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    さめしば

    @saba6shime

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    さめしば

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    お題「霞冬居」のSS
    20巻おまけ漫画にて初登場の先輩視点。「強い一年が入ってきたのと同じだろ」という台詞が、実際そう思った過去があって出た言葉だったら…という発想から。ワンライなり損ない文を供養。 ⚠️捏造要素あり
    2023.7.24 加筆修正済

    ビハインド・ザ・シーン「実はさあ、俺のしもべが入ってくんだよ。四月になったら」
     春休みを間近に控えたある日、部活終わりにコンビニへ向かう道中のできごとだった。
     どことなく弾んだ声で冒頭の言葉を発したのは、俺の隣を歩く山田駿——ともにカバディ部に所属する、同学年の部員である。なんだか浮き足立っているような、嬉しさを隠し切れていないようにも見える横顔が、やけに印象的に映った。
    「しもべ……って、ああ。山田の幼馴染みのことか? 船井に聞いた気がする」
    「んだよ、知ってたのか」
    「世界選抜組らしいじゃん。背番号はいくつだったんだ?」
     俺の何気ない質問にさっと気まずそうな表情を浮かべ、山田がぽつりと呟く。
    「……四番」
    「へえ、すごいな! ……あれ。確か山田は」
    「六番だよ! 負けてんじゃんって思ったろ今! 俺らとあいつらの代じゃちげーんだよ色々と!!」
    「んなこと言ってないだろ!」
     そう否定しながらも、必死な様子の山田が可笑しくて思わず吹き出すほどに笑ってしまった。むすっとへそを曲げた同輩を宥めすかしながら俺は、まだ見ぬ後輩との対面に思いを馳せたのだった。

     かくして、その日はすぐに訪れる。
     新入部員による自己紹介の時間、一年生の中でも際立って上背のあるその男は、静かで淡々とした響きの挨拶をした。「一年A組の霞冬居です。よろしくお願いします」と一旦言葉を切ったあと、彼のおどおどとした視線はなぜか俺たちの立つこちら側にちらりと向けられた。自己紹介を聞く側、二年生が並ぶ列の真ん中へと。隣にいる山田を横目で窺ってみれば、眉を吊り上げ目を怒らせ、表情のみで幼馴染みに指示を出しているらしかった。
    「……ええと、中学では世界選抜チームの一員として遠征試合に参加しました。カバディ経験者です。以上です」
     挨拶を終え一歩下がった霞は俯きがちな姿勢になり、実際の身長より幾分小さな図体に見える。日本代表に選ばれるほどの選手と聞いて思い浮かぶ人物像からはやや外れた印象の彼に、俺は内心拍子抜けしていた。そんな俺とは対照的に、隣の山田はふふんと満足げに笑っていたのだった。
     その後行われた攻撃練習により、俺の受けた印象はまるっと覆されることとなる。まずは経験者数人のお手並み拝見と、三年・二年混合チームが一年生を迎え撃つ運びになったのだ。周りからの押しもあり一番手を任された霞は最初こそびくびくしていたが、敵陣に一歩足を踏み入れてからの動きは見事なものだった。余計な力が抜けている——気負いも全く見えない。堂々としている。上級生の圧など、ちっとも感じていないような身のこなしで。あくまで自然体のまま危なげなく二点を取り、彼は帰陣して見せた。
     ——この一年カバディに打ち込んできて、俺も少しは素人から抜け出せたと思えるようになったはずなのにな。攻撃練習では未だに緊張が先立ってしまう自分の何十歩も先を行くような、これまでの経験が裏打ちされた霞のレイドに見入らされた。海外試合まで経験済みなんだもんな、そりゃ違って当然か。などと体よく自分を納得させていると、俺と同じくコート外から見守っていた山田が「ラクしやがって、あいつ」と不満そうに顔を顰めるところが目に入った。どうやら、山田の知る彼の実力はこんなものではないらしい。——期待の新戦力に沸き立つ空気の中、一年と少し先の未来について、俺はひとり想像を巡らせる。三年生に進級し、最後の試合となる夏の大会、果たして俺は上から数えて何番目に位置していられるのだろう——迫る予感に、追い立てられる心地がする。これは思ったより厳しい日々が待ち構えていそうだと、腹にぐっと力を込めるのだった。

     それから瞬く間に時は流れ——夏の大会を終え、三年生の先輩方は引退し、山田が部の主将となり。山田駿を中心としてチームが纏まりゆく空気の中で、霞冬居はますます頭角を現していた。
     短くない時間を共に過ごし、彼の人となりに触れ、その独特の気質を理解してゆく過程はなかなかに興味深いものだった。常日頃からなにかに怯えたり怖気付いたり、小心者としか思えないような振る舞いを見せたかと思えば、「意外と肝が据わってるなコイツ」と意表を突かれる瞬間も時折訪れたりする。簡単に揺らぎやすいように見せかけて、実は己の中にブレない軸を築いている、そんな男なのだ。競技者としての霞はと言えば、経験により培った自信を持ち合わせながらも、相手との力量差を冷静に見極める力にも長けたタイプである——といったところが、俺の見解だ。そんなクレバーな面に加えて、不安や恐怖に立ち向かうための面倒な事前準備も、彼は怠らないのだった(と言っても、このあたりは高校から意識改革を図っている部分らしい。他のプレイヤーやチームについてしっかり研究しろ、と山田に厳命されたのだとか)。第一印象に反して、中身を知れば知るほどにアスリート向きかもしれないと思えてくるのだから不思議な男だ。堅実かつしなやかな強さを、俺は霞の中に見ていた。
     いつのことだったか、「世界選抜にまでなったのに霞は本当に謙虚だよな」と本人に言ってみたことがある。彼の答えは、「上の代は化け物に曲者揃いでしたから」というものだった。それに同い年にも無敵と謳われた天才がいましたし、とも。たしかに、自分より明らかに格上の選手を目の当たりにすれば、自然と地に足を着けざるを得なくなるのかもしれないな、と俺は納得した。「でもさ、お前も『曲者』側のヤツだと思うぞ?」と俺の付け足した言葉に霞は一瞬ぽかんとして、「僕は普通ですけど」と不満げに呟いた表情が妙に可笑しかったのを、よく覚えている。
     山田との関係で意外に感じたのは、ちょっとした口喧嘩もカバディも対等にやり合うところを度々見かけることだった。基本的には腰の低い霞が、山田に対してだけは飄々と強気な態度を通すこともしばしばである。「しもべ」などという呼び方は山田なりに見栄を張ったものだったらしい、とぴんときた時はからかい倒してやったものだ。ちなみに、新入部員自己紹介での出来事を後日霞に聞いてみたところ「経験者だってもちろん言うつもりでいたのに、山田さんの視線が痛くてつい見ちゃったんです」とのことだった。付き合いはずいぶん長いはずなのに、噛み合わないところもあるのがなんだかこの二人らしいな、と微笑ましく思う。そんな二人の軽快なやり取りが体育館に響く光景は、いつからか我がカバディ部の日常と化しているのだった。

     ——そして、あのとき想像した「一年と少し先」が訪れる。三年生にとっては最後の大会、その夏を目前にした背番号発表の日。
     俺に任された番号は八番——七人制の競技においては、いわゆる補欠の番号である。ところがこの夏の奥武高校カバディ部に限っては、「八番」の持つ意味はまったく違うものだった。留学生のヴィハーンをこの春より新しく仲間に加えた我が部は、山田による取り決めの元、ひとつの約束を交わしたのだ。「決勝リーグまではヴィハーンを起用しない」、「トーナメントはこいつ抜きで戦う」、それが彼の出した結論だった。そのヴィハーンに託された番号は四。四番を背負う選手が、トーナメントには出場しない——つまり、八番だって立派なスタメンの一員と誇っていいのだと、指名されたとき俺は素直にそう受け止めることができた。勝ち上がるために必要な力だと、はっきり認めてもらえたのだから——厳しくも楽しい日々を越えて俺が手にしたのは、自分に及第点を与えてやれる、そんな背番号なのだった。「新入部員に追い抜かされてしまう」という予感に始まり、そこからしばらく経ちヴィハーンが加入した際にも同様の危機感が俺を追い立てたけれど、今こうしてこの結果に至れたのなら上々じゃないか。無駄ではなかった努力の数々を思い、こっそりと安堵の息を吐いた。
     背番号の発表後、立ち話をする部員を尻目に霞に近付き、声を掛ける。俺よりひとつ若い番号を手にした後輩に。
    「スタメン入りおめでとう。七番か」
     俺相手に取る態度を迷ったのか、霞は一瞬動揺したような表情を見せる。すぐに立て直した彼は、ありがとうございますと小さく言って会釈をした。山田やヴィハーンのいる方向へ俺が顔を向けると、つられたのか霞もそちらを見た。二人はけたけたと笑い声を上げ、見るからに楽しそうに話し込んでいる。俺は正面に立つ後輩へ視線を戻し、声を掛けた理由を舌で紡ぐ。
    「……一緒に頑張ろうな。絶対、決勝リーグまで進むぞ」
     ——そこでお役御免になるとしても。なんて台詞は、もちろん声に出さなかったけれど。向こうを見つめていた横顔がぴくりと動く。はっと一瞬目を見張った男は、こちらに向き直り、俺の瞳をまっすぐ見つめ返した。
    「……はい、絶対に。よろしくお願いします」
     普段よりきりっと上がった眉尻と、強い意志を感じさせる眼差しと。精悍さを湛えたその表情は、これまでに見た霞の中で最も「スポーツマンらしい」な、と密かに思った。
    「おう、よろしくな。頼りにしてるよ」
     そう言って笑い掛ければ、霞は目を丸くして頬を掻きながら「……僕でよければ?」とクエスチョンマーク付きの返事をする。どうやらいつもの調子に戻ったらしい。その様子に思わず笑いがこぼれて、きっとこの夏はどう転んでもすっきり終われるのだろうな、と根拠もなくそう思った。
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