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    simoyo1206

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    月野帝国 涼衛の世界線の衛藤の話

    #ツキプロ

    ㊙︎衛藤昂輝少尉自殺未遂事件についての事情聴取報告書事情聴取担当 医療局 駒井良治軍医少佐

    第三艦隊所属 衛藤昂輝少尉 帝国暦二九七年 五月二十二日生
    父は衛藤彬人(帝立銀行頭取、貴族院議員、大蔵大臣。三一五年十一月二十日に革命組織「██████」に狙撃され死亡。)、母は衛藤綾乃(最高評議会員、神祇小輔)。中央士官学校対未確認生命体特別戦略科を優秀な成績で卒業後、第三艦隊に配属。三一五年六月頃から███病院の医師、███に禁止薬物を約半年間に渡って処方され、精神錯乱状態に陥った後、三一六年一月十三日に自殺を図る。

    ※衛藤少尉を自殺未遂に至らしめた医師に関しては、現在捜査中の為詳細な情報は伏せることとする。



     死のうと、思いました。どうしてかって、それはもう、耐えられなかったからとしか言いようがありません。代わり映えしない毎日に疲れてしまったのです。父があのような形で殺されて、俺が母を支えなければ、と思ってはいたのですが、そもそも俺は軍人で、適合者ですから、『彼ら』と戦わなければなりませんでした。家庭のことなど顧みる余裕はどこにも残されていない。出撃するたびに命の危機に晒されるし、もういつ死んだって変わらないのではないかと思うようになりました。元々、あまり精神面が強い方ではなくて、そこに例の薬ですからやはり影響はあったのでしょう。仲間が先に死ぬのが怖いのなら、先に自分が死んでしまえばいいのではないか。そう、思い立ってからは、簡単でした。

     ██、という医師をご存知ですか?……ええ、そうです、████病院の……。██先生には、家族ぐるみでお世話になっていました。先日亡くなった父を看取ったのも██先生です。(註一 衛藤彬人氏は頭部を撃ち抜かれていて即死だった。)父が襲われたあの場所から一番近いのが████病院でしたから。今考えてみれば、それも奴らの企て通りだったのかもしれませんが。
     ██先生は、件の革命組織から多額の賄賂を受け取っていたそうです。多額の、と言っても精々一億程度のようですが。██先生がそんなはした金で、国家転覆などという荒唐無稽な計画に加担するような方だとは全く思っていませんでしたし、今もその思いは変わっていません。ですが、事実としてあの方は反逆罪の幇助と、俺に対する殺人未遂容疑とで逮捕されてしまいましたから、金銭の問題ではなく、何か思うところがあったのだろうと思います。俺にとっては馬鹿げた企てでも、彼らにとっては違ったということでしょう。生涯をかけても理解できそうにありませんが。
     父を殺すのは分かります。勿論分かりたくなどありませんが、父はその立場上、敵が大変多かったのは事実です。とりわけ、低所得層には親の仇かそれ以上に恨まれていたことでしょう。それでどうして、俺にまで、と思ったのも一瞬でした。母を亡き者にしたかったのでしょう。ご存知でしょうが、母は代々祭祀を司る家系の出身ですから、万が一母が殺されるようなことがあれば、宮中は間違いなく混乱状態に陥ります。母を殺す為に俺の死を利用しようとしたというわけです。一度襲われた際には俺を庇った衛(註二 藤村衛中尉。第三艦隊及び諜報局所属の適合者。)が負傷したけれど、俺にはかすり傷一つつかなかった。犯人は知らない女──全身黒ずくめでした。非力そうな女が渾身の力を以って衛を刺したのです。殺してやる、と思いました。初めて人間に対して殺意を抱きました。でも俺が拳銃を取り出して女を撃つ前に、衛が殴りつけると女は呆気なく倒れてしまった。取り押さえようと俺が馬乗りになると女は奇声を上げて暴れました。目が常人のそれではありませんでした。気を違えた女の首を締めると女はこれまた呆気なく意識を失い、駆けつけた警察に連行されていった。俺は今まで、第三艦隊に配属されてからもほとんど怪我をしたことがありませんでした。なんなら艦が被弾したことだってありません。父が殺されて、俺も危ないのかもしれない、とは考えたし、衛にもそう言われたのですが、正直なところ、俺を殺せるものなら殺してみろ、と思いました。実際にあの女と対峙した時も、刃物を持った女ごときに俺を殺せるわけがない、と思いました。ですから、女を取り押さえる事自体は恐ろしくも何ともなかったのですが、衛が俺の代わりに死んでしまうかもしれない事の方が恐ろしくてたまりませんでした。あの時の俺は、女に負けず劣らず錯乱していたのだと、今になって思います。
     ともかく、その時は彼らの計画は失敗しました。屈強な男を寄越せばまだ勝算があったかもしれないのに、愚かなことです。だから、俺が信頼していた██先生を使った。本当に信頼していたんです。まさかあの先生に処方して頂いた薬が██だったなんて思いもしませんでした。だってあれを服用している間は確かに心が安らいだのですから。そういう効果の██だっただけなんですが。最後に頂いた二ヶ月分の睡眠薬はきっと、とどめを刺すための物だったのでしょうね。実際に俺は、あれを大量に飲んで自死を図りましたから、彼らの計画はあと少しで成功していたわけです。

