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    さめしば

    @saba6shime

    倉庫兼閲覧用。だいたい冬駿

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    さめしば

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    付き合ってる冬駿のSS/高3と大1のふたりの、誕生日と年の差の話。⚠️冬居は冬生まれという勝手な想定のもと書いた話です。プロフィール&未来捏造注意。単体で読めますがこちら(https://poipiku.com/3976714/5901839.html)の前日譚でもあります。
    2022.11.15 加筆修正

    ##冬駿
    ##大学生同居シリーズ

    You made my day!「おめでとうございます! 今日の一位は水瓶座のあなた!」

     僕の毎朝を彩るお決まりのひとつ、とある情報番組の星占い。そのカラフルな画面に、ばんと大きく自分の星座が映し出されている。やった一位だ、と独り言が思わずこぼれて、身体の内側からぽうっとパワーが湧いてくるような心地がした。明るいナレーションが添えるワンポイントアドバイスは、期待した類いのものではなかったけれど。「チャレンジはうまくいく」とか「ここ一番の勝負運を発揮する」といった一言なら、何もかもが完璧だったのに——とは言え一日のスタートとして充分すぎるほど上々な報せは、間違いなく僕の背中を押してくれるはずだ。持ち物リストを今一度入念に確認し、自室を後にした。
     ——大丈夫、きっと完璧な一日になる。今日は第一志望の大学の受験日だ。そして、幸か不幸か、僕の生まれた日でもある。

    ****

     すべての受験科目をやり遂げ、まだ緊張の残るふわふわとした足取りでキャンパス内を歩く。最大の正念場から解放されひと心地ついた感覚はあれど、後からこぼれ出る不安を堰き止めるのは難しい。受験生たちがつくる人混みの流れに沿って足を進めていると、あそこの設問はどうだったとか、試験内容に関する会話たちが耳を介して僕の思考をざわつかせた。——さっさと自分の家へ帰って、温かいものでも飲んで落ち着きたい。何か聴きながら帰ろうかとスマートフォンを取り出すと、ロック画面は意外な人物からのメッセージを知らせてくれた。受信時刻は三十分ほど前。その内容もまた意外なもので、目が文字を捉えるなり僕はぱっと踵を返した。逸る想いを抑えつつ、最寄駅へ向かう人混みに逆らって、僕だけの目的地へ急ぐ。
    『大学の裏門近くのコインパーキングにいる。終わったら来い』
     幼馴染み兼恋人からの簡潔な文面に、心が弾む音を聞いた。

