厚みがあるのだろう。
     “青い監獄ブルーロック”に来てから筋トレ漬けの毎日ではあるが、持って生まれたフィジカルのポテンシャル差は中々埋められない。
     勿論、凛が昔からずっと努力してきたのも知っているし、だからこそナンバーワンの座を掻っさらっているのも理解は出来ている。
     もっと自分も筋トレを増やすべきだろうか。ノアに掛け合えばさらに合理化された計画を立ててくれるような気がする。
     知らず知らずのうちに口元に手を当て考え込んでしまっていたのがよくなかった。
     鼻先に届く凛の香りが無駄に思考の渦をめちゃくちゃにして、深く肺まで入り込んでこびりつく。
     そのせいで勝手に胸の奥が両手でキュウと搾られたように痛んだ。
     この意味が分からないほど無垢だったら良かったのに、流石にそこまで知らないフリをする事が出来ないくらいには、とっくに自覚済みだった。

     ストライカーとして、宿敵ライバルとして、俺は凛を絶対に越えたい相手だと思っている。
     でもそれとは別に、誰よりもストイックで綺麗なサッカーをするアイツに惹かれていた。
     一緒に過ごした期間は短くとも、凛が俺に与えた影響は十六年という年月の中でも特大で、無意識にアイツの姿を目で追ってしまうのに気が付いた時は悶絶ものだった。
     自分の好きなタイプは笑顔の素敵な可愛い女子であって、断じて無愛想で生意気で口癖が『ぬりぃ』という年下男子では無い筈だ。
     そう信じたかったのに、共に居る時間が増えるうちにどんどんとアイツの良いなと感じる所が増えていくばかり。
     誰よりも上手いのに人一倍残って練習に打ち込む姿。何か分からない所を聞けば面倒くさそうにしながらもヒントをくれる。滅多に疲れた顔を見せないが、一度だけ隣でウトウトとしていた年相応の可愛らしさ。
     全部気が付いてしまえば、もう認めざるおえない。
     けれど凛は俺の事が嫌いなのを知っている。もはや憎しみすら抱いているのだろう。
     だからこの恋は終わり。今後ここでサッカーをする上で抱えていくのには若干の重みを感じる時もあったが、棟が変わって凛と直接会わなければ問題ない筈だった。

     それなのに“青い監獄ブルーロック”は無情にも何度か凛と俺を再会させた。
     無論、フィールドの上で戦うのではないし、スケジュール的にすれ違う程度にしか会わないから会話や目線を交わす事も殆ど無い。
     だが、一瞥いちべつするだけで分かるほど凛の体格がよくなっているのに心はかき乱されるし、さらに鋭さを増したターコイズブルーの目から浴びせられる濃縮された殺意に身が震えるのを抑え切れない。
     今日だって機材トラブルが起きなければ先に凛の撮影が終わっていて、多分俺達は会う事すらなかった筈なのだ。
     あとから部屋に入ってきた俺を見て舌打ちだけを零し、しばらくしてどこかへ消えてしまった凛に傷つくよりも、変わってないな、と思う俺もどうかしているのだろう。
     この恋は終わらせると決めたのに、未練たらしく凛の上着を着てしまっているのだって良くない。
     そろそろ脱ごうと上着に手をかけた瞬間、背後で自動ドアが開くシュン、という音が聞こえた。
     一気に血の気が引く。壊れたブリキ人形並の動作でゆっくりと振り返れば目を見開いたまま静止している凛の背後でドアが閉まる。

     多分時間としては数秒も経っていないのに、五分くらいはそのまま見つめ合っている錯覚すらした。
     「キメェ」とか「なにやってんだ殺すぞ」とか暴言を吐かれれば、こちらだってそれなりに返せるのに、黙ったままこちらに近づいてきた凛の目はほのかに血走っている。
     一気にずかずかと詰め寄ってきた凛の勢いに気圧けおされ、体が自然と後退するが、背中にぶつかる椅子の背凭れと伸ばされた指先が手首をしっかりと掴んできたのもあって前にも後ろにも動けなくなってしまった。
     握られた手首はそこまで痛くは無いが、それよりも降り注いでくる視線の方が余程痛い。
     「……とりあえず腕、痛いから一回離してくれねぇ? 凛」
     結局、わざと腕を動かしてそう笑って呟いてみせる。
     追い詰められているのは自分の方だとしても、堂々としていればうまく言いくるめられるかもしれない。その僅かな可能性に賭けた。
     だが、逆に眉根を寄せた凛が手首を握る力を強めたかと思うと、低く囁く声が聞こえる。
     「そうじゃねぇだろ」
     「……あー、うん。まぁちょっとした興味っていうか、学ラン着た事無かったから着てみたかったというか……あのー、そんな所。お前が居ない時に無断で着たのは悪かったと思ってるよ。ごめん」
     目が泳ぐ。用意していた言い訳を紡ぐ唇は上滑りしてしまうし、声は掠れている。
     試合中であれば大抵の煽りも受け流せるし、動揺を隠すのは得意な方なのに凛の見透かすような瞳を真っすぐには見つめ返せなかった。
     これで納得してくれるかどうかは分からない。ただ、一発肩を殴られるくらいは覚悟していた。
     けれど予想とは違い、また一つだけ舌打ちをした凛は、少しだけ手首を握る力を緩めてくれる。
     「……嘘つくならもっとマシな顔してつけ。バレバレなんだよ、お前」
     そのまま離されるかと思いきや、呆れ気味な声が降ってきて目線を上げた。

     キメの細かくて白い肌にはうっすらと血管が透けていて、いつもよりも拗ねた風に見える凛。
     「なんでそんな顔してんの」という言葉が喉から出る前に、いきなり引き寄せられ、ワイシャツの襟とその隙間で浮き上がった鎖骨の筋が視界に飛び込んでくる。
     学ランの上着なんて目じゃないくらい濃密な凛の匂いがして、それ以上に温かい肉体がすぐ傍にあった。
     見た目や態度のせいで冷たい印象を持たれている凛は、意外にも体温が高い。
     無駄な贅肉は無く、しなやかな筋肉で構成されている体は固くてがっしりとしていて、同じ男なのにすっぽりと抱き込まれてしまった。
     自分の身体に纏った凛の上着からも目の前の凛からも、爽やかなのに落ち着かない香りがして、ドキドキとうるさい心臓の音が聞こえていないか心配になってしまう。
     こんな風にされてしまったら、嫌でも期待してしまう。
     封印しようと決めていた感情があふれ出してしまいそうで、腕を凛の背に回しかけた途端に、ジジ、とアナウンス前のノイズが聞こえてどちらも弾かれるように体を離していた。
     『あー、あー、聞こえるか。最良組』
     「……なんだよその呼び方……」
     『機材が直ったからさっさと撮影場所まで来い。……ちゃんと自分の制服を着て、な』
     ぎょろりとレンズの奥にある黒い瞳がモニター越しに俺と凛を確認するように交互に見てから用件だけを告げると、ブツリと通信が途切れる。
     シンと静まり返った部屋に残されたのは黙り込んだまま見つめ合う俺と凛だけ。
     とにかく凛に制服を返さなければならない事を思い出し、袖を通していた制服を丁寧に脱ぐと凛の方へと掲げた。
     それを手を伸ばして受け取った凛は静かにそれを着ると、前ボタンを閉めていく。
     俺には大きかったその制服は凛には少しきつそうで、凛もさらに進化しているのだと改めて思い知る。
     「……凛……あのさ……」
     「……んだよ」
     「いや……やっぱ何でもない」
     実は俺、お前の事が──そう発しかけた言葉は“青い監獄ブルーロック”には到底そぐわない気がして、口をつぐんだ。
     かわりに椅子の背凭れに引っ掛けたままのブレザーを取ると、それに腕を通す。
     その間に行ってしまうだろうと考えていたのに、黙って俺の動きを見ている凛の思考は読めなかった。

     この場所に来なければ、サッカーという繋がりが無ければ、きっと俺と凛の人生が交差する事など永遠に無かった筈だ。
    でも、こうやって互いに制服を着て立っていると、“青い監獄ブルーロック”から出て二人で普通の学生みたいに出掛ける未来をついつい思い描いてしまう。
     それはさながら、他校に通っている自慢の恋人を周囲に見せびらかして連れ歩くデートのような。
     「……いつまでほうけてんだ、チビ潔」
     「え、うわっ!」
     不意に伸びてきた凛の指先が一度だけ髪を乱雑に撫でていく。
     ぐしゃぐしゃになった前髪の隙間から、何故か満足げな表情をしている凛が見えてしまってどうしたら良いのか分からなくなる。
     これで意識するなという方が無理な話だ。
     仮に無自覚なのだとしたら、凛がモテる理由をようやく理解出来た。
     どうせ顔の良さだけでモテてきたんだろうなんて思っていたが、さり気なくこんな事をされてしまったらどうしたって可能性を感じてしまう。
     多分、流石に誰彼構わずこんな事を凛がするとは思えないから余計に。
     こちらの考えなど露知らず、凛はさっさと部屋から出て行ってしまい、自動ドアが閉まってしまう。逆に振り返ってくれなくて本当に良かった。
     「……チビじゃねぇし」
     凛に向けた文句は当然の事ながら聞こえなかっただろう。
     俺は断じてチビでは無い。凛が大きすぎるだけだ。
     文句の内容とは裏腹に芯から火照ほてる頬を誤魔化す為に両手で頬を包んだが、掌まで熱くなっていて何の意味も無かったし、かすかな残り香すらも嗅ぎ取ってしまって余計に表情が緩むのを必死で取り繕うしか出来なかった。
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