(タイトル未定、途中まで書いたアルドラちゃんとリンウッド家の話) 焼いて固めたひき肉の塊に、ナイフが押し込まれて、ほとんど抵抗なく二つに分かれる。
勢い余ったナイフが皿と、かちゃんという軽やかな音を立てた後、ソースが跳ねた。
トマトソースの赤茶けた色をした、まん丸い模様が木製のテーブルに描き出される。
染み付いてはいけないと、すかさずナプキンが差し出されて、これは母親という生き物の習性のようなものだろうかとアルドラは思案する。当の娘(実の娘)はアルドラの真向いに座っていて、ただ黙々とハンバーグを食べ進めていた。つんと澄まして背伸びしたような表情は、塔士団の誰もが見慣れたものだ。しかし、少女らしくすべすべとした頬が膨らみ、それからもごもごと動いて、口角をあげて満足気に飲み込む様子を見たことがある者はそうはいないだろう。どうやら美味しかったらしい。そんな娘の様子を目にして、アルドラから見て右の、そしてジョーから見れば左手の席で手を組んだをしたリズが、にこにこと笑っている。彼女を『ドSの鬼軍曹』などと呼ぶのはジョーくらいなもので、それはそれで仕方ない面もあるのだが、しかし、ここで穏やかに微笑む女性は、確かに母親の顔をしていた。
――ジョー自身は至極最近、母親と再会したばかりだし、アルドラは孤児として生きてきたから、そもそも母とか家族というものがよく分かっていない。けれど、母とはこのような姿をして生きるものなのだと、理屈ではなく、言葉でもない何かしらで納得させられるものがある。
そして、もう一人。
「ジョーの食べ方はキレイなもんだな」
ジョーから見て右に、アルドラから見れば左手には、この塔士団で恐らく最も顔の知られている人間が、妹(リズ)と似た表情で(姪)ジョーを眺めていた。ソースの赤で染まる口の周りが下手な化粧のようだ。見かねたジョーが、ナプキンを突き出す。
「おばさんもおじさんも厳しかったからね。術の稽古でも、それ以外のことでもさ」
青と赤の双眼をぱちくりと瞬かせながら、ポルカの言葉にジョーが答える。
口調は風のように軽やか、何か思い出したことがあるのか、ふふっと小さく声を漏らすジョーは、ただの15歳の少女にしか見えない。
一応は事情を聞かされて、それを半分くらいなら咀嚼しているつもりのアルドラから見ても、目の前に広がる光景は、家族とはこんなものなのだろうと思わせられるものがある。
そもそもにして。
本来であれば縁もゆかりもないこの場に自身がいる意味とは何だろうと、また一口、トマトの酸味が肉汁でまろやかに抑えられたハンバーグを口にして、アルドラは考えてみる。
なんでここにいるのかと問われれば、リズに声を掛けられたからである。ハンバーグを作りすぎちゃったから一緒に食べない? と、とびっきりの笑顔で誘われて抵抗できる者はそうはいない。
なぜリズがアルドラに声を掛けたのか? それはアルドラには分からない。ただし、妙に気に入られているという自覚は彼女自身にもあって、たとえば東方に伝わる正月衣装の着付けをしてくれたりとか、こんな風に時々手料理を振舞ってくれたりとか、何かと優しくしてくれる。
リズの兄でジョーの伯父であるポルカにも、アルドラは世話になっている。成長してから術法の才能を見出され、火の術法(朱鳥術)を得手としていて、剣技と組み合わて敵に立ち向かうなど、共通点が多い。
そういう訳で、このバンガードという異界の戦士が寄り集まってアルドラはリン・ウッド家の面々と顔を合わせることが多くなっていた。
彼女自身の心情としては、もちろん、彼はここでも周囲から必要とされている人間で、
理解しあえる友、信頼しあえる仲間が増えていくのはいいことだ、と
オイゲンはミルザを見てからアルドラを一瞥し、そしてまたミルザの顔を見てから、まあいいんじゃないか、とつぶやいた。小うるさい彼があっさりと認めるのは珍しい。