     コインパーキングの一角に鎮座していたのは、彼の母親所有の軽自動車だった。見慣れた四角いフォルムと丸い眼のかわいらしい顔が、ここにいるよと僕を呼んでくれる。運転席の彼がこちらに気付く仕草を見て、足が勝手に歩みを速めた。助手席の窓を覗き込めばすぐにドアロックが解かれ、前のめりな気持ちと共に車内へ体を滑り込ませる。
    「よー。おつかれ」
    「あ、えっと、どうも」
     試験会場でほとんど声を発さなかったせいか、うまく舌が回らない——急にどうしたんですか、なんで迎えに来てくれたの。聞きたかったあれこれは思考を上滑りし、彼の顔をただじっと眺める。
    「走って来たのか? 息上がってっぞ。引退して体鈍ったんじゃねーの」
     一刻も早く顔を見たかったから、などと熱烈なことを言ったら引かれるだろうか。
    「……体力っていうよりメンタルが目減りしてますよ、今は」
    「はは、そりゃそーなるわな。お疲れさん、冬居」
     つい先程までぴりぴりとした空気のただ中にいた反動もあるのだろう、穏やかに笑いかけてくれる彼の隣はひどく温かく、嘘みたいに居心地が良い。その存在をただ間近に感じるだけで、冷え固まっていた心がじわじわと溶かされるようだった。
    「……あの、駿君。ねぎらってくれるなら、お願い聞いてほしいんですけど」
     彼は器用に片眉を上げ、訝しげな顔をする。
    「……俺にできることなら?」
    「手、握ってもいい?」
     一瞬見るからに動揺した表情をすぐさま押し込め、彼はぎゅっと唇を引き結んだ。
    「ほれ」
     差し出された手のひらに自分のそれを上から重ね、ぎゅっと力を込めて掴まえる。僕より少しだけ小さい、硬くて骨張った手の、柔らかな温度。
    「……手ぇつめてーな。エンジンかけたらすぐ暖房入れてやるから」
    「うん。ありがとう」
     僕がほんの少し力を緩めると、解放されると思ったらしい彼の左手が引っ込められそうになった。逃すまいと追いかけ、今度は角度を変え、お互いの指を絡ませて繋ぐ。いわゆる恋人繋ぎという形に。
    「おい、ちょっ……」
    「……あったかい」
     ぴたりと合わせた手から全身へ、血が巡り行き渡っていくような感覚。気を張り続けて凝り固まっていた心と身体が、みるみるうちに解れていく。控えめな力で握り返してくれる彼の目の端は赤く染まっていた。きっと自分の顔も、普段以上の血色を帯びているに違いないけれど。羞恥心と戦っているらしい横顔は、眉を吊り上げた表情のまま視線を正面に固定し続けている。油断すれば泳いでしまいそうな目を必死に縫い止めている、といった様相だ。その瞳がこちらを向いてくれれば今よりもっと嬉しいのに——欲張りな悪戯心がちらりと顔を出す。繋いだ手をそっと持ち上げ、顔を寄せて彼の手の甲に口付けてみる。いかにもわざとらしく、ちゅっと音を立てて。
    「なっ……! 冬居、おま」
    「あ、こっち見た」
    「駐車場だぞここ! 誰か通りかかったら」
    「そういえばそうでしたね」
     悪びれもしない言葉が口をついて出る。念のため、実行する前に周囲へ視線を走らせておいたので問題はないはずだ。ぶわっと染まった頬の色のうち、何割が照れで何割が怒り由来だろうか。手のひらの温度もぐっと上がり、わずかに汗ばみ始めていた。
    「あのなあ、俺はそこの学生なんだぞ。知り合いに見られでもしたら……」
    「僕も通う予定ですけどね」
    「余計気まずいわ! ったく、本命の試験終わった途端に色ボケかよ」
    「終わったばっかりなのに会えたから、でしょ」
    「あーハイハイ! いーかげん車出すぞ」