     『彼ら』との戦闘の詳細をご存知ですか。……知らないでしょうね。俺も実際に戦うまではそんなこと考えもしませんでしたから。
     『彼ら』は概ね艦の形を取っていますが、中身はれっきとした生命体です。ほら、『彼ら』を倒すと何か、液体を噴射するでしょう?……知らない? そんなことも知らずにここに来たのか?……まあ、とにかく、色は個体によって異なりますが液体を出すのです。(註三 この液体は適合者のみが視認出来るとのこと。)人間で言うところの血みたいな物なのでしょう。それに、撃てば悲鳴を上げるし、消滅時には劈くような断末魔を残します。にわかには信じられないでしょうが、俺たちにはそれがはっきりと聞こえるのです。『彼ら』にとっては裏切者である、『反逆者』と手を結んだ俺たち適合者の負った業、とでも言いましょうか。
     稀に、瀕死の『彼ら』が命乞いをすることがあります。その際には、犬や猫のような、所謂愛玩動物の姿を取ります。と言うのも、俺にはそう見えるというだけで、他の適合者には何が見えているのか分かりません。衛は何も見えないと言っていたけれど、本当かどうか、これも分かりません。リョウ(註四 桜庭涼太少尉。第三艦隊所属の適合者。父は桜庭真文部科学大臣。母は元女優で衆議院議員の桜庭春江。)なんかは虫が嫌いだから、虫に見えるそうで。嫌いな物には近寄りたくない、だから殺さないでおこう。そう思わせれば『彼ら』の勝ちですね。実に狡猾な連中です。『彼ら』は実際に姿形を変化させることも出来るのですが、何しろ瀕死ですからね。心獣も、俺たち適合者の心を写す、と言われているでしょう? それと同じことです。『彼ら』はその仕組みを利用して俺たちに幻覚を見せます。最後の力を振り絞っているわけです。散々人類を嬲っておきながら、惨めなものですね。
     所詮はまやかしです。そんなことは俺だって分かっています。瀕死なのだから早く殺さなければならないけれど、俺にはそれが出来なかった。初めて見た時は、それはもう、ひどく取り乱しました。こんなこと誰も教えてくれなかったし、どうしてみんな耐えられるのか分からなくて恐ろしかった。戦場以外では皆、普通の学生のように、和気藹々と過ごしている。俺だけがおかしいのか、皆狂っているのか、そんなことも判断がつきませんでした。██先生の薬を服用する前から、ずっとそうでした。何も見えないと、そう主張する衛に頼りきりで、俺は曲がりなりにも司令官なのに、撃墜数は第三艦隊の中で一番少なかったと思います。
     衛のことは分からないけれど、非適合者には本当に何も見えないし、聞こえません。ですから、容赦なく、攻撃を仕掛けます。
     想像してみてください。ペットの死体を見たことがありますか? 無いでしょうね。俺が言っているのは普通に死んだ動物のことなどではないですから。野良猫を殺すのに銃がいるとお思いですか? 『彼ら』が化けたそれには銃どころが大砲が必要なのです。それも、俺たちのような普通の人間には無い、得体の知れない力を手にしてしまった適合者にしか、『彼ら』の撃破は出来ませんから、非適合者がいくら攻撃しても『彼ら』は死ぬことも許されず、いつまでも苦しみ続けます。俺は人間の死体も見たことが無かったんです。それなのに、『彼ら』の死骸はもう数え切れないほど見たし、その死骸が粉々になるまで撃ったことだってある。もっとも、初めて見た人間の死体は、蜂の巣にされた父だったのですが。(註五 前述の通り衛藤彬人氏は頭部を一発で撃ち抜かれて死亡していて、蜂の巣にされた、という表現は事実に反する。)
     何度も言いますがあれは我々人類に脅威をもたらしている恐ろしき生命体なのです。なんとしても殺さなければならない。獰猛な野良猫を八つ裂きにするのが俺に課せられた、使命でした。
     『彼ら』を殺せるのは適合者だけです。『彼ら』もそれを承知しています。これもご存知ないでしょうが、『彼ら』は適合者を喰らうことがある。ケン(註六 八重樫剣介中尉。第三艦隊所属の適合者。父は八重樫正一帝立研究所第二研究室室長。)が海に落ちた時、『彼ら』はほんの二、三体しかいなかったのですが、ケンの艦が落ちてすぐ、どこからともなく大量の『彼ら』が、文字通り湧いて出たのです。艦が落ちた時点でケン以外の乗組員は助かりません。適合者は非適合者よりも身体能力が上がりますし、その時は非常に低い高度で戦闘が行われていたので、海に落ちるくらいならば、すぐに引き上げればケンだけは間違いなく助かります。けれど夥しい数の『彼ら』が、ケンを、ケンとケンの青龍を喰らわんと押し寄せた。それだけでも恐ろしいのに、その海域は鱶の生息地だったのです。殆ど無抵抗の人間が目の前に落ちてきたら、それはもう、良い餌ですね。結果的にケンは助かりましたし、『彼ら』も、死骸すら残らず消え去ったので、ケンは一階級昇進となりました。
     あの時何が起こったのか、恥ずかしながら俺は大変取り乱していたので、よく覚えていないのですが、ケンの青龍が何かしらの奇跡を起こしたことは間違いない。艦が落ちたということは、彼と彼の心獣が深刻なダメージを負ったことを意味しますから、本当に危なかったのです。ところがケンは『彼ら』を抹殺してしまった。ケンは助かったから良かったものの、明らかな心獣の異常行動でした。何しろ『彼ら』が完全に消滅した事例は一例も確認されていませんでしたから。(註七 第一艦隊所属睦月始大尉、第二艦隊所属霜月隼少佐が『彼ら』を完全に消滅させた事例が一例のみ存在するが、極秘情報であるから、衛藤少尉はその事実を知らないと思われる。)あの後、ケンは████病院に入院することになりました。……ええ、██先生のお膝元ですね。後で聞いたのですが、衛が██先生について何か──きっと俺のことですね、本当に情けない話です──探っていたようなので、かえって好都合だったのかもしれません。
     心獣の異常行動。これはやはり危険です。軍上層部も当然問題視しました。ケンは艦を攻撃された際に重傷を負ったから入院したのですが、目的はそれだけでは無かったのです。リョウと衛に聞いた話ですが、UMA研究局員が何度もケンの病室に出入りしていたそうで、調査だけではなく、監視も兼ねていたのでしょう。実際、ケンはしばらくベッドに両腕を括り付けられていたのですから。彼の病室は六階でしたが、先程も言った通り、適合者の身体能力は非適合者のそれをはるかに上回るから、窓から逃げられたらたまらないとでも思ったのでしょうね。俺の知る限りでは彼が非人道的な扱いを受けているなどという話はありませんが、単に俺が知らないだけかもしれません。

     ええと、何の話でしたっけ……ああ、そう、俺のことですね。
     俺は先月の中頃(註八 三一六年一月十三日。)に、睡眠薬を大量に飲んで死のうとしました。理由は沢山あったので、どれが一番、とは今でもよくわかりません。██先生に頂いた██を服用していたせいでおかしくなっていたのだろうとは思うけれど、ケンが死にかけたのもそうだし、父が死んだのもそう、どうして俺が██の為になどと言ってこんな酷い目に合わなければならないのか、分からなくなったのも、そうです──ああ、これはまずいですか、では聞かなかったことにしてください。それから、衛に悪いことをしてしまったと思ったのもそう。俺が衛と出会ってさえいなければ、彼はこんな得体の知れない生命体と戦う羽目にはならなかった。本当に申し訳ないと思っています。衛が諜報局でどんな仕事をしているのか、全然知らないのですが、『彼ら』との戦闘はこの国で最も過酷な任務であると言い切ってもいい。そんな所へ、俺が手を引いてしまったのです。諜報局員として真っ当に勤めていた方が、きっと衛にとっては幸せだっただろうと思っています。
     あの時俺の命を救ったのはケンでした。(註九 薬物を大量に摂取して昏睡状態に陥った衛藤少尉を最初に見つけたのは八重樫中尉ではなく桜庭少尉であるし、通報者もまた同人であると桜庭少尉本人が証言している。)俺は執務室で薬を飲んだのですが、偶然ケンが所用で訪ねてきたのです。名ばかりの司令官に執務室など必要無いだろう、とずっと思っていたのですがその時ばかりは、幸運でした。それで、すぐに軍医(註十 医療局所属、仲田景雪軍医少将。)が飛んできて俺は一命を取り止めてしまったわけです。申し訳ありませんがどなたかは覚えていません。けれど調べればすぐ分かることでしょう。
     俺がこうして毎日病室で過ごしている間も、皆はあの忌々しい戦場に赴いているのだと思うと、居た堪れません。これでもまだ、あの時死んでおいた方が良かったなんて言ったらケンに怒られそうだけど、もう会うことも無いと思うので。

     あの日から、俺の青龍は姿を見せてくれません。もしかすると消えてしまったのかもしれないし、俺を見限ったのかも分からない。リングはまだあるのですが、元々の色は黒だったのに、何故か真っ白になってしまいました。少し色合いが変わることはよくありますが、こんな風に全く違う色に変わってしまうなんてことが起こるとは知りませんでした。どの道俺はもう使い物にならないでしょう。恥ずかしい限りです。やはり死ぬべきでした。


    聴取官所見 意識ははっきりしているが記憶が曖昧な部分や事実誤認が多々みられる。禁止薬物を長期に渡り服用していた影響が未だ色濃く残っている模様。経過観察を続ける必要があり、何度か聴取を繰り返すべきである。
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