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    カミノ

    JE.LJ 杉うらくんに狂わされたオタクです。右側固定でたまに小話を書きます。

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    カミノ

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    ①の続き。二人が話しているだけ。

    桑杉『fall dawn』②「マスター、彼に水のお代わりをくれ」
     客が減った店内で響いてしまわないよう、桑名は音量を抑えた声で追加の水を頼んだ。目の前には半分ほどになった水のグラスと、数時間前から減っていない酒のグラスが並んでいる。隣に座っている杉浦は、カウンターに両肘をついて目元を覆っている。桑名と違い、こちら側には空になったグラスが二つ並んでいた。
    「ぅ……今日はいけるかと思ったんだけどやっぱりダメだったみたい……」
    「いいや、俺が気がついてやれたらよかったんだ。話に夢中になっちまって、悪かったな。気持ち悪くはないか?」
    「うん、大丈夫、だと思う……」
    「無理はするなよ」
    「ありがと……」
     桑名の気遣いに対して、杉浦は弱々しく答えた。今日は平気そうだと桑名に付き合って数杯飲んでいたが、ある時から頭痛に襲われ始めた。そして顔は燃えるように熱く感じる。この分だと露骨に赤く染まっているだろう。ビールで平気だったからとワインに移行したのがミスだったらしい。酒に関しては神室町で鍛えられたと思っていたので、自分の許容量は把握しきれていると思っていた。疲れでも溜まっていたんだろうか。
    「もうこんな時間か。どうやら、残ってる客は俺たちだけみたいだな」
     背後のテーブル席を振り返った桑名が呟いた声に、杉浦はゆっくりと顔を上げる。頭を大きく動かさないようにして振り替えてみると、確かに客がいない。二人が店を訪れた頃合は日付が変わる前だったので、仕事終わりの会社員や自由業らしき客たちでそれなりに店内は賑わっていた。いつの間にそんな時間が経っていたのか、と杉浦は痛む頭の片隅で思った。
    「杉浦くん。辛いのは頭痛だけか? 吐き気がするようだったら、トイレまで連れていってやるが」
    「……吐き気も、しないよ。本当に頭が痛いだけだし、これくらいはヘーキ」
     俯いたままの杉浦を気遣ってか、桑名は丸まった杉浦の背中に手を添えた。擦られた感触に杉浦は小さく笑い、ゆっくりと顔を上げる。
    「……桑名さんってさぁ、僕のこと、かなり子ども扱いしてるよね」
    「ん? ……あぁ、これか。不快だったかな」
     杉浦の視線が添えられた手の方に向いていたので、桑名は言葉の意図を察したのか手を引いた。杉浦はそんなことないけど、と続ける。
    「よしよしってされてるみたいだなって思っただけ。僕の親だってもうこんなことしないよ?」
    「そりゃよかった。やってほしけりゃ、いくらでもやってやるぞ」
    「桑名さんに依頼したら高くつくんだろうなぁ」
     冗談めかした桑名に笑って返す。先ほどまで続いていた頭を締め付けるような痛みは徐々に和らいでいるようだった。この調子で頼むよ、と心の中で唱えると、杉浦は目の前に置かれていたグラスを取り一口呷って口元を拭った。
    「楽になってきたかも。もう少し休めばよくなるんじゃないかな」
    「そうか。もういい時間だしな。杉浦くんの体調がよくなったら今日はお開きにしよう」
     軽く手を上げた桑名を見て、会話を聞いていたらしいマスターがすかさず伝票を差し出してくる。ちら、と金額に視線を落とした桑名の手元を覗き込んだ杉浦が、思わずといった風に呟いた。
    「あ、お代……僕の分出してもらった方がいいよね……?」
    「……心配しなくても、この店は俺の奢りだ。最初から杉浦くんに支払いなんてさせるつもりはないさ」
    「ごちそうさまでーす」
     笑う杉浦を見て、桑名が全く……と苦笑している。確かめるまでもなく桑名が奢ってくれるであろうと分かっていたが、これも社交辞令というやつだ。杉浦がアルコールに慣れたのはこの数年のことだったが、人の金で飲む酒は美味いんだと知ってしまったので、特に飲み会等では支払いをしたことがない。払えと言われた記憶もないので、さすがの杉浦でも身内から甘やかされている自覚は持っていた。
    「桑名さんの奢りだったら、もう少し飲んでおきたかったなぁ。ほら、あれ、このお店で一番高いって言ってたワインとか」
    「頭痛いって言ってたのはどこの誰だったかなぁ? とはいえ、俺は杉浦くんにお願いされちゃ断れそうにないんでね。頼むから、その気になんてならないでくれよ」
    「なにそれ。桑名さんって僕の叔父さんか何かだっけ」
    「お、おじさんって……二十代から見たらそうなっちまうのか……」
     肩を落としている桑名に冗談だよと笑って、水ではなくワインのグラスを取った。仮にも支払ってもらう立場なので、一杯分をそのまま残してしまうのは奢られ慣れている杉浦でも気が引ける。一口分を口に含んでゆっくり飲み下していると、桑名が「無理はするなよ」と声をかけてきた。桑名の表情を見る限り、冗談交じりでもなく本気で心配されているらしい。
    「……僕だってバーで飲めるくらいには大人なんだけど、桑名さんから見ればまだ子ども?」
    「子どもだなんて思っちゃいないさ。杉浦くんは異人町で立派に探偵をやってる。探偵としての経験があったわけでも、この土地になじみがあったわけでもないってのにだ。俺は立派だと思うぜ」
     また子ども扱いされたような気がして反発してしまったが、思わぬ返事に鼓動が早まった感覚がした。顔が火照っているようで、咄嗟に自分の手の甲を押し当てる。軽く汗ばんだ頬は熱を持っていた。
    「あ、そ、う……かな。ストレートに褒められるとくすぐったいや。素直に受け取っておきます」
     へへ、と小さく笑った杉浦を見て、世辞なんかじゃないぞと桑名が念押しした。短い付き合いの中でもお世辞を言うようなタイプには思えなかったので、本気で言ってくれているのだと杉浦は理解している。
     水をもう一口飲もうとグラスを手にして、桑名の手元に視線がいった。
    「ってあれ、桑名さんのお酒進んでないんじゃない? 僕に飲ませておいて自分は休憩してたの?」
    「おいおい、人聞きの悪いことはよしてくれよ。この酒、結構強いんだぜ」
    「ふーん……」
     じっと桑名を見ていると、元気になったじゃないかと金色の頭を撫でられた。子ども扱いそのものだったが、褒められたしまぁいいか、と指摘しないことにした。
     自分のグラスを手にした桑名は、それにしてもなぁと話を続ける。
    「縁もゆかりもない土地で、経験がない探偵業を始めるとはね。きっかけでもあったのか?」
    「きっかけぇ? ……まぁ、あったといえばあったけど……それより、僕、桑名さんに探偵の経験がないなんて言ったっけ。あるかないかって言われたら、どっちかっていうとある方だったんだよ」
    「ある方? そうだったのか。ってことは、前はどこかの事務所にいたんだな」
    「まぁ……そんなところ。僕と九十九くんがお世話になった探偵事務所があるんだよね。基本的なことはそこで学ばせてもらって、僕たちは一念発起して起業したって訳です」
     杉浦は自分のことをベラベラと話すことには多少なりとも抵抗があるが、酒のせいなのか線引きが緩くなっているかもしれない。普段なら適当に答える質問にも、誤魔化しナシで答えてしまった。
    「君たちの先輩ってことか。さぞかし頼りがいのある有能な探偵なんだろうな」
     酒の影響の他にも、桑名の語り口調には人の口を軽くする何かがあるのかもしれない。気をつけようと思っていても、隙間からスルりと言葉が滑り出してしまう。
    「ふふ、どうかなぁ。頼りがいはあるかもしれないね」
     思い浮かべたのは冬でもライダースジャケット姿の探偵だった。彼には世話になったし、反対に杉浦が世話をした場面もあった。お互い貸し借りの勘定はしていないが、総合すれば杉浦の借りが多いかもしれない。探偵の先輩というのは腑に落ちる表現だと思った。もう数ヶ月連絡を取っていないので、彼と彼の兄貴分が今頃どうしているのか杉浦には分からない。きっと相変わらず、事務所の家賃を滞納しているんだろう。
    「僕の話なんていいからさ、桑名さんのことも教えてよ。便利屋を始めようと思ったきっかけは? 他に仕事してたの? 一人でやってくのって大変じゃない?」
     いい機会だと思って気になったことを立て続けに並べてみると、桑名のことを何も知らなかったことに気がついた。そういえば、一緒に仕事をしたことがある訳でも無い。単なる同業者で片付けられるはずの杉浦に対して、町で顔を合わせる度に誘いをかけてくるのは決まって桑名の方からだった。気に入られるだけのことをした記憶もないのに、桑名からは好意的に接してもらえるので、もう何度も一緒に仕事をした気になっていた。
    「質問責めだな。俺は杉浦くんと違って、これっていうきっかけはなかったよ。昔は金のためなら何でもやってた。それがいつの間にか、便利屋として名前が知れたってだけのことだ」
    「前の仕事は?」
    「仕事なんてしてない。今でいうところの引きこもりだった」
    「……桑名さんも大変だったんだね」
     酔ってぼやけた頭でも、昔のことを語る桑名の表情が曇っていることは分かった。続いて引きこもりという単語が耳に飛び込んできたので、口の中に苦みが広がったように感じる。好奇心で探るべきではなかったかもしれない。
    「あぁ、悪い。暗い顔をさせちまったな。俺は碌な人間じゃなかったが、今はこうして杉浦くんみたいな若者と酒を飲めるようになったんだ。便利屋になって良かったと思ってるんだぜ」
    「……調子いいなぁ。そういうことは女の子に言ってあげなよ」
    「はは! もう効かないか。照れた杉浦くんも可愛かったんだがな」
     はぁ? と杉浦が眉を寄せると、桑名は伝票を掴み逃げるようにして席を立った。どうやら桑名にからかわれたらしいと分かって、杉浦は憮然とする。桑名の大人らしさというか、年の差を思い知らされた気になった。
    「……やっぱり子ども扱いしてるじゃん」
     会計を済ませている桑名の背中に文句を投げる。「何か言ったか?」と振り返ったので、「別に!」と返した。
     これだから大人はいやなんだ、と思いながら杉浦も席を立つ。と、突然頭が何かに殴られたかのように大きく揺れた。ぐわんと強い目眩がして、身体の重心が傾く。カウンターに手を付こうとしたが、杉浦の右手はカウンターに届く前に空を切った。
    「う、わっ!」
     頭の中ではバランスの立て直しをしようとしているのに、身体が全くついてこない。がくんと膝の力が抜けて、床に倒れこんだ。
    「杉浦くん!?」
     ガタッという大きな音がして、遠くから桑名の焦った声が飛んできた。駆け寄ってくる足音がして、そちらに顔を上げようとしても一ミリも動かせない。とにかく全身が怠い。杉浦はまるで他人事のように、泥の中に放り込まれたらこうなるのかもしれないと思った。

     ――自分に何が起きたのか分からないまま、杉浦の意識は途切れた。
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    カミノ

    TRAINING①の続き。二人が話しているだけ。
    桑杉『fall dawn』②「マスター、彼に水のお代わりをくれ」
     客が減った店内で響いてしまわないよう、桑名は音量を抑えた声で追加の水を頼んだ。目の前には半分ほどになった水のグラスと、数時間前から減っていない酒のグラスが並んでいる。隣に座っている杉浦は、カウンターに両肘をついて目元を覆っている。桑名と違い、こちら側には空になったグラスが二つ並んでいた。
    「ぅ……今日はいけるかと思ったんだけどやっぱりダメだったみたい……」
    「いいや、俺が気がついてやれたらよかったんだ。話に夢中になっちまって、悪かったな。気持ち悪くはないか?」
    「うん、大丈夫、だと思う……」
    「無理はするなよ」
    「ありがと……」
     桑名の気遣いに対して、杉浦は弱々しく答えた。今日は平気そうだと桑名に付き合って数杯飲んでいたが、ある時から頭痛に襲われ始めた。そして顔は燃えるように熱く感じる。この分だと露骨に赤く染まっているだろう。ビールで平気だったからとワインに移行したのがミスだったらしい。酒に関しては神室町で鍛えられたと思っていたので、自分の許容量は把握しきれていると思っていた。疲れでも溜まっていたんだろうか。
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