     離れがたく愛しい温度を惜しみつつ解放する。料金払ってくる、と言い残した彼はさっさと車を降り、精算機へ小走りで駆けて行った。後頭部をがしがしと掻く仕草は明らかに照れ隠しのそれで、思わず口が緩む。
     試験は無事終わったこと、それと駿君が大学まで迎えに来てくれた旨をメッセージに書き、母に送信しておく。スマートフォンから顔を上げれば、ちょうど彼の戻るタイミングだった。車内に素早く乗り込む勢いのままに、彼の手がなにかをこちらにずいっと差し出してくる。そのフォルムに、表面の文字に、僕は思わず目を丸くした。
    「ん。やる」
    「え……コーンポタージュ? なんで」
    「小銭足りなくてよ。自販機で崩した」
     手渡されたスチール缶は素手で持つにはやや熱すぎるほどで、ついさっき彼から分け与えられた温度をまるっと上書きしてしまった。しかしそれを残念に思う気持ちを上回って、頭の中に流れたのは今朝の占いのナレーションだった。ラッキーアイテムはたしか、「温かいスープ」。幸せを運んでくるはずのラッキーアイテムを、実体ある幸せそのものが運んできてくれるなんて。あべこべの因果に思わず目を瞬かせる。
    「あれ、嫌いだっけか?」
     シートベルトを装着しながら、不思議そうに彼が尋ねる。
    「ううん、好きです。いただきます。……嬉しいな、ありがとう」
    「んな有り難がるもんでもねーだろ。けど一人で全部飲むなよ、腹減ってんだ」
    「なら二本買えばよかったのに」
    「んーん、今から寄り道して帰る予定だからな。そこでなんか軽く食おーぜ」
    「いいですけど、寄り道って?」
     彼はダウンジャケットのポケットから紙切れを取り出し、ひらりとこちらへ寄越す。
    「お前のこと迎えに行ってもいいか、おばさんに一応確認したんだよ。そしたらついでにケーキ受け取ってきてーって頼まれた」
     紙切れにはショッピングモールに入っている洋菓子店のロゴが印字されていて、予約票の控えとも書かれていた。十中八九、僕の誕生日祝いのホールケーキだ。
    「ああ、なるほど……母さん、車出すの面倒臭かったんだろうな。用事増やしてごめん」
    「気にすんなよこんくらい。リフレッシュがてらちょっとだけ遊ぼーぜ」
     幼馴染みがにかっと口角を上げて笑った。受験生の僕を気遣う言葉を、ごく自然に選んでくれている——彼のさりげない優しさに、じわりと胸が温まる。ここ最近、彼の些細な言動の端々から、僕に向ける特別な感情をだんだんと感じ取れるようになってきていた。それは年長者としての自覚のようなものであり、恋人という存在への変化のようなものでもあった。俺にもお裾分けくれるっておばさん言ってたんだ、何のケーキだろうなあ。無邪気に声を弾ませる様子は、子供の頃とちっとも変わらないけれど。
     ところで、恋人同士が遊びに出掛ける行為を一般的にはデートと呼ぶのだが、彼がそこに気付いているかは少し怪しい。いきさつはどうあれ、僕の中では立派なデートとして記憶に刻むつもりでいるのだけど。付き合い始めたことはまだ伏せているのに、二人の時間を増やしてくれた母へ、心の中で感謝を捧げる。
     じゃ行くか、と彼が出発前のチェックを始め、バックミラーやシートベルトなどの確認を順序良くこなしていく。まだ運転経験の浅い彼の、この手順を見守る時間が僕は割と好きだ。不意に視線がぶつかって、真剣そのものだった表情が照れを含んだような複雑な色に変わる。
    「冬居お前……運転中は妙なマネすんなよ」
    「するわけないでしょ。安全第一でお願いします」
    「……信用してやる」
     車が発進する。指先の感覚を奪うほど熱い缶のスープ、温風を吐き出すカーエアコン。そして、右隣にはあたたかな無二の存在。ほんの十分前とは比べるまでもなく、身の内も外も温もりで満たされているのだった。

