紅郎が悪いものの影響を受けていたかもしれないと斑が知ったのは、親友であるレオの口からだった。
無論レオは悪いものなどという存在は知りもしない。クラとブンちゃんが喧嘩してたという暗号めいたレオの話を解読し、直接その喧嘩を目撃したというKnightsの新入りたちに話を聞いて回ったのだ。
彼らの話をパッチワークして自分の知識と重ね合わせたところ、おそらく悪いものの影響だろうーー少なくとも、颯馬ならばそう判断しただろうと推理したのだ。
「何で誘ってくれなかったんだああああああああ!」
「おぐっ」
斑の頭突きが颯馬の背中にクリーンヒットする。闘牛の突進を受けたかのように颯馬は吹き飛ばされた。
「いいなあいいなあ颯馬さん!紅郎さんと三日三晩殴り合ったそうじゃないか!」
「その前に何か我に言うことはないか」
「そんなところで膝をついていたら服が汚れるぞお」
「膝蹴り食らわせるぞ」
膝についた汚れを払いながら立ち上がった颯馬の話に適当かつ雑に相槌を打って話を強引を終わらせ、斑は颯馬の頬を軽く摘んだ。
「そんなことより!颯馬さああああああん!」
「鼓膜が破れる」
「紅郎さんが暴れて君が相手をしたそうじゃないか!いいないいなああああああ!」
「こまく」
「俺も本気の紅郎さんと遊びたかったなあああああああああああ!!!」
「さてはわざとであるな?」
お祭り男の本気の声量を至近距離で浴び、両耳を掌で覆って耳の保護に努める。
それを見た斑は今度は声量を落とし、小声で話しかける。
「腹いせに紅郎さんを奪ってしまおうかなあ」
「え?なんと?」
「今から紅郎さんに遊んでもらいに行こうかなあああああああ!」
「喧しい!!」
斑の声を聞き取ろうと耳から手を離した瞬間に再び響く爆音。反射的に颯馬は刀の柄を握ったが、相手が斑であるということで刀を抜くことはギリギリ踏みとどまった。
それよりも気になるのはその台詞である。颯馬は昨年MaMと紅月、そしてその他豪華な顔ぶれでライブを行ったときのことを思い出し、眉間に皺を寄せた。
「……三毛縞殿、最近鬼龍殿とよくご一緒されているな。鬼龍殿は我らが紅月の人間であるぞ。いくら三毛縞殿が相手でも渡さぬ」
「おっ、ヤキモチかあ?君たちが紅郎さんたちにとって相手不足なのが悪いのに、俺のせいにされてもなあ」
「ぐ……否、我自身はそれを否定出来ぬが、蓮巳殿は鬼龍殿と並ぶに相応しい御仁である」
「じゃあどっしり構えていればいい。不安になるということは自信のなさの現れ、ううん、紅郎さんへの信頼不足だなあ?」
つんつんと颯馬の眉間をつついてくる斑の手を鬱陶しそうに振り払う颯馬だが、その言葉には反論できなかった。反論したところで、斑はまた的確な言葉を返してくる。
悔しそうに唸る颯馬のことはさておいて、斑は話を戻した。
「悪いものの影響を受けてる紅郎さんのこと見たかったなあ」
「真に悪いものの影響であったのかは不明であるが」
「君がそれの影響を疑うような状態だったんだろう?見たかった」
「見世物ではないぞ」
脳天気な斑ではあるが、悪いものの恐ろしさを今更説くような相手ではない。悪いもののリスクや影響を知ってなおそう発言する斑に対し、颯馬は小言を一つ投げるだけに留めた。
それでも諦めきれない斑は颯馬に絡むが、どことなく不満そうだ。不謹慎極まりないが、悪いものに影響を受けた紅郎を見たいというのは本心らしい。
しばらくそうしていた斑だったが、不意にぱっと表情が晴れ渡る。難解な宿題が解けた子どものように、斑はうきうきと颯馬に提案した。
「もう一回悪いものに影響されてもらうか!」
「人の心を失なわれたか?」
悪いもの。それは負の感情により人々を病に貶めるもの。
無邪気とは到底言い難い斑の非人道的なその発想に、さすがの颯馬も紅郎の精神安定と斑の生命を天秤にかけはじめる。
ゆっくりと刀を鞘から抜き始めた颯馬をどうどうと落ち着かせ、斑は残念そうにため息を吐いた。
「天才的な案だと思ったんだがなあ」
「貴方が天才であることは存じ上げており常日頃より尊敬しておるがそれとこれとは話が別だ」
「うん、え?うん?」
予想外の返答が飛んできたような気がして理解が遅れる斑だったが、ただの軽口として返したつもりだった颯馬本人がそのままその言葉を押し流してしまう。
「力不足ではあるが、我で良ければお相手する。鬼龍殿から伝授されし膝蹴りをご覧あれ!」
「さっき言ってたの紅郎さんから教わってたのか」
それまで颯馬には無関心だった斑だが、その情報に初めて興味を引かれる。
露骨なその態度に颯馬は唇を尖らせるが、斑がそれに気づくことはなかった。