雪の日深夜、かすかに眩しさを感じて千堂は目を覚ました。
開ききらない目を凝らし部屋の中を見渡すと、わずかに開いてたカーテンの隙間から外灯の光が差し込んでいる。
「あ〜もう…」
目ぇ覚めてもうたわ、と大きなあくびと共にぽつりとこぼし、隣で寝ている柳岡を起こさないようそっとベッドから這い出す。
カーテンを閉めようと窓の側へ近づくと、いつもより心なしか外が明るい気がする。
なるべく音をたてないよう体ひとつ分にカーテンを開き、ゆっくりと鍵を開けドアを滑らせる。
途端にキンと張った冷たい空気が流れて込み、体の表面の温度が奪われていく。
ベランダに出てみると、外は一面に大粒の雪がふわふわと舞い降りていた。
(昨日からどうりで寒いはずや)
まだ降り出したばかりらしく、銀世界とは言えない。
しかしそこから見えるマンションの駐車場の車や、隣家の生垣の頭はうっすらと白く染め上げられていた。
明日の朝には積もってるやろか
なかなか積もることがないとは分かっていても、こうして降り落ちる雪を眺めていると少しの期待が淡く生まれる。
もし積もっていたら何をしようか。
何も知らずに寝ている恋人は、起きたら真っ先に通勤の心配をするだろう。
朝早くから近所の子供たちの楽しそうな声が聞こえてきそうだ。
胸いっぱいに息を吸い込み、それを一気に吐き出すと真っ白な空気が目の前を通り消えていく。
その大きな呼吸に巻かれた雪の粒が一瞬ふわりと舞い上がり、そして静かに落ちていった。
「う〜、さむっ」
少し軋んだ音を立てる窓を素早く閉め、カーテンを合わせると急いでベッドへと向かう。
柳岡の後ろから布団をそっと捲り、静かに滑り込む。
わずかにみじろぎ、「んん」と小さく声をあげた背中に腕を回し、自分の体の中へすっぽりと抱え込むとぎゅっと抱きついた。
「はぁ〜柳岡はんぬくいなぁ〜。全身湯たんぽや〜♪」
「ん、なんや……冷た!」
体を包み込まれる感覚と同時に、冷えた千堂の体が柳岡の体温を奪っていく。
深い眠りに落ちていたはずが、その冷たさに心地よい場所から意識を呼び戻されてしまう。
急に体の自由を奪われた柳岡は反射的に腕をほどこうともがくも敵うわけもなく、むしろ足を絡ませてくる千堂にますます体が動かせなくなる。
「おま、離れろ!なんでこんな冷たいんや」
「あんなぁ、雪降ってんで」
「雪ぃ?なんで急に、ひっ!」
冷えたつま先で足の裏をなぞられ、思わず声が上がる。
「ワレいい加減に…」
無理やり首を後ろに向けてそこまで言いかけてから、すうすうと寝息が聞こえてくる事に気付く。
(…寝付くの早すぎやろ)
はぁ、と短いため息を漏らし、もう寝ているならどうにかなるだろうと抱え込まれた腕や絡められた足を動かそうとするが、まるで固まっているかのように動かせない。
なんで寝ながらこんな馬鹿力出せんねん、と困り果てているうちに、冷えていた千堂の体から徐々に熱が伝わってくる。
(お前も大概湯たんぽみたいやで…)
もう、目覚めるまでこの抱擁は解けそうにない。
諦めた柳岡は自分を包む千堂の腕にそっと自分の手を重ねる。
明日の朝、道大丈夫やろか。
ぼんやりと考えつつも、その腕の暖かさに少しずつ微睡んでいくのだった。