    「で? どーだったよ、出来は」
     信号待ちの最中、あと一口分あるかないかという缶を突き返しつつ彼が切り出す。今日の本題とも言える話題だ。熱々のスープ飲料は、二人で分け合えばあっという間に残りわずかとなった。
    「上々……かな? 手応えはあります」
    「ふーん、じゃ大丈夫そーだな。合格オメデト」
    「……あんまり気の早いこと言わないでよ駿君。逆に不安になる……」
     信頼の表れと知りつつ、よくもまあ簡単に言ってくれるものだとも思う。模試ではA判定を取っているし、本番も好調だったのは事実だけれど。解答欄がずれたりだとか、凡ミスを犯した可能性だってあるのだ、もちろん再三見直しはしたが。そういえば英語の最後の長文問題、あれはサマリーを掴み切れていたか少し怪しい。ひとたび記憶を浚ってしまえば、懸念はぽろぽろとこぼれてきて胸の奥に溜まっていった。
     残り少ない缶を呷る。不安要素とは対照的にちっとも落ちてこない頑固なコーンの粒を底に見て、知らず溜息が漏れた。
    「……なあ冬居、なんか後ろ向きなこと考えてんだろ。とりあえず今日は忘れちまえ」
    「……ぱっと切り替えられれば苦労しませんよ」
     そんなに思い詰めた空気を出していたのだろうか、僕は。ハンドルを滑らかに操り、無責任に前向きなことを言う彼の横顔がやけに大人びて見えた。あちこちに視線を巡らせるその動作の中には、僕の知らない運転上の確認事項がいくつも含まれているのだろう。かたや自分に視線を戻せば、ダッフルコートの裾の合わせ目から覗く学ランが目につく。彼の運転に同乗した経験は数度あるけれど、制服を着ているのはおそらく今回が初めてだとふと気付いた。三年間着倒したそれが、普段よりも妙にくたびれて見えるのはなぜだろうか。身分証明書としても機能する免許を携えた彼と、進路もまだ未確定の高校生でしかない自分。明確な差が改めて浮き彫りになるような感覚に、喉の奥がぐっと詰まった。有意義さの欠片もない比較だと、もちろん理解はしている。しかし不穏な想像に慣れた思考は、極端な例を持ち出して身勝手に嘆き始めるのだった。たとえば今この瞬間——彼の身に何か起こったとして、代わりにハンドルを握ってあげることさえ僕にはできないのだと。考えたって詮無い仮定だ。だと言うのに、助手席から運転席までの距離が果てしなく大きく、そして自分がひどく非力に感じられてしまう。ほんの一歳差の埋められない溝を見つめるのなんて、とっくに慣れっこのはずなのに——僕はまたこの感情を噛み締め、苦い味に眉を顰めている。
     六歳の彼がぴかぴかのランドセルを見せびらかしに来た時は、ただあこがれの目を向けるのみだった。艶の消えたランドセルを背負う僕に、彼が中学のブレザーをひらめかせて見せたあの日から、正体不明の焦りが心の片隅で顔を覗かせ始める。その後まもなく二人同時にカバディを始め、世界選抜チームの一軍と二軍に分かれた時はいっそ痛快だった。年齢のみならず実力という高い壁が存在し、隔てるものは生まれた順だけではないことを、身をもって思い知る。そして成長期を経た僕のブレザーの袖丈が足りなくなる頃、奥武で一緒にカバディやるぞ、と学ランを羽織った彼は当然のごとく告げたのだった。
     先へ先へと階段を上がっていくその背中に、永遠に追いつけなくとも構わない——僕が見失いさえしなければ。いつからかそう誓いを立て、足を止めずに追いかけてきた。とは言え一方的に追う立場であり続けたわけではなく、彼の内で燃える対抗心のいくらかは絶えず僕に向けられてきたことも、よく知っている。その自覚に慣れ切ってしまったせいだろうか、僕らの関係性に恋愛が上乗せされてからというもの、彼の気持ちを量りかねている節があった。今日迎えに来てくれたことだって、僕にとっては大きな衝撃だったのだ。
    「どした、ボケッとして。ねみーんなら寝てていいぞ」
    「……助手席に乗る人間は寝ちゃダメって、前に言ってたじゃないですか」
    「今日だけは許しちゃる」
     ふふんと得意げに笑う横顔をまじまじと眺め、なるほど特権ですねと返す。彼の意図からはズレているであろう返事を。
    「……僕も、免許取ろうかな」
    「なんだよ、心境の変化でもあったか? 怖いからヤダの一点張りだったろ」
    「運転自体をしてみたいわけじゃないですけど。持ってた方が助かることも……あるのかなって」
    「ふーん。じゃまずは原付から始めてみるってのはどーよ」
    「嫌ですよ生身で道路を走り回るなんて! 装甲がなきゃ無理だ……」
    「装甲って。戦車かよ」
     彼が喉の奥でくつくつと笑う。
    「冬居の運転なら、そりゃあもう安全なんだろーなあ」
    「免許取るって決めたわけじゃないですからね、ちょっと考えてみただけのことで」
    「わーってるって、ムリして取ることもねーよ。行きたいとこがあんなら俺が連れてってやる」
    「自分の車もまだないのに?」
    「うるせーよ」
     絶対に埋められない差が存在するのは悪いことばかりではない。兄貴風を吹かせたがる時の彼が、僕は昔から結構好きだ。軽口を叩き合う心地良さが取り留めのない憂慮をひとまず晴らし、今この時を楽しもうと素直に思った。

    ****

     ショッピングモールで過ごした二人の時間は、短いながらも充実したものになった。コーヒースタンドでお茶をしたり、ゲームセンターではしゃいでみたり。誕生日プレゼント買ってやるよとの申し出を有難く受け、スマホケースを一緒に選んでもらった。ぷらぷらと洋服を見て歩いたりもしてみた。楽しいひと時の締め括りとしてケーキを受け取り、駐車場へと戻る。モール内にいると気付きにくいけれど既にとっぷりと日は暮れていた。徐々に日が長くなってきているとは言え、気候はまだ冬の底にある。
    「うお、さみーな……」
     びゅうと吹き抜ける風に二人して身を縮こまらせた。まだ駐車に不安のあるらしい彼が車を停めたのは、エレベーターとエスカレーターどちらからも遠い隅っこの一角だった。元々駐車量の少なかったエリアには、今や僕らの乗ってきた一台のみ。そこへ近付くにつれ人影は消え、心なしか天井の照明さえぼんやりと弱々しい。なんとなく許されるような気がして、空いている彼の手をぎゅっと握った。
    「!」
    「寒いから。ちょっとだけ」
     どうやら不意打ちを受け入れてくれたらしい彼が、押し黙って少し俯く。すると存外に強い力でぐっと握り返され、思わず心臓が跳ねた。不意打ちの仕返しをくらったのだと気付き、俯いたままのつむじをちらりと見下ろす。繋いだ手から伝わる温度に心を委ねると、幸福感が喉の奥までせり上がってきて、声を出せばこぼれてしまいそうだと思った。
     寂しい場所でぽつんと僕らを待つベージュの四角いフォルムに辿り着き、手と手が離れる。たったそれだけのことが馬鹿みたいに寂しい。多くはない荷物を積み込む最中、彼が後部座席のシートベルトでケーキの箱を固定してくれて、なんだか僕自身を大事に扱っているみたいに思えて、妙にくすぐったい気分だった。
     助手席に座る直前、ついさっきまで繋いでいた手の力強さを思い出すようにぐっと拳を握った。バンと勢いよくドアを閉じる音が響き、狭い空間に二人きりになる。どこまでなら受け入れてくれるだろうか、許してもらえるだろうか——ラインをひとつ踏み越えるたびに欲深くなっていく自覚と向き合いながら、シートベルトに手を伸ばす彼に声を掛けた。
    「駿君。誕生日プレゼント、もうひとつねだってもいい?」
     切り出すと同時に彼の左手を取り、手の甲に親指を這わせた。
    「唇に、したい」
    「んなっ……」
     意図は正しく伝わったらしく、暗い車内でもわかるほど彼の頬に赤みがさっと差した。二の句の継げない唇に一度視線をやってから、しっかりと目を合わせ畳み掛ける。
    「ダメなら、はっきりそう言ってください」
    「……なんか、今日のお前……」
     口元をもごもごとさせ言い淀む。これほど歯切れの悪い彼を見るのは稀なことだ。
    「厚かましいですか? 今日の僕」
    「んなことねーけどよ。……初めてがこんな場所でいいのか」
    「駿君って意外とロマンチストですよね」
    「だって俺の母ちゃんの車だぞ」
    「それは確かに後ろめたいかな……」
     ロマンチックさの欠片もないシチュエーションで、あるのは特別な日付だけ。けれど今日を逃してしまえば、僕の背中を押すものは効力を失う。
    「……わかった、いーよ。やってやる」
     やにわにずいっと身を乗り出す彼に、動揺したのは僕の方だった。
    「え、ちょっ、駿君からしてくれるの」
    「プレゼントなんだろ」
     完全に腹を決めた表情の彼が、さっと窓の外に目を走らせてから更に顔を寄せ——運転席と助手席の間に存在する距離は、いとも容易く消え去るほどに短かった。
     無意識に息を詰める。目を閉じるのはなんだか勿体なくて、薄目を開けたままその瞬間を待った。近さのあまりピントのぼやけた世界が彼でいっぱいになる。お互いの前髪が触れて、ふわりと擦れる感触。唇どうしが軽くトンとぶつかり、離れたかと思うとまたすぐに重なる。うまいやり方なんて知らなくて、不器用に唇を押し付け合う。温かくて少しかさついた皮膚の下には、中毒性のある弾力が隠されていた。唇の温度が、ゆっくりと遠のいてゆく——早鐘を打つ胸に灯った物足りなさを僕の中に残して。赤く染まった目尻に、悩ましげに寄せられた眉。ピントの合う距離で見るその表情はあまりに扇情的で、咄嗟に伸ばしそうになった腕をどうにか宥めてやる。彼は運転席にどさっと腰を落ち着けるなり、ハンドルに腕を組んで突っ伏してしまった。胸によぎった衝動を逃すように、僕はほうと大きく息を吐く。
    「えっと……大丈夫?」
    「ちょっと黙ってろ……」
     あのまま目を合わせ続けていたら何をしでかしたかわからない。早めに距離を取ってくれて正直助かった——お互いのためにも。だらしなく緩む口元を手で覆いつつ思った。
    「駿君……ありがとう、お願い聞いてくれて」
    「……おーよ。俺に二言はない」
     のろのろとハンドルから顔を上げた彼が、横目に僕の様子を窺う。まだ赤みの残る目元とばっちり視線が合った途端、ふいっと逸らされてしまった。かと思えば僕の首元の辺りを凝視し始める。苦いものでも食べたみたいな、でも気恥ずかしさも浮かぶ複雑な様子だ。
    「どうかしました?」
     視線の集中を感じる辺り、学ランの襟を触ってみる。
    「……なんつーか、お前、昨日まで十七だったんだよなーとか思うと」
     確認するまでもない、当たり前の事実だ。
    「大学の奴らが話してた、女子高生と付き合うのはアリかナシかっつー話題思い出した……」
    「はあ……え?」
    「ナシだと思うっつーヤツに話合わせてたけどよ、じゃあ俺とお前って……」
     彼が引っ掛かりを感じている点に考えが及び、思わずぷっと吹き出してしまった。笑うなよバカ、こっちは真剣なんだぞ、と言い募られて更に笑いが止まらなくなってしまう。このひとにだって、僕との年齢差を気にすることがあるのだ——世間体だとか倫理観という面では。紛れもなく新しい発見だった。ここ最近は思いきり笑う機会なんてほとんどなかったせいだろう、込み上げる可笑しさを止める術など僕にはない。できる限り声を噛み殺し、ひとしきりくすくすと笑わせてもらってから、どうにか口角を元に戻そうと努める。なんだか、やけにすっきりとした気分だ。目尻に滲んだ涙を拭って、むすっとした顔の恋人に向き直る。
    「あのさ、駿君。そのへんの高校生つかまえて付き合ってるわけじゃないでしょ、気にする必要ないですって。僕たち清い関係なんだし」
    「……たったいま清くなくなっただろーが」
     あ、そこが線引きなんだ。じろりとめつけてくる視線がまた僕のツボに入りかけたけれど、きっと怒られるだろうからとやり過ごす。彼が何を思い、何を考えながら僕と付き合っているのか。少し垣間見ることができて、素直に嬉しい。
    「あーもう、帰りの運転狂ったら冬居のせいだかんな」
    「それは困るな。合格発表くらい見届けたいです」
    「オイオイ、もっと先を見ろよ」
     ——うちの大学で一緒にカバディするんだろ。まだ形のない未来はいつだって、彼が言葉にすれば立ちどころに現実感を伴って僕の眼前に現れるのだ。


     帰り道、交差点の信号待ちの最中。カチカチと鳴るウィンカーの音が、残り少ない二人きりの時間をカウントダウンしているみたく聞こえた。そういえばと記憶を遡り、思い当たったことを彼にぶつけてみようと思った。一か八か伝わるかという、今日最後の「お願い」を。
    「ねえ駿君。会いに来てくれて嬉しかったよ、今日」
     最後の単語だけを心持ち強調して発音してみる。少し目を丸くした彼は、すぐに前方へ視線を戻した。
    「あー……冬居」
    「うん」
     彼はずっと前方にある信号を睨みつけ、ぽりぽりと頬を掻いた。照れ隠しに眉間を寄せた横顔を、夜の国道に飛び交う何色ものライトが照らし出す。
    「……誕生日おめでとう」
     ありがとう駿君、と返す僕の声には彼が好きだという気持ちがあからさまに透けていただろうけど、隠す必要なんてないから全く構わなかった。
     今日の残りのスケジュールを順に思い浮かべてみる。我が家に帰れば、誕生日祝いと試験お疲れ様会を兼ねた夕飯が待っている。ケーキは彼も一緒に食べてくれたら、とてもとても嬉しい。
     ——大丈夫、きっと完璧な一日で終わる。今朝の占いはこれまで一言一句的中しているのだから。「今日の一位は水瓶座のあなた!」に続いた言葉はこうだった。

    「大事な人との距離が縮まる日。勇気を出して!」
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    さめしば

    TRAINING付き合ってる冬駿のSS
    お題「黙れバカップルが」で書いた、井浦と山田の話。冬居はこの場に不在です。
    お題をお借りした診断メーカー→ https://shindanmaker.com/392860
    「そういえば俺、小耳に挟んじゃったんだけどさ。付き合ってるらしいじゃん、霞君とお前」
     都内のとあるビル、日本カバディ協会が間借りする一室にて。井浦慶は、ソファに並んで座る隣の男——山田駿に向け、ひとつの質問を投げ掛けた。
    「……ああ? そうだけど。それがどーしたよ、慶」
     山田はいかにも面倒臭そうに顔を歪め、しかし井浦の予想に反して、素直に事実を認めてみせた。
    「へえ。否定しないんだ」
    「してもしゃーねえだろ。こないだお前と会った時に話しちゃったって、冬居に聞いたからな」
     なるほど、とっくに情報共有済みだったか。からかって楽しんでやろうという魂胆でいた井浦は、やや残念に思った。
     二週間ほど前のことだ、選抜時代の元後輩——霞冬居に、外出先でばったり出くわしたのは。霞の様子にどことなく変化を感じ取った井浦は、「霞君、なんか雰囲気変わったね。もしかして彼女でもできた?」と尋ねてみたのだった。井浦にとっては会話の糸口に過ぎず、なにか新しいネタが手に入るなら一石二鳥。その程度の考えで振った一言に返ってきたのは、まさしく号外級のビッグニュースだった。——聞かされた瞬間の俺、たぶん二秒くらい硬直してたよな。あの時は思わず素が出るとこだった、危ない危ない。井浦は当時を思い返し、改めてひやりとした。素直でかわいい後輩の前では良き先輩の顔を貫けるよう、日頃から心掛けているというのに。
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    さめしば

    MOURNING※供養※ 灼カバワンドロワンライのお題「食欲の秋」で書き始めた作品ですが、タイムアップのため不参加とさせていただきました。ヴィハーンと山田が休日にお出掛けする話。⚠️大会後の動向など捏造要素あり
     しゃくっ。くし切りの梨を頬張って、きらきらと目を輝かせる男がひとり。
    「……うん、おいしー! すごくジューシーで甘くって……おれの知ってる梨とはずいぶんちがう!」
     開口一番、ヴィハーンの口から出た言葉はまっすぐな賞賛だった。「そりゃよかった」と一言返してから俺は、皮を剥き終えた丸ごとの梨にかぶりついた。せっかくの機会だ、普段はできない食べ方で楽しませてもらおう。あふれんばかりの果汁が、指の間から滴り落ちる。なるほどこれは、今まで食べたどの梨より美味い。もちろん、「屋外で味わう」という醍醐味も大いに影響しているのだろう。
     ——俺とヴィハーンはふたり、梨狩りに訪れていた。

     長かった夏の大会が幕を閉じ、三年生はみな引退し、そしてヴィハーンは帰国の準備を着々と進めていた十月下旬のある日——「帰る前になにか、日本のおいしいものを食べたい!」ヴィハーンから俺に、突然のリクエストが降って湧いたのだった。
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