文ヶ淵 私の故郷は雪深い北国で、冬になると白い壁が町中を覆い、白と灰と黒以外の色彩が全て奪われる、そんなところだった。
東京は高いビルばかりで息が詰るが、まだ赤いランドセルを背負っていたころの私には、冬になる度に積もる雪は圧迫感の象徴みたいなもので、横を通るたびにいつ潰されるか、いつ取り込まれるかと、内心恐れ慄きながら走り過ぎたものだ。
あの中に入ったら最後、山から雪ン子が降りてきて、自分の友達にするために連れて行って、氷のべべを着させられるのだと、昔、祖母が言っていた。だから冬はじっと家の中にいて、大人しく息を潜めて春を待つのだと、間違っても雪の手招きを受けてはいけないのだと、まだ紅葉のような赤い手をした私に、何度も何度も言って聞かせたものだ